※当コラムは斉藤先生の臨床経験をもとに、ウサギの医学書や論文など専門的な文献を参照して執筆しています。ウサギと暮らす飼い主さんに有益で正確な情報の発信に努めていますが、記載内容は執筆時点での情報であること、すべてのケースに当てはまるわけではないことをご理解願います。
こんにちは。うさぎの環境エンリッチメント協会専務理事の橋爪です。ウサギの最新の飼育方法を発信しているウェブマガジン「うさぎタイムズ」の編集長や、うさぎ専門「ラビット・リンク」のオーナーをしています。 プライベートでも5頭(3男2女)のウサギさんと暮らしています。
ウサギの診療実績が年間4,000件と豊富なご経験をお持ちの斉藤動物病院の院長・斉藤将之先生にお話を伺うこちらのコラム。
診察室ではなかなか聞けないお話や、ウサギを診る獣医師の本音などお話ししていただきます。
第25回のテーマは、乳腺腫瘤(しゅりゅう)です。
目次
ウサギの乳腺腫瘤ってどんな病気?
乳腺に「しこり・ふくらみ」が発生する疾患をまとめて「乳腺腫瘤」と呼び、ウサギで多いのは
(1)乳腺炎
(2)乳腺嚢胞
(3)乳腺腫瘍
の3つだそうです。
それぞれについて説明していただく前に、まずはウサギのおっぱいについて教えてください。
斉藤「ウサギの乳頭は4対(8個)が一般的ですが、5対(10個)ある子もいます。動物は基本的に、産む子どもの数にあわせた乳頭がついているんです。
女の子ウサギは、お腹を見れば乳頭が確認できます。男の子にも乳頭はありますが、被毛の上から触ってもどこにあるかわからないくらい小さいですね。
乳腺は、女性ホルモンとの関連性が強い臓器で、ウサギの乳腺疾患も多くはホルモンの影響を受けて発生すると言われています。つまり、乳腺腫瘤は避妊手術を受けた子ではほとんど起こらない病気です」
乳頭からの感染で起こる乳腺炎
乳腺炎は、乳腺に細菌が感染して炎症が起きる病気です。
斉藤「ヒトでも乳腺炎=“授乳中のトラブル”として知られていますから、出産経験のある女性ならご存知かもしれませんね」
斉藤「ウサギの乳腺炎は、出産しない限りかからない、というものではありません。妊娠・授乳中だけでなく、偽妊娠中にも起こるんです。
ウサギは交尾をきっかけに排卵が起こりますが、交尾しなくとも身体がそう認識することで、出産のための準備が始まることがあります。これが偽妊娠です。
偽妊娠を起こすと、授乳にそなえて乳汁が作られることがありますが、授乳しないので乳腺に溜まったままになります。そして乳汁が漏れ、被毛が汚れることなどからの感染をきっかけに炎症が起き乳腺炎になるのです」
乳腺嚢胞(のうほう)
乳腺に漿液(しょうえき)という液体がたまり、嚢胞状の膨らみができるのが乳腺嚢胞です。
斉藤「漿液はほとんど水分のようなもので、乳腺嚢胞はいわば水風船です。女性ホルモンの異常が原因で起こります。
乳腺炎の炎症が波及し、水分が溜まった結果、乳腺嚢胞になることもあります」
乳腺腫瘍
乳腺腫瘤で最も多いのが乳腺腫瘍だそうです。
斉藤「腫瘍には悪性と良性がありますが、ウサギの乳腺腫瘍は悪性のことが多く、臨床的にはガンとして扱うケースが一般的です。
3つの病気のうち、若い子では乳腺炎が多く、高齢になるにつれて乳腺腫瘍が増える傾向にありますが、高齢だから乳腺嚢胞・乳腺炎にならないわけではありません。また、乳腺嚢胞から乳腺腫瘍へと進む場合もあります。ちなみに、頻度はかなり低いですが、オスが乳腺腫瘍になることもあるんですよ」
男性の体内でも女性ホルモンが、女性の体内でも男性ホルモンが若干分泌されていますから、ホルモンの関係で病気が起こることもあるのでしょう。ちなみに、去勢手術との関連性はないそうです。
乳腺腫瘤の原因は? 卵巣との関係が深い理由
乳腺腫瘤は基本的に、避妊手術を受けていない子がかかる病気だ、と斉藤先生は言います。
斉藤「乳腺嚢胞・乳腺腫瘍は女性ホルモンの異常が原因ですから、卵巣・子宮疾患にともなうホルモンの変化との強い関連性が指摘されています。つまり、卵巣・子宮疾患が増える高齢になると乳腺嚢胞・乳腺腫瘍も増えるということです。
また、乳腺炎の背景にあるのは妊娠・偽妊娠ですから、これもやはりホルモンを産生する卵巣と関係があります。乳腺の疾患は、卵巣と切っても切り離せない関係にあると言えるでしょう」
どんな症状が出るの?乳腺炎・乳腺嚢胞・乳腺腫瘤
しこり・ふくらみができる他には、どんな症状が出るのでしょうか。
斉藤「乳腺炎では血のようなものが、乳腺嚢胞では漿液(しょうえき)が乳頭から分泌されることもあります。液体が出るだけではなく、乳腺炎は炎症が進めば痛みが強くなったり、痒がったりと、生活しにくくなりますし、乳腺嚢胞は放置することで乳腺腫瘍に移行することもあるとされています。
のんびり構えていて良い病気ではありません」
斉藤「乳腺腫瘍は悪性でも良性でも、かなり大きくなりますから、ウサギ自身も気になります。床にひきずったり、自分でかじったりして、自潰しやすいんです。特に、悪性は急速に拡大し、テニスボールサイズにまでなることもあります」
テニスボールともなればかなり目立ちますが、最初から急にその大きさのものができるわけではありません。乳腺腫瘤に飼い主さんが気づいて受診するのは、どのくらいのサイズが多いのでしょうか?
斉藤「直径1〜2cmの時点で気づいて連れてきてくれる人が多いですね。直径1〜2cmは、意識して確認しなくとも、抱っこすると指に当たるので気づくサイズです。
ちなみに、乳腺炎は米粒程度の大きさのことも多いので、乳腺炎単体では触って気づくのは難しいと思います。乳腺嚢胞を治療していくなかで、乳腺炎の合併が見つかるケースが多いですね」
乳腺腫瘤はどうやって検査・診断するの?
実際の検査でも、触診が重要な手法だそうです。
斉藤「視診と触診で患部の状態を確認していきます。触り心地が大きな手がかりになります。乳腺のしこり・ふくらみにはさまざまな触感がありますが、触った時の感覚で、ある程度、どの病気か見当がつきます。
乳腺嚢胞だとフニフニとして、水風船を触った感じに似ていますね。腫瘍だとゴリゴリした感じになります。しこりをはっきりと触知できるときは、腫瘍のことが多いですね」
ウサギの乳腺腫瘍は基本的に、「悪性」つまりガンとして扱うことが多いそうです。
斉藤「人間の腫瘍であれば、腫瘍の細胞を一部とってきて検査をし良性・悪性の鑑別を行ってから治療方針を決定します。しかし、ウサギの乳腺腫瘤では悪性が多いことに加えて、良性でも大きくなれば自潰してしまいますから、乳腺の外科的切除が主な治療法になります」
乳腺腫瘤は子宮疾患と関連してみられることが多いため、避妊していない女の子ウサギの場合には子宮のチェックも同時に行うのが大切だそうです。
【治療】乳腺炎・乳腺嚢胞なら溜まっている内容物を出す、乳腺腫瘤なら切除
斉藤「乳腺炎・乳腺嚢胞の治療は、乳腺に溜まっている液体を出す処置を行います。乳頭をぎゅっと圧迫すると水鉄砲のように飛び出してきます。
ウサギの乳汁は濃厚ですし、炎症を起こして膿が貯まればなおさら自然には排出されにくくなります。圧迫して乳頭から出てこなければ、針で乳頭を刺して出したり、シリンジで中身を抜き取ったりします」
斉藤「乳腺腫瘍の場合は乳腺を摘出します。乳腺腫瘍はしこりに気づいてすぐ手術すればそれで完治、というケースも多いんです。ただ、手術前にごく小さな転移があり、時間が経ってからじわじわ大きくなることもありますから、100%治せるとは言えません。
それでも、早期発見・対処が重要であることに変わりはありません。
避妊手術を受けていない女の子ウサギなら、定期的な受診は非常に大切ですし、もし子宮の病気が見つかったらあわせて乳腺の検査もすべきです」
乳腺腫瘤は避妊手術で予防できる?
避妊手術を受けることで女性ホルモンを分泌する卵巣の働きを抑えられるため、乳腺疾患の予防になるそうです。
斉藤「避妊手術を受ければ乳頭が小さくなりますし、偽妊娠もなくなりますから、乳腺炎の罹患率は非常に低くなります。乳腺嚢胞も女性ホルモンが少なくなれば、かかることはまずありません。
乳腺腫瘍(ガン)についても、100%とまではいかないものの、かなりの予防効果が見込まれます。女の子ウサギと暮らす飼い主さんには、避妊手術は子宮疾患だけでなく乳腺疾患の予防効果もある、ということをぜひ知って欲しいと思っています。
また、子宮疾患と同じく、妊娠・出産を経験しても乳腺腫瘤の予防にはなりません」
なお、ホルモンが分泌されるようになってからでは予防効果が十分には得られないこともありますので、より確実なものにするために、避妊手術は適齢期(生後6ヶ月〜1才頃)に受けることが大切だそうです。
避妊手術を受けていない女の子ウサギの飼い主さんは日頃から、お腹を触ってしこりがないかチェックしたり、乳頭を目視で確認したりする方が良いのでしょうか?
斉藤「可能であれば、やってあげた方がいいと思います。ただ、仰向けにされるのは嫌がる子も多いですから、無理強いはしないでください。ある程度、年齢があがってきたら定期検診の頻度を上げるのが良いと思います」
もし、乳腺疾患かな?と思ったとき、受診の緊急度はどの程度でしょうか?元気そうなら1〜2週間程度、自宅で様子を見てからの受診でもOKでしょうか?
斉藤「避妊をしていない子では腫瘍の可能性もありますから、できるだけ急いだ方がいいですね。また、高齢なら乳腺がんの可能性がさらに上がりますから、早急な受診をおすすめします」
斉藤先生は「避妊していれば基本的に乳腺疾患になることはないから」と前置きしたうえで、乳腺腫瘤で来院する子は2〜3日に1件あるかないか、だと話してくださいました。
どんなに気をつけていても、かかるときはかかってしまうのが病気。だからこそ、予防できるものに関しては、できるだけ防いであげたいですよね。乳腺腫瘤は避妊手術で「高い確率で防げる病気」ですから、女の子ウサギの飼い主さんはこのことを知ったうえで、避妊手術という選択肢を検討できると良いですね。
関連コラム:ウサギ専門医に聞く(13)避妊手術は受けるべき?子宮疾患を防ぎ寿命を伸ばすには
聞き手:橋爪
編集:うさぎタイムズ編集部
※当コラムでは、人間と暮らす多くのウサギが健康で長生きできるよう、疾患についての情報を共有するため、情報発信を行っています。個体により状況は異なりますので、ウサギの状態で気になることがあれば、かかりつけにご相談されることをお勧めします。当コラムの内容閲覧により生じた一切のトラブルについて、うさぎの環境エンリッチメント協会並びに斉藤動物病院、ラビットリンクでは責任を負いかねます。
最新記事 by 橋爪宏幸 (全て見る)
- ウサギ専門医に聞く(31)油断は禁物!ウサギの鼻炎 鼻づまりでQOLが大きく低下【症状・治療】 - 2024.08.30
- ウサギ専門医に聞く(30)「毛芽腫」「乳頭腫」皮膚のイボは切除が必要?【上皮系腫瘍】 - 2024.07.26
- ウサギ専門医に聞く(29)ツメダニ・ウサギズツキダニが最多【外部寄生虫症】 - 2024.06.12