これまで13回にわたって連載してきた『ウサギの栄養学』コラム。いよいよ次回が最終回です。14回、15回は前後編で、スペシャル対談をお届けします。私、川﨑 浄教と、うさぎの環境エンリッチメント協会理事・うさぎタイムズ編集長の橋爪 宏幸さんのスペシャル対談を掲載します。
目次
プロフィール
橋爪 いつも『うさぎタイムズ』へのご寄稿、ありがとうございます。
ウサギ特有の食糞や消化の仕組み、各栄養素がウサギの体内でどのように作用するか?など、通常の飼育本では書かれていない情報をお教えいただきました。
今回の対談では、これまでの総括、ウサギの栄養学が世界的にどれくらい研究されているのか、今後の研究のご予定などもお伺いしたいと思っています。
川﨑 これまで連載してきたウサギの栄養学コラムも、いよいよ終わりが近づいてきました。犬や猫と違い、ウサギの栄養についての研究は、まだまだ十分ではない状況です。注目すべき最新の研究結果などが報告されましたら積極的に情報を日本語でお伝えしていきたいと思います。
牧草の与えすぎで太ることはある?
川﨑 私も、普段ウサギと密接に触れあっていらっしゃる橋爪さんのお話しは非常に興味深く思っています。研究室で飼っているウサギには、実はそのままの牧草を与えてはいないんです。
橋爪 そうなんですよね。以前、牧草を与えていないにもかかわらず「うっ滞」になったことがないとお聞きした時に驚いたことを覚えています。
そこから川﨑先生にお話を伺い、ペットとしてウサギの飼育と畜産としてのウサギの飼育が別々に今日まで進化してきたことを知り、栄養学で培われていた知見がペットの飼育に生かされていないことを残念に思いました。
先生は研究室でうっ滞が起こらない要因は何だと考えられていますか?
川﨑 うっ滞自体が起こらないので、橋爪さんのお話を伺うまで考えたことがありませんでしたが、ペットと畜産で与えている飼料を比較すると、摂取する繊維の量と粒子の大きさの違いによるものだと考えられます。
橋爪 家庭では今のところ、ペレットと牧草で育てるのがベストでしょうか。
「牧草は食べ放題に」というのが最近のウサギ飼育の常識ですが、初めてウサギを家に迎える人は、牧草にもいろいろ種類があって戸惑ってしまうようです。
牧草をどれだけ食べるかは個体差がある一方、ペレットの給餌量は定量であるため、太ってしまう子もいて、太り気味の場合はペレットの量を減らして調整しています。
飼い主さんとしては、健康に長生きしてほしいですし、ふわふわのウサギは、肥満なのか痩せているのか判断するのも、慣れていない方だと難しいんですよ。
川﨑 いかに効率よく育てるかという研究分野においては、不確定要素の多い飼料は使いません。ここではそのままの牧草というのは栄養価もまちまちなうえ、摂食量も個体ごとにまばらになります。そうなると、摂取栄養量が計算できませんので、牧草を与えることはありません。
また、牧草摂取による肥満はそこまで心配しなくてもいいと思いますが、「どうも太ってきたような…」と思ったら、牧草の種類や状態は確認したほうがいいですね。
また、肥満の原因として考えられるのは、現在市販されている多くのペレットが、代謝カロリーや糖質が推奨値を大きく上回っていることにも起因しているかも知れません。
橋爪 研究分野では牧草を与えないというのは、獣医師の皆さんや飼い主の方が聞いたら驚く内容ですね。うっ滞と不正咬合の予防には牧草が欠かせないというのがペットとしてのウサギの飼育方法では常識となっています。
川﨑先生の研究室ではうっ滞が起こらないことをお聞きしましたが、不正咬合についてはどうでしょうか。
川﨑 研究室でも親うさぎは7歳ぐらいまでいますが、不正咬合になった個体はいないんです。
主に大型種を扱っている影響もあるかも知れませんが、現在小型種も研究室で飼育していますが、特に問題が起こっていないことから、うっ滞と同じくペレットの違いによるものであると考えられます。
橋爪 研究室で培われたこうしたノウハウを、私どもと香川大学との共同研究で開発されたウサギの完全栄養食『コンプリート1.0」に生かしていただいているんですね。
川﨑 共同研究にあたり、研究室でこれまで蓄積してきたノウハウはもちろん、世界中の研究者の今日までの研究成果を盛り込んで開発しています。
また、ペット用ということで、大型種に加え小型種のウサギでも「栄養素がどのくらい消化吸収されているか」を調べる消化率試験を繰り返し行いましたので、最新鋭のペットウサギ用の完全栄養食になっていると自負しております。
橋爪 現在、コンプリート1.0をご購入いただいた方たちから、「おなかの調子が良くなった」「ウンチが大きくなった」「咀嚼回数がとても増えた」などのほか、想定していなかった「一気食いが減った」という、嬉しいご報告をいただいています。これからもご購入いただいた方たちの声をフィードバックして、改良していきたいと思います。
川﨑 これからも是非フィードバックをお願いいたします。
家庭ではどんな牧草をあげればいい?
橋爪 研究分野では与えない牧草ですが、私たちと暮らすウサギの給餌では、一般的には、生後半年ぐらいまでの成長期や体力を消耗する換毛期などは、栄養豊富なマメ科のアルファルファなどを他の牧草に混ぜて与えるようにしています。大人になったら食物繊維が豊富なイネ科のチモシーを中心に与えるようにしています。
川﨑 確かに、種類によっては、ウサギが摂取できる栄養に違いが出てきますね。牧草の種類だけでなく、「青刈り(生牧草)」なのか「穂付き」なのか、によっても変わってきます。
橋爪 生牧草はウサギの食いつきがよく、おやつとして与えることも多いのですが、普段ウサギに与えている乾牧草は本当に栄養があるのかと疑問に思う方も多いようです。
川﨑 人の食べ物に比べると、牧草には栄養がなさそうにみえますが、ウサギにとっては草が主食です。
栄養成分を計測してみると、繊維やタンパク質、脂質などを含んでいます。ウサギの消化器官はよくできていて、牧草からエネルギーを獲得できます。人間が牧草を食べても、ほとんど消化できず、栄養を摂取することができません。硬く繊維の多い草から栄養摂取できるウサギはすごいんですよ。
橋爪 摂取する飼料中、どれくらいのカロリーがあればいいのですか?
川﨑 ウサギの代謝エネルギー摂取量は、飼料100gあたり220kcal付近が推奨されています。
例えばオーツヘイですと、可消化エネルギー(DE)が300kcal近くあります。そのうち代謝エネルギー(ME)は少なく見積もっても250kcalはあると思われますので、与えすぎると太りやすくなるかもしれませんね。
可消化エネルギー(DE)は、エサ中と糞中のエネルギーを差し引きして算出します。糞に出ていないものは消化されたと見なすんです。
代謝エネルギー(ME)は糞だけでなく尿も取ってより厳密に調べますが、とても手間のかかる手法なので、一般的には動物種ごとに計測したDEからMEを導き出す計算式を使って代謝エネルギー(ME)を算出していることが多いですね。
橋爪 オーツヘイはとても食いつきの良い牧草ですが、どうも飽きやすいような印象です。人間が味の濃いものを食べ続けると飽きてしまったり、高カロリーのものを食べすぎると胃もたれしたりするように、ウサギも、何か感じるのかもしれませんね。
川﨑 主要な牧草のなかで次にカロリーが高いのはアルファルファで、その次がチモシーです。
アルファルファの可消化エネルギーは、飼料100gあたり200kcalほどで、代謝エネルギーが190kcal程度であると考えられます。
カロリー面だけで考えれば、食べ放題にしても問題なさそうですが、ほかの牧草よりもタンパク質やカルシウムを多く含んでいるため、アルファルファばかりを与えると、肥満以外に尿石症といった健康面に影響するかもしれません。
ウサギの情報は少ないのですが、可消化エネルギーについてわかっているデータは以下の通りです。
単位:kcal / 100g | ||||
DE反芻動物
(可消化エネルギー) |
ME反芻動物
(代謝エネルギー) |
DEうさぎ
(可消化エネルギー) |
MEnうさぎ
(代謝エネルギー) |
|
チモシー | 239.01 | 191.20 | 185.47 | 173.23 |
バミューダグラス | 239.01 | 193.59 | 185.47 | 175.40 |
アルファルファ | 255.74 | 203.15 | 198.37 | 184.03 |
スーダングラス | 277.25 | 222.28 | 215.14 | 201.38 |
オーツヘイ | 351.34 | 291.59 | 301.15 | 291.59 |
※黄色の数値は、アルファルファの数値を参考にした推測値 ※Feedipediaの数値をもとにうさぎの環境エンリッチメント協会が作成 |
川﨑 こうしてみると、一般的なチモシーを好きなだけ与えながら、食に多様性を持たせるために、いろいろな種類のチモシーや、そのほかの牧草を少しだけ混ぜながら与えるのがよさそうですね。
橋爪 人間でも年齢や体調によって食の好みが変わるように、ウサギもある日突然、これまでの牧草を食べなくなる場合があります。また、日常的にオーツヘイやアルファルファを与え、好んで食べていた場合は、いきなり牧草を変更すると、ウサギが食べなくなる可能性大です。
体調不良がないのなら無理に変える必要はありませんが、高齢になればカロリー過多が病気のもとになることもあります。
そうなってから牧草を変えるのは、とても難しい場合があります。ですから早い段階で切り替えていった方が、ウサギも飼い主さんも負担が少なくなります。
これまで与えていた牧草に、チモシーなどを混ぜて、少しずつ違う味に慣れさせていきたいですね。
食べない牧草でも入れ続けていただくと食べるようになることもありますし、食べずに選り好みしながら好きな牧草だけ食べていても、本来の採食行動に近い形になりますので、ストレスの緩和や食欲減退の抑制になります。そういった意味でも多様性を持たせた方が良いですね。
各栄養素は、どんな植物に豊富に含まれているの?
橋爪 ウサギが口にする食物はいろいろありますが、特定の栄養が豊富に含まれている植物はありますか?
川﨑 ウサギが食べる植物には、五大栄養素であるタンパク質・脂質・炭水化物(繊維+糖質)・ミネラル・ビタミンがすべて含まれています。ただし、植物の種類や部位によって栄養素の含有量は異なります。
牧草だと、茎の部分は繊維が多くなり、穂の部分は糖質や脂質、タンパク質が多くなりますね。
イネ科のチモシーよりも、マメ科のアルファルファのほうがタンパク質が多いですね。トウモロコシは人間も食べる実の部分はデンプンが豊富です。果実や木の実は、脂質がたくさん含まれているものが多いんです。
ウサギにとって、デンプンの過剰摂取は体調不良の元です。デンプンを主食にする人間とは違い、ウサギのデンプン必要量は非常に少ないので注意したいですね。
各栄養素の1日の必要量は?
橋爪 ウサギに必要な栄養は色々あると思うのですが、必要な栄養素と必要量は分かっているのでしょうか。
川﨑 現在推奨されている数値をまとめると、「粗タンパク質13%、総繊維量20〜25%、粗脂肪5%まで」となっていますね。粗タンパク質などと同様で、あくまで大人の妊娠していないウサギの場合ですが、灰分は12%以下、カルシウムは0.4%以上 1.2%以下、リンは0.25%以上 0.8%以下となっています。
妊娠母ウサギや授乳中のウサギはエネルギーが必要ですので脂質が3%以上 5%以下、粗タンパク質は17%以上 20%以下のように増え、カルシウムは1.1〜1.3%、リンも0.5〜0.8%というように必要最低値が増加します。
橋爪 わかりやすいご説明、ありがとうございます。繊維質にも不溶性食物繊維と水溶性食物繊維に分かれますよね。何をどれくらい摂ればいいのか、難しいですね。
川﨑 牧草を含めた野菜には、不溶性食物繊維と水溶性食物繊維が両方含まれています。サプリや生成した物質で摂取しない限りは、どちらかのみ含まれているということはないんです。
ただし、どちらがどれくらい含まれているかは、植物によって異なります。
橋爪 すべての植物に含まれるんですね。では、不溶性食物繊維と水溶性食物繊維、ウサギの体内ではそれぞれどのような働きをしているんですか?
川﨑 不溶性繊維は消化管内容物の中でも速やかに排出されます。粒子サイズが500μm以下になると盲腸内に留まりやすくなります。
水溶性繊維は盲腸内に流入しますので、不溶性繊維より消化管内に滞留する時間が長くなります。
どちらも腸内細菌によって発酵されますが、構成糖質の違いによりいくつかの短鎖脂肪酸(ウサギにとってエネルギー源)に変換されます。
橋爪 不溶性繊維と水溶性繊維では消化管内の滞在時間が変わってくるんですね。以前、不溶性繊維の含有量によってウサギの死亡率が変わると教えていただきました。ということは、ウサギに必要な繊維質は不溶性繊維だけなのでしょうか?
川﨑 水溶性繊維は全く必要ないわけではありません。水溶性繊維の中にはフラクトオリゴ糖などのウサギの腸内環境を改善するものも含まれています。
不溶性繊維は植物の細胞壁などを構成しているものですから、これが不足するということは、極端に言えば牧草を与えていないということと同じような意味になります。
不溶性繊維が減少すればその他の構成成分が増加しますが、水溶性繊維が増加する訳ではなく、デンプンといった植物体を構成する主要な成分が増加します。
言い換えれば繊維が減ればデンプンが増えるといった感じです。
橋爪 デンプンの食餌中における含有量が15%を超えると盲腸内の発酵がおかしくなり、うっ滞のリスクが高まるので、そういった意味でも不溶性繊維の含有量は重要ということですね。
また、大切な栄養素のひとつであるタンパク質についても以前、ご説明いただいたのですが、どうも理解できていない部分がありまして。
体を作るタンパク質(体タンパク質)は動物性タンパク質ということでしたが、ウサギは食餌からは植物性タンパク質しか摂取できませんよね。動物性タンパク質は、微生物により作られる盲腸糞に含まれる微生物体タンパク質(動物性タンパク質)のほか、盲腸糞に付随してくる微生物から摂取しているという理解でよろしいでしょうか?
川﨑 ウサギは植物中のタンパク質を消化することでタンパク質を得ています。
しかし、植物は動物とは異なるアミノ酸を含んでいることもあるため、植物から得られるタンパク質の再利用(体を作る)率=生物価は低くなります。
この問題を解決するために草食動物たちは微生物に頼っています。
牛などの反芻動物は胃の前で微生物を飼い短鎖脂肪酸を作ってもらい、微生物を飲み込み(動物性タンパク質として)消化します。
ウサギはウシのように体が大きくない代わりに盲腸を大きくしここで微生物を飼い、短鎖脂肪酸を作ってもらい、微生物を再摂取(食糞)することで動物性タンパク質として消化しています。
微生物の構成アミノ酸は動物と近いものであるため植物を食べるよりも微生物を食べた方が生物価が高いため効率よく体の組織に利用することができます。
橋爪 草食動物は草しか食べていないと考えていますが、実は微生物を体内で増やしてその微生物を食べているというのは、実に面白いですね。
植物性タンパク質を含め、使われないタンパク質は尿として体外に排泄されますが、一部はアンモニアとなって盲腸内で微生物を育てることに使われているとお聞きしましたが、それ以外に植物性タンパク質にはどのような働きがあるのでしょうか?
川﨑 それ以外には特にないと思います。
植物性タンパク質は一旦消化されアミノ酸まで分解されます。
しかし、体を作るのに必要ないアミノ酸は排泄される前にアンモニアになったり尿素になったりします。これが微生物の増殖に利用されます。
橋爪 なるほど、動物性タンパク質は主に体を作るのに使われて、植物性タンパク質は微生物の増殖に使われているんですね。
盲腸糞には植物性タンパク質も含まれているとのことですが、盲腸糞における動物性タンパク質と植物性のタンパク質の割合はどのくらいなのでしょうか?
川﨑 きちんと調べている訳ではありませんが、盲腸糞のタンパク質含量は30%を超えることもありますので、2/3くらいは微生物だと思います。
おやつを手作りしたい!
橋爪 飼い主さんの中には、大切な家族であるウサギさんのために、オリジナルのおやつを作ってあげたいという方もいらっしゃいます。
川﨑 私の研究室のように専用の機械があればペレットも作れますが、一般の方にはなかなか難しいですよね。
橋爪 ウサギにとってデンプン過多は良くないので、ワンちゃんのようにクッキーやケーキを作ってあげるわけにはいきません。
調理工程があるものではなくて、新鮮なお野菜や生牧草をときどきあげるといいですね。
原材料を手作りするというのも愛情表現の一つ。無農薬で種から育てた野菜は、うさぎさんのごちそうです。生ニンジン葉を販売するショップもありますが、いつも手に入るわけではないので、自宅で育ててる方もいらっしゃいますよ。
川﨑 それはいいですね!
<後編に続く>
うさぎの栄耀学コラム
参考文献
feedipedia
https://www.feedipedia.org/
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