※当コラムは斉藤先生の臨床経験をもとに、ウサギの医学書や論文など専門的な文献を参照して執筆しています。ウサギと暮らす飼い主さんに有益で正確な情報の発信に努めていますが、記載内容は執筆時点での情報であること、すべてのケースに当てはまるわけではないことをご理解願います。

こんにちは。うさぎの環境エンリッチメント協会専務理事の橋爪です。ウサギの最新の飼育方法を発信しているウェブマガジン「うさぎタイムズ」の編集長や、うさぎ専門「ラビット・リンク」のオーナーをしています。 プライベートでも5頭(3男2女)のウサギさんと暮らしています。

ウサギの診療実績が年間4,000件と豊富なご経験をお持ちの斉藤動物病院の院長・斉藤将之先生にお話を伺うこちらのコラム。
診察室ではなかなか聞けないお話や、ウサギを診る獣医師の本音などお話ししていただきます。
第28回のテーマは心因性脱毛です。
うさぎの被毛ーウサギ専門医に聞く(28)心因性脱毛 なぜ毛を抜くの?原因・対処法の探し方

ウサギの心因性脱毛ってどんな病気?

心因性脱毛は、ウサギが被毛を過度に舐めたり抜いたりする疾患です。

斉藤「自然に毛が抜けるのではなく、ウサギが自ら被毛を引き抜きます。心因性脱毛は、ウサギだけでなく、ネコやイヌなど他の動物でも見られます。
自らの皮膚を噛んでしまう自咬症も、概念として似ており、心因性脱毛の一種として扱うことがあります」

脱毛というと「ひとりでに抜ける」イメージがあります。「抜毛」と表現したほうが、より実態に近いのかもしれませんね。

斉藤「そうですね。ちなみに、自分の被毛だけではなく、他の個体の被毛を引き抜く・皮膚を咬むケースも心因性脱毛に含まれます。

多頭飼育で、順位が上のウサギが下位のウサギの被毛を咬んで抜いてしまう・皮膚に傷を作るのは単なるケンカとは違います。ケンカでは顔を正面から攻撃することが多いのですが、心因性脱毛では背中を舐めてきます。標的になる子はいつも決まっていて、ただやられるがまま、ということが多いんです」

【心因性脱毛の原因】うさぎの「ストレス」とは

「心因性」という言葉からは、精神的な要因、いわゆる「こころの問題」が原因で起こる印象を受けますが、どうでしょうか?

斉藤「そういう解釈になります。ただし、何がウサギの“こころの問題”の原因かは、よくわかっていません。

ストレスや退屈、餌の繊維質不足、性ホルモンの不均衡など、多数の要素がこれまで考えられてきました。ですが、一部の研究論文で論じられただけ、というレベルのものも多く、エビデンスに乏しい傾向があります。
ウサギがなぜ、自分や他の個体を傷つける行動をしてしまうのかは、本人にしかわかりません

影に隠れるうさぎーウサギ専門医に聞く(28)心因性脱毛 なぜ毛を抜くの?原因・対処法の探し方

斉藤先生は、「心因性脱毛は難しい病気」だと言います。

斉藤「ストレスが原因と表現されることが多いと思います。”ストレス”といっても非常に幅が広いので、臨床的にはそう簡単にはいきません。

人間で考えると、イライラしたときに頭をかく・爪を噛むなどといった特定のクセが出ることがありますよね。もしかしたら、それに似たような感覚で、ウサギも被毛を抜いてしまうのかもしれません。
私たち人間でも、イライラしたときにとる行動について、なぜそんなことをするのか、と問われると説明するのは難しいと思います。言葉を話せない動物となれば、なおさらです」

なんでそんな行動をしたのか、ウサギに聞いても答えは返ってきません。想像するしかない、と語る斉藤先生ですが、心因性脱毛になる子に、共通点や特徴はあるのでしょうか?

心因性脱毛になりやすい子はいる?

斉藤「心因性脱毛になりやすい子・なりにくい子についても、特にわかってはいません。
ただ、メスの方が若干多い傾向はあります。女の子ウサギの首のまわりには肉垂ができます。口に近くて噛みつきやすいので、心因性脱毛の好発部位です。”何かあるぞ、これは何だろう”という感じで、気になって噛んでしまうパターンもあるかもしれません。

同様に、体質的に太りやすいロップイヤーは、肉垂も大きくなりやすいので、心因性脱毛が見つかりやすい印象はあります」

毛づくろいするうさぎーウサギ専門医に聞く(28)心因性脱毛 なぜ毛を抜くの?原因・対処法の探し方

発生のメカニズムの大部分が、現時点ではまだ解明されていない心因性脱毛。「こころ」の状態は、採血やレントゲンといった検査で数値化して表せるものではないので、難しい病気、と表現されるのにもうなずけます。

心因性脱毛で見られる症状

ウサギの口が届く範囲に、切断された被毛や、皮膚の脱毛がみられます。

斉藤背中、お腹、手足、指などに発生し、特に多いのは肉垂部分です。
飼い主さんも気づきやすい部位の場合は、1円玉くらいの小さな脱毛で受診してくれる子もいますが、お腹など、見えにくい部位の場合は発見が遅れることもありますね」

通常の毛づくろいとは明らかに異なり、毛をむしる・噛みつくといった様子が見られるので、場面を目撃した飼い主さんはすぐ気づくことが多いのだとか。中には、指の骨が見えるほど深く皮膚を咬んでしまう子もいるようです。
本人はもちろん痛いはず。それでもやめられない理由は何か、ウサギに聞けたらいいのですが…。

検査はどうする?確定診断が難しい心因性脱毛

患部の状態を確認し、被毛が唾液で濡れたりしていないか、脱毛部に炎症などがないか確認して判断するそうですが、心因性脱毛の診断は、一筋縄ではいかないことも多いと斉藤先生は語ります。

斉藤「心因性脱毛は、いろいろな脱毛の要因すべてを消去法で除外したうえで、最終的に診断できるものです。

脱毛の原因には、換毛期の過度のブラッシングや、外部寄生虫、細菌・カビなどによる皮膚炎など、複数の要素が考えられます。脱毛の子が来院したら、治療への反応を見ながら、一つずつの疾患について可能性を検討し診断を進めます。他の疾患すべてを否定したうえでようやく病名が確定する心因性脱毛は、ハッキリと診断がつきにくい傾向があるんです。

心因性脱毛と他の皮膚疾患が合併するケースもあり、そうなるとますます複雑です。心因性脱毛で傷ついた部分に、細菌性皮膚炎を併発することがあります。また逆に、他の皮膚疾患の痛みやかゆみがあったことで、皮膚疾患は改善してもその後から自らの毛をむしり始め、心因性脱毛に移行することもあるんです」ブラッシングするうさぎーウサギ専門医に聞く(28)心因性脱毛 なぜ毛を抜くの?原因・対処法の探し方

ちなみに、心因性脱毛とは別のものとして「偽妊娠による脱毛」があるそうです。

斉藤「女の子のウサギは交尾しなくとも、なにかの拍子に身体がそう認識するとホルモンが分泌され、出産のための準備が始まることがあります。これが偽妊娠です。

通常、妊娠をするとメスは出産に備えて巣作りをしようと乳頭の周りの毛を抜き始めます。偽妊娠でも同様の行動が見られます。
妊娠でも偽妊娠でも自身の毛を抜きますが、これは心因性脱毛ではありません。乳頭の周りの毛だけをむしっている、といった風に、脱毛の様子が違いますので、診察すればわかります」

偽妊娠は、避妊手術を受けていない子で時折見られます。女の子ウサギの飼い主さんは知っておくと良いですね。

ウサギの心因性脱毛はどうやって治療する?

根本原因は特定できないことが多い心因性脱毛ですから、治療も「これをすればかならず治る」というわけではないそうです。

斉藤「脱毛だけでなく、皮膚炎を起こしている・傷ができているのであれば、まずはそちらに対する治療を行います。しかし、自らの被毛をむしる行為そのものは、お薬では解決ができません。
人間では精神科領域の疾患に対してお薬が処方されることもありますが、ウサギの心因性脱毛への投薬治療は今のところ、行われていないんです」

飼育環境の調整を中心に、いろいろ試してみて、症状の変化を確認していきます。

よく行われるのは
・ケージを広くする
・運動量を増やす
・多頭飼育の場合は、同居個体から引き離す
・おもちゃを与える
・遊びを用意する
などです。

斉藤「どれが効果を発揮するかは本当にその子によりますが、飼い主さんがさまざまな試みを行っても、期待するようには改善が進まないことも多いと感じます。
その一方で、ひょんなことで治った、気がづいたらいつの間にか毛を抜かなくなっていた、という話も聞きます」

心因性脱毛の症状がなかなかおさまらない場合は、どういった対応になるのでしょうか?

斉藤「皮膚の状態がさほど悪くないなら、自宅での環境調整などをアドバイスさせていただいたうえで、数カ月後に再診して様子を見ましょう、という形になります。

もし、激しく毛を抜き皮膚も傷つけてしまう場合は、一時的な対策としてエリザベスカラーを装着し、物理的に口が幹部に触れられないようにします。カラーを装着している間に患部の傷が治り、かゆみや痛みが治まるからか、心因性脱毛が改善することもあります。

ただ、傷が治ってもカラーを取り外せばまた同じ場所を咬み、元通り、という子もいて、根本的な治療にならないケースもあります。中には、2〜3年の間、カラーをつけっぱなしで過ごす子もいるんです。
カラーの装着自体がストレスになるので、メリットとデメリットを比較して装着を決めますが、あまりにもひどい場合は装着せざるを得ない、という判断になります」

心因性脱毛は「気長に付き合う」気持ちで支えてあげたい

心因性脱毛と診断されると、「私の接し方が悪かったのかな」「環境が不適切だったのでは」と猛反省する飼い主さんもいらっしゃいます。

ストレスを感じやすい子・そうでない子、環境変化に敏感な子・鈍感な子、性格は一頭ずつ異なります。同じ環境で暮らしても、ウサギの感じ方はそれぞれ違って当たり前です。飼い主さんがご自身を責める必要はありません。愛情を持って大切に接してきたののですから、その気持ちを大切に、焦らず一つずつ解決していきましょう。

手のひらのうさぎーウサギ専門医に聞く(28)心因性脱毛 なぜ毛を抜くの?原因・対処法の探し方
日にちぐすり、という言葉もありますが、「できることをして、時が経つのを待とう」という心持ちで、ウサギをサポートしてあげるのが大切ではないでしょうか。

動物行動学の視点に立ったアプローチが改善のヒントに

手探りでの試行錯誤を繰り返しても改善しないと、飼い主さんも途方に暮れてしまいます。そんなときに取り入れたいのが動物行動学の視点です。

動物行動学は、いわば「動物の精神科」。私たち人間に感情・意思があるのと同様、動物にも豊かな精神活動がありますが、行動の分析を通してその内面にせまるのが動物行動学です。
「​​どうしてうちの子はこんな行動をするのか、その意味するところは何か」と考え続ける動物行動学は、人間と暮らす動物の問題行動を根本的に解決できる方法として、近年、注目を集めています。

動物行動学的な視点に立った取り組みに関して、もう一つヒントになるのが、飼育環境を豊かにする、という意味の『環境エンリッチメント』という考え方です。
詳しくは、動物行動学者監修 ウサギの環境エンリッチメント〜人と暮らすウサギの幸せを考えるでご紹介しましたが、本能的な欲求を満たせる遊びを用意することが、心因性脱毛に有効なケースもあるでしょう。うちの子に何をしてあげたらいいのかわからない、と悩んだ際の参考にしていただければと思います。

聞き手:橋爪
編集:うさぎタイムズ編集部

※当コラムでは、人間と暮らす多くのウサギが健康で長生きできるよう、疾患についての情報を共有するため、情報発信を行っています。個体により状況は異なりますので、ウサギの状態で気になることがあれば、かかりつけにご相談されることをお勧めします。当コラムの内容閲覧により生じた一切のトラブルについて、うさぎの環境エンリッチメント協会並びに斉藤動物病院、ラビットリンクでは責任を負いかねます。


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うさぎタイムズ編集長。 うさぎ専門店「ラビット・リンク」のオーナー。 一般社団法人うさぎの環境エンリッチメント協会 専務理事。 埼玉動物海洋専門学校 特別講師。 ExoticpetSaver FirstResponder。 ExoticpetSaver Emergency Rescue Technician。