※当コラムは斉藤先生の臨床経験をもとに、ウサギの医学書や論文など専門的な文献を参照して執筆しています。ウサギと暮らす飼い主さんに有益で正確な情報の発信に努めていますが、記載内容は執筆時点での情報であること、すべてのケースに当てはまるわけではないことをご理解願います。
こんにちは。うさぎの環境エンリッチメント協会専務理事の橋爪です。ウサギの最新の飼育方法を発信しているウェブマガジン「うさぎタイムズ」の編集長や、うさぎ専門「ラビット・リンク」のオーナーをしています。 プライベートでも5頭(3男2女)のウサギさんと暮らしています。
ウサギの診療実績が年間4,000件と豊富なご経験をお持ちの斉藤動物病院の院長・斉藤将之先生にお話を伺うこちらのコラム。
診察室ではなかなか聞けないお話や、ウサギを診る獣医師の本音などお話ししていただきます。
第30回のテーマは皮膚の「イボ」、上皮系腫瘍(じょうひけいしゅよう)を取り上げます。
目次
「毛芽腫(もうがしゅ)」「乳頭腫(にゅうとうしゅ)」が多い ウサギの上皮系腫瘍
体の表面を覆う皮膚組織にできる腫瘍をまとめて、上皮系腫瘍と呼びます。一般的に「イボ」と言われているのは上皮系腫瘍です。
斉藤「ウサギの上皮系腫瘍にはいくつもの種類があり、例えば
・毛芽腫(もうがしゅ)
・乳頭腫
・毛包上皮腫
・皮脂腺腫
・扁平上皮癌
・アポクリン腺腫
・マイボーム腺腫
これらはすべて上皮系腫瘍です。
圧倒的に多いのは、毛芽腫と乳頭腫で、中でも毛芽腫が最多です。
この2つをあわせると、2〜30頭に1頭の割合で来院されます。とても頻度の高い病気ですね。年齢を重ねるごとに増える傾向にあります」
ウサギの上皮系腫瘍はほとんどが良性
ウサギにできた「イボ」が医学的にどの上皮系腫瘍かは、外観から診断する場合が多いのだそうです。
斉藤「見た目だけでは判断に迷う際は、腫瘍の細胞を一部取って、病理組織検査に出します。
腫瘍には、良性腫瘍といわゆるガンである悪性腫瘍がありますが、ウサギの上皮系腫瘍は圧倒的に良性が多いのが特徴です。
ですから、ここからは上皮系腫瘍=良性腫瘍、という前提で話を進めていきますね」
「イボ」ができる原因は? できやすい子・できにくい子がいる
上皮系腫瘍ができる原因は、まったくわかっていないのでしょうか?
斉藤「はっきりしたことは不明ですが、できやすい子はいると感じます。環境や食餌などの外的な要因ではなく、おそらく体質(遺伝)によるものでしょう。できやすい子の場合、腫瘍を切除しても、また別の場所に新たにでてきた、なんてこともあります」
人間でも”いぼ体質”が知られていますが、ウサギも同様かもしれませんね。
ウサギの「イボ」は何が問題?
「腫瘍」というと少し身構えてしまいますが、良性であれば、腫瘍の存在自体が生命をおびやかすことはありません。
人間でも、目立たず、生活に支障のないニキビやイボは治療せずに様子を見ることもよくあります。ウサギではどうでしょうか?
斉藤「実は、良性なら放置でも構わない、とは言えないんです。
ウサギが毛づくろいをしているうちに腫瘍に気づき、気にして患部をひっかく・かじるなどして、傷つけてしまう場合があるからです。ダラダラと流血するほど自潰することもあり、こうなると、外科的に腫瘍を取り除く必要が出てきます」
腫瘍は取るべき?取らなくてもいい? ケース・バイ・ケースの理由
一概に、”何cmの大きさだから切除”と腫瘍のサイズだけで決めるわけではないそうです。
斉藤「良性腫瘍の場合、腫瘍ができた部位と、ウサギが腫瘍の存在をどの程度気にしているかという2つの観点から、取り除くか、そのままにするかを考えます。
同じ大きさの腫瘍でも、背中にできるのと、お腹にできるのでは、生活への影響が異なります。お腹にできた腫瘍が大きくなると床に引きずって血が出ることがあります。そうなれば切除対象です」
腫瘍をどのくらい気にするかは、個体の性格によるのだとか。
斉藤「小さいサイズでもしょっちゅう舐めにいく子もいれば、かなり大きくなっても、何事もなく過ごす子もいますね。ある程度のサイズの腫瘍ができても切除せず、寿命をまっとうするまでそのまま暮らす子もいます」
個体差が大きいので、切除の必要性はケースバイケース。できてしまったら即切除、ではなく、その子の状態を見ての判断になると言います。
斉藤「サイズが小さい腫瘍も、将来的なメリットを考えて早めの切除に踏み切ることもあります。
1センチの段階でも気にして頻繁に舐めている様子があるなら、腫瘍が大きくなってくればほぼ確実に、かじる・ひっかくなどして自潰するでしょうから、手術を視野に入れます。
また、腫瘍の成長がいったん止まったケースでも、数年後に、再び大きくなり始めるかもしれません。高齢になってからの手術はリスクが高いので、健康で体力のある若いうちに腫瘍の摘出をおすすめすることもあります」
個別の状況を考え、飼い主さんと相談しながら、治療方針を決めていくと言います。
それでは、上皮系腫瘍で最も多い毛芽腫と乳頭腫について詳しく見ていきましょう。
【1】「毛芽腫」上皮系腫瘍で最多
毛芽腫は中高齢に目立ち、体幹の背中側にできることが多いそうです。昔は基底細胞腫という病名で呼ばれることもありました。
斉藤「腫瘍が大きくなる速度には個体差がありますから、初期は、月に1度のペースで受診してもらい、経過を確認します。
1〜2cmの大きさで腫瘍の成長が止まるケースが多いのですが、時々かなり大きくなった腫瘍が皮膚から垂れ下がります。成長が止まっても、腫瘍が常時ぶらんぶらんしていて、気になったウサギがガブっと噛みついてしまうなら切除が必要です」
人間でも、イボが数センチの大きさになってきたら気になりますし、「こぶとりじいさん」のように垂れ下がってきたら邪魔になります。ウサギが自ら腫瘍を傷つけるのも無理はありません。
【2】「乳頭腫」は肛門にできやすい
毛芽腫についで2番目に多い乳頭腫は、1cm以下と小さく、眼瞼、耳介や耳道、陰部、直腸〜肛門の粘膜、口腔粘膜、舌にできるそうです。
斉藤「乳頭腫は肛門にできることが一番多いですね。
サイズが小さいうえ、目立つ場所ではないので、飼い主さんが気づいていないこともあります。
腫瘍組織は通常の粘膜よりも脆いので、排便時に出血し、気づくことがあります。
ただ、”血便”というほど大量に出血するわけではないので、乳頭腫ができても手術せずに過ごせる子も多いですね」
上皮系腫瘍の治療は手術が基本 入院は必要?
どのタイプの上皮系腫瘍であれ、治療は外科的な手段のみ。手術による切除が基本です。
手術というと大掛かりなイメージがあります。人間の皮膚科のイボ取りは外来でその場で処置することもありますが、ウサギはどうでしょうか?
斉藤「当院では基本的に一泊の入院になります。腫瘍の大きさ次第ですが、手術は10〜30分程度の短時間で終わることも多いですね。ただし、日帰りで、というわけにはいきません。術後、ウサギが縫合した部分を気にして、なめたりかじったりしてしまうことがあるので、念のために入院してもらいます」
手術は局所麻酔・全身麻酔どちらで行いますか?
斉藤「状況によりけりですが、全身麻酔の方が多いですね。
腫瘍が大きいほど、局所麻酔での対応は難しくなります。麻酔をかける部位が広くなりますし、処置にかかる時間も延びるからです。それに、切除は麻酔下で行うとはいえ、局所麻酔の麻酔薬を患部に注射するときの痛みには、耐えてもらわなくてはなりません。
興奮したり痛みを感じたりしたウサギは暴れます。危険ですから、全身麻酔で意識のない状態で手術をした方が安全です。
やむをえず局所麻酔を選択するのは、ごく小さいサイズの腫瘍切除や、高齢・基礎疾患があるなど、身体が全身麻酔には耐えられそうにないときです」
高齢の子は麻酔をかけること自体のリスクが高いうえ、肝臓や腎臓の機能が低下していると、術後に食欲低下を来した際、重篤な事態につながるリスクが高いそうです。
斉藤「体力が低下気味のウサギでは、術後の消化管鬱滞が即、命に関わる事態になりかねません。そういった可能性がある場合に、局所麻酔を選択します。
高齢で体力も落ちてきている子なら、術中に興奮したり、暴れたりすることも少ない傾向にありますが、様子を見ながら慎重に処置をしています」
手術なしで腫瘍を取り除く方法も
斉藤「手術以外の治療方法として、腫瘍の根本を糸できつく縛って血流を止め、自然に脱落するのを待つ方法があります。
1週間も経てば腫瘍がポロリと取れ、その下には皮膚が再生しています」
麻酔をかけて行う切除に比べれば侵襲性(しんしゅうせい)が低く、ウサギへの負担も抑えられるとのこと。サイズや腫瘍の状態など、複数の条件が合致した際にのみ適用できる、”できたらラッキー”な治療だそうです。
安全性を優先し「生活に問題がないなら手術は選択しない」判断
腫瘍ができやすい子は再発もある、とのことでしたが、その場合は切除を繰り返すのでしょうか。
斉藤「生活に大きな支障がないなら、繰り返しの手術は行いません。
例えば肛門にできやすい乳頭腫は、除去しても、同じ場所に何度もできることがあるんです。ですから、排便のたびにうっすら出血するくらいなら、切除しなくても問題なしと判断します。
もしかしたら、見た目が気になる飼い主さんもいるかもしれませんが、手術にはリスクがともないます。メリットとリスクを天秤にかけ、ウサギが自らかき壊さないのであれば、手術はおすすめしていません」
どこまで積極的に除去を試みるかは、トータルで慎重に考えた方が良さそうです。
上皮系腫瘍はまれに悪性もある 油断は禁物
ウサギの上皮系腫瘍はほとんどが良性とはいえ、油断はできません。数としては多くありませんが、扁平上皮癌(へんぺいじょうひがん)やアポクリン腺癌など、一部、悪性腫瘍も存在します。
斉藤「悪性腫瘍は見た目にも毛芽腫や乳頭腫とは異なる特徴がありますが、中には、念のために出した病理検査で扁平上皮癌だと判明したケースもあります。
悪性腫瘍は他の部位に転移するので、放置は厳禁で、基本的に切除になります。サイズや範囲が大きくなると手術でも完全には摘出しきれないこともあるため、早期の対応が重要です」
また、ウサギの上皮系腫瘍に悪性は少ないとはいえ、皮下にできる腫瘍は「がん」のケースも結構多いのだとか。見た目は「皮膚のしこり・イボ」でも、素人目には、上皮系腫瘍か、皮下腫瘍か、判断がつきません。気になる兆候があれば、念のため早期受診をおすすめします。
聞き手:橋爪
編集:うさぎタイムズ編集部
※当コラムでは、人間と暮らす多くのウサギが健康で長生きできるよう、疾患についての情報を共有するため、情報発信を行っています。個体により状況は異なりますので、ウサギの状態で気になることがあれば、かかりつけにご相談されることをお勧めします。当コラムの内容閲覧により生じた一切のトラブルについて、うさぎの環境エンリッチメント協会並びに斉藤動物病院、ラビットリンクでは責任を負いかねます。


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