※当コラムは斉藤先生の臨床経験をもとに、ウサギの医学書や論文など専門的な文献を参照して執筆しています。ウサギと暮らす飼い主さんに有益で正確な情報の発信に努めていますが、記載内容は執筆時点での情報であること、すべてのケースに当てはまるわけではないことをご理解願います。
※当コラムへの写真掲載にご協力いただいた飼い主様とウサギさんに感謝申し上げます。

こんにちは。うさぎの環境エンリッチメント協会専務理事の橋爪です。ウサギの最新の飼育方法を発信しているウェブマガジン「うさぎタイムズ」の編集長や、うさぎ専門「ラビット・リンク」のオーナーをしています。 プライベートでも5頭(3男2女)のウサギさんと暮らしています。

ウサギの診療実績が年間4,000件と豊富なご経験をお持ちの斉藤動物病院の院長・斉藤将之先生にお話を伺うこちらのコラム。
診察室ではなかなか聞けないお話や、ウサギを診る獣医師の本音などお話ししていただきます。

第26回のテーマは皮膚糸状菌症(ひふしじょうきんしょう)です。
まだらに脱毛したウサギーウサギ専門医に聞く(26)皮膚糸状菌症 人間の水虫が感染源に?皮膚にカビが生える原因とは

ウサギの皮膚糸状菌症ってどんな病気?

皮膚糸状菌症は、真菌(カビ)が皮膚や被毛に感染して起こる病気です。発症すると脱毛したりフケが発生したりします。

斉藤「カビといえば食べ物に黒や緑の点々が付いた映像が思い浮かぶかもしれませんが、真菌にはたくさんの種類があります。

お風呂場やタンスの裏にカビが生えるように、真菌は、私たちの身の回りのあちこちに存在します。生き物の皮膚(角質)を栄養源に増殖する真菌もおり、まとめて皮膚糸状菌と呼びます。
実は人間の水虫も、白癬菌(はくせんきん)の感染で起こる皮膚糸状菌症の一種です」

皮膚にもカビ菌がいる、と聞くとびっくりしますが、健康な生き物の体には、常在菌といって複数の菌が存在しているのが普通だそうです。

斉藤「真菌が皮膚に感染しても、免疫力が保たれていれば無症状で経過します。何らかのきっかけで免疫のバランスが崩れると、皮膚のバリア機能が低下し、真菌が一気に増殖します。こうして発症するのが皮膚糸状菌症です

背中の脱毛ーウサギ専門医に聞く(26)皮膚糸状菌症 人間の水虫が感染源に?皮膚にカビが生える原因とは

斉藤「発症しやすいのは、免疫力の弱い幼いウサギ・高齢のウサギです。また、細菌性皮膚炎では患部の抵抗力が低下するので、皮膚糸状菌症を合併しやすくなります。
当院を受診する皮膚糸状菌症の子も、ベースに細菌性皮膚炎のあることがほとんど。皮膚糸状菌症単体のウサギは、皮膚病の患者さんの1割程度です」

人間に感染することも 皮膚糸状菌症は人獣共通感染症

皮膚糸状菌はイヌやネコなどの動物、そして人間にも感染します。動物と人間の両方が感染する病気を人獣共通感染症「ズーノーシス」と言い、皮膚糸状菌症もその1つです。

斉藤「他の動物に比べて、ウサギが感染しやすいわけではありません。後で詳しくご説明しますが、一般的な飼い方をしていれば、そう簡単には皮膚糸状菌症になりません。人間にもうつるから、と心配しすぎなくても大丈夫です」

感染経路と発症の仕組みを知ろう 皮膚糸状菌症の原因

皮膚糸状菌の感染源は主に、感染した個体との接触です。また、直接、身体的接触がなくとも、感染個体の抜け毛やフケに触れて感染することもあるそうです。
さらに、意外な感染経路もある、と斉藤先生は言います。

斉藤「一頭だけで飼育していて、他のウサギに一切触れなくとも、感染リスクはゼロではありません。ウサギに触れる人間が感染源になることもあるからです。

飼い主さんの水虫から感染して、皮膚糸状菌症になる子がいます。水虫のひどい足でウサギを撫でたり、水虫の人が脱いだ靴下でウサギが遊んだりすることで、人間の白癬菌がウサギにもうつってしまいます」

ウサギが足にじゃれてきたから足で遊んであげた、という状況は十分、想像できます。それが感染につながるかもしれないんですね。

水虫も皮膚糸状菌症ーウサギ専門医に聞く(26)皮膚糸状菌症 人間の水虫が感染源に?皮膚にカビが生える原因とは
真菌は身の回りのあちこちにいるとのことでしたが、他にはどんな感染経路が考えられますか?

斉藤「例えば
・カビだらけのタンスの裏に部屋んぽ中のウサギが入り込んで遊び、真菌が被毛にくっついて感染
・給水ボトルの下で寝るのが好きなウサギで、ボトルから垂れた水で被毛が長時間濡れたままになり真菌が繁殖

などがあります。

真菌が繁殖している場所を歩いた、数回遊んだなどで、少量の菌が付着してもただちに感染が成立するケースは稀です。でも、濃密に接触するとその分、感染リスクも高まります」

感染後に、不適切な飼育環境や栄養状態の悪化、ストレスなどによる免疫力の低下があると、皮膚糸状菌症を発症するそうです。

皮膚が局所的に濡れた状態が続いて皮膚糸状菌症になるケースでは、感染から数日で症状が出ることもあるのだとか。梅雨時に台所にパンを放置していたら一晩でカビが生えた経験はないでしょうか。条件が揃うと一気に増殖するのも真菌の特徴です。

皮膚糸状菌症の症状は脱毛・フケ

ウサギの皮膚糸状菌症では、皮膚がまだらに赤くなる、脱毛、鱗屑・落屑(フケ)・かさぶたができるなどの症状が出ます。カビが生えると痒そうなイメージもありますが、どうでしょうか?

斉藤「痒がる子はほとんどいません。ただし、細菌感染を合併している場合は痒いようです。また、感染する皮膚糸状菌の種類によっても痒みが強いようで、水虫菌にかかったウサギはかなり痒がっていました」

下半身の脱毛ーウサギ専門医に聞く(26)皮膚糸状菌症 人間の水虫が感染源に?皮膚にカビが生える原因とは

感染の初期から見られ、飼い主さんも気づきやすい症状は脱毛だそう。どの程度毛が抜けた段階で受診するケースが多いのでしょうか?

斉藤「普段からブラッシングの習慣があれば、十円玉よりも小さい脱毛でも気づいて連れてきてくれる飼い主さんもいます。
逆に、フケは“被毛をかき分けてみると粉っぽいものがついていた”程度のことが多く、それほど目立ちませんね。

皮膚糸状菌症は、毛繕いによって感染部分が拡大します。放置すると脱毛がどんどん広がりかねませんから、早めの受診をおすすめします」

痛みや痒みといった不快症状がなく、進行しても命には関わらないとのこと。ただ、感染がひどく広がって下半身全部の毛がボソボソになってしまったケースもあるそうですから、気づいたら初期の段階で対応してあげたいですね。

皮膚糸状菌症の検査

検査では、患部の皮膚やフケを採取し、特殊な液体に浸してから顕微鏡で皮膚糸状菌を探すそうです。

円形に脱毛したウサギーウサギ専門医に聞く(26)皮膚糸状菌症 人間の水虫が感染源に?皮膚にカビが生える原因とは

斉藤「皮膚糸状菌にはさまざまな種類がありますから、感染した菌を特定するには真菌培養を行います。
ただ、使用できる抗菌薬の種類も限られているので、手間と時間を考えれば培養の必要性はそれほどないと私は考えます。当院では原因菌にある程度あたりをつけて、効果が見込まれる薬を出しています」

長期化することもある? 皮膚糸状菌症の治療

皮膚糸状菌症は、カビをやっつける「抗真菌薬」で治療を行うそうです。

斉藤「飲み薬で全身に投与する方法と、患部だけに薬を塗る局所治療があります。当院では内服による治療をメインで行います。

局所的な治療は、ウサギが薬を気にして舐め、逆に感染を広げてしまったり、悪化させてしまったりすることがあるんです。内服治療ならその心配がありません。水に溶かして、スポイトで飲ませられる状態にした粉薬をお出しすることが多いですね」

内服薬を1〜2ヶ月続けることで、患部から菌を取り除くことができるそうです。

斉藤「脱毛が広がらなくなれば真菌がいなくなったサイン。抗真菌薬は終了できます。
ただ、脱毛部位に毛がなかなか生えてこない子も多く、治療は長期化する傾向があります。

皮膚糸状菌症に限ったことではありませんが、ウサギの脱毛は、換毛期まで待ってやっと元通り、ということもよくあるんです。被毛が元のように生え揃うまでの時間は個体差が大きいので、経過を長く見ていかねばならないこともあります。
少なくとも真菌が皮膚にいるうちは毛が生えませんので、薬で真菌をきちんと抑えこむことが大切です」

カビの原因を断たなければ、治療の効果が得られない

治療と同時に大事なことは、真菌の感染源を特定して遠ざけること。飼育環境で大量の真菌にさらされ続けていたら、治療をしても効果が得られないと言います。

斉藤「ケージ内の毛布に生えたカビが原因で皮膚糸状菌症になったなら、毛布を取り除かなければ治療が進みません。家庭に水虫の人がいるなら、直ちに治療開始し、素足で直接ウサギに触れない、などの配慮が必要です」

飼育環境の消毒が必要、とも聞きますがー?

斉藤「必ずしも部屋全体を消毒しなければならないわけではありません。感染源をウサギから遠ざけられたら、消毒は不要です。

感染原因が特定できないなら、部屋のどこにカビがあるかわからない状態ですから、ケージやウサギが過ごす場所の消毒をした方が良いでしょう。部屋全体ではなく、例えばスノコや毛布など、“怪しそう”な場所だけでOK。1日1回洗えば十分で、神経質になりすぎる必要はありません。
消毒には、塩素系漂白剤や次亜塩素酸が使用できます」

皮膚糸状菌症は予防できる

皮膚糸状菌症の予防の基本は、感染源に接触させないこと。
感染したウサギと遊ばせない、水虫などの真菌感染症にかかっている人は患部で直接ウサギに触れない、飼育環境にカビを発生させない、などに気をつけましょう。

皮膚糸状菌症は、人畜共通感染症。ウサギから人への感染予防も意識しなければなりません。皮膚糸状菌症のウサギを抱っこしたら、人間も感染するのでしょうか?

斉藤「お世話をした後に、手をきちんと洗えば、人間への感染はそれほど心配しなくて大丈夫です」

ウサギに触った後は手洗いをーウサギ専門医に聞く(26)皮膚糸状菌症 人間の水虫が感染源に?皮膚にカビが生える原因とは

斉藤「うつりやすい・うつりにくいは、感染した真菌の種類によります。皮膚糸状菌にも感染力の強いものと弱いものがあります。どんな菌に感染したかで感染のしやすさも異なりますが、少量付着しただけで激烈な症状を起こす菌は少数です

感染力と毒性の弱い菌では、皮膚糸状菌症を発症しても少しの脱毛ですみ、免疫の力で自然と回復するケースもあるのだとか。ちなみに、水虫の原因である白癬菌は、感染力が強いそうなので、家族に水虫がある人は注意しましょう。

また、感染力の弱い菌でも、大量に付着すれば感染の可能性は高まります。皮膚糸状菌症は「うつりやすい・うつりにくい」と一概に言えるものではないことを知っておきましょう。

斉藤「一般的な飼い方をしていれば、皮膚糸状菌症に何度も感染するとは考えにくいので、日頃から特別に予防策を意識する必要はありません。疾患の特性を正しく理解して、適切に対応すれば皮膚糸状菌症は治療・予防できます。

飼育環境を清潔に保ち、免疫力を低下させないようバランスの良い食餌を与える・ストレスをためさせないなど、基本的な部分を改めて心がけていただければと思います」

聞き手:橋爪
編集:うさぎタイムズ編集部

※当コラムでは、人間と暮らす多くのウサギが健康で長生きできるよう、疾患についての情報を共有するため、情報発信を行っています。個体により状況は異なりますので、ウサギの状態で気になることがあれば、かかりつけにご相談されることをお勧めします。当コラムの内容閲覧により生じた一切のトラブルについて、うさぎの環境エンリッチメント協会並びに斉藤動物病院、ラビットリンクでは責任を負いかねます。


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橋爪宏幸

うさぎタイムズ編集長。 うさぎ専門店「ラビット・リンク」のオーナー。 一般社団法人うさぎの環境エンリッチメント協会 専務理事。 ExoticpetSaver FirstResponder。 ExoticpetSaver Emergency Rescue Technician。 現在ニンゲン3人のほか、長男:ミニチュアダックスの桜花、次男ホーランドロップのカール、三男:ネザーランドドワーフの政宗、長女:ホーランドロップのミラ・ジョボビッチと暮らしている。