※当コラムは斉藤先生の臨床経験をもとに、ウサギの医学書や論文など専門的な文献を参照して執筆しています。ウサギと暮らす飼い主さんに有益で正確な情報の発信に努めていますが、記載内容は執筆時点での情報であること、すべてのケースに当てはまるわけではないことをご理解願います。
こんにちは。うさぎの環境エンリッチメント協会専務理事の橋爪です。ウサギの最新の飼育方法を発信しているウェブマガジン「うさぎタイムズ」の編集長や、うさぎ専門「ラビット・リンク」のオーナーをしています。 プライベートでも5頭(3男2女)のウサギさんと暮らしています。
ウサギの診療実績が年間4,000件と豊富なご経験をお持ちの斉藤動物病院の院長・斉藤将之先生にお話を伺うこちらのコラム。
診察室ではなかなか聞けないお話や、ウサギを診る獣医師の本音などお話ししていただきます。
第20回のテーマは、角膜炎・角膜潰瘍です。ウサギの目の病気では最も多いと言われることもありますから、ぜひ知っておいていただければと思います。
目次
ウサギによくある角膜炎・角膜潰瘍ってどんな病気?
まず、角膜の位置を確認しましょう。図のように眼球の表面をおおう透明な薄い膜が角膜で、黒目の上にかぶさる部分です。角膜には、眼に光を取り入れる役割と、光を屈折させて眼のピントを合わせる役割があります。
角膜が傷つき、炎症を起こしたのが「角膜潰瘍」「角膜炎」(※)です。
※角膜にえぐれたような傷がついた状態が角膜潰瘍、角膜が炎症を起こした状態が角膜炎ですが、両者の明確な線引きは専門性が高く、私たち一般人には難しいため、今回は「角膜炎」に統一します。
角膜炎・角膜潰瘍はウサギにとって非常に身近な病気だと斉藤先生は言います。
斉藤先生「当院にやってくる角膜炎の子は、1週間に10頭以上。本当にウサギさんのかかりやすい病気ですね。
角膜炎の原因の多くは、顔をぶつけたことによる外傷です。
ウサギの頭を正面から見ると、眼が突き出た状態で顔の両側面についているのがわかります。つぶらな瞳はウサギのチャームポイントの1つですが、目が大きいということはつまり、顔に占める眼球の割合が大きいということ。顔がぶつかると高確率で目にも傷を負います」
ウサギの角膜炎はこうして起こる
ウサギが目を怪我する・角膜が傷つくシチュエーションは、以下のようなものが挙げられます。
・ウサギ同士のケンカ
・飼い主さんが誤ってウサギを蹴ってしまう
・牧草や床材、抜け毛が目に入る
・斜頸で“ローリング”が起こり床や壁に顔をぶつける
・目が飛び出してまばたきができないことで目が乾燥する
原因で一番多いのは、飼い主さんとウサギの接触事故
斉藤「角膜に傷を負う原因で多いのは、飼い主さんとの接触事故ですね。足元にいたウサギに気づかず蹴飛ばしてしまった、扉を開けた向こう側にウサギがいた、などです。
ウサギも、まぶたで目をガードしようとはしますが、まばたきが間に合わないほどの速度でぶつかれば角膜が傷つきます」
ちなみに、オスや活動的な個体はケガをしやすいので角膜炎になりやすい、とも聞きますが、実際はどうでしょうか?
斉藤「明確に調べたわけではないのであくまで個人的な感覚ですが、角膜炎のなりやすさに限っていえば、性別や活発さは、さほど関係ないのではないかと思っています。
確かに、傷を負うほどのケンカになることが多いのは一般的にオス同士ですが、ケージを分けて単独で飼育していればケンカは起こりません。活発に動き回る子でも、ケージ内で過ごす時間が長いからと言って、必ずしもあちこちにぶつかる機会が多いわけではありません。
臨床的には、ウサギ側の要因より、飼い主さんの不注意による突発的な事故が原因になるケースの方が多いと感じます」
部屋んぽ中、いつの間にか足元にウサギが、というのは多くの飼い主さんが一度は経験することかもしれません。その一瞬で、事故が起こるんですね。
「牧草で目をケガする」って本当?
斉藤「加えて、角膜炎の原因で意外に多いのが、粉状・クズ状になった牧草が目に入るケースです。角膜はとてもデリケートですから、ごく小さな異物でも、目の中に入れば“やすり”と同じ。擦れ続けることで角膜表面に傷を作ってしまいます。
さらに、粉状ではない牧草も、時にはケガの原因になることがあります。牧草掛けからツンツンと牧草が突き出た光景は、飼い主さんなら見慣れたものでしょう。あのツンツンが、食べようと顔を近づけたときにウッカリ目に刺さることがあるんです」
牧草は、刈り取って乾燥させるという製法上、どうしても先端がチクチクしています。ケージ内を動き回っている際や、振り向きざまに、突き出した牧草の先端が目に入ってしまった子を私も何度か目にしています。
目の乾燥も角膜の傷の原因になるとのことですが、これはどのような状態でしょうか?
斉藤「眼窩膿瘍(がんかのうよう)などで、眼球が飛び出してくると、まばたきができなくなります。まぶたが届かない角膜は乾燥しますから、傷ついていくんです。
ちなみに以前は、角膜が傷つく以外に、ビタミン不足といった栄養状態に起因する角膜炎もあると考えられていたようです。今は栄養バランスの整ったフードがほとんどですから、そのようなことは起こりにくいと思います。
角膜炎は多くが目の傷から起こるものと考えてください」
【角膜炎の症状】目をまぶしそうにしているのは違和感のサインかも
目が痛い時、シバシバさせたり、細めたりするのは人間もウサギも同じ。ウサギの角膜炎で最も初期から見られることの多い症状は、まぶしそうに眼を細める羞明(しゅうめい)で、やがて、涙目になる、涙を流す、目やにが出る、結膜が充血するなどの症状もあらわれます。
斉藤「羞明はわかりやすいので、痛そうにしているね、なんだかおかしいね、と軽い段階ですぐ受診してくれる飼い主さんが多いですね。
炎症が進行すると角膜の表面が白く濁り、視覚に影響が出る、治療しても角膜が綺麗な状態に戻らない、という事態にもなります。角膜に穴があく角膜穿孔(かくまくせんこう)を起こすと、失明のおそれも出てきます。何より痛みもありますから、早期に受診するに越したことはありません」
角膜炎の治療は点眼・内服がメイン 軽度なら回復も早い
治療は、傷ついた角膜を修復する点眼薬を基本に、 原因に応じて、目に入った異物を除去したり、細菌感染に対しては抗生剤を使用したりするそうです。
関連コラム:ウサギの目薬のさし方は上まぶたを「あっかんべー」/ウサギ専門医に聞く(1)白内障 治療法は目薬?手術?
手術適応になる子もいると聞いたのですが、いかがでしょうか?
斉藤「角膜炎はお薬で綺麗に治るケースが多いと思います。ただ、傷が広すぎる・深すぎる場合、そして、点眼薬をさした後の目をウサギが自分で擦ってしまう場合などは、なかなか治療が進まないため、手術を提示されることもあるかもしれません。
手術は、“瞬膜フラップ”といい、人間にはない“第三のまぶた”「瞬膜」で角膜を覆うことで、角膜の傷の治癒を早めるのが目的です。瞬膜に糸をかけてひっぱり、眼帯のように角膜を覆います。2週間ほどそのままにしておき、角膜の傷が治った頃に瞬膜を元に戻すんです」
斉藤「瞬膜フラップの適応は、獣医師の間でも意見の分かれるところです。全身麻酔のリスクに加えて、フラップ内で膿が溜まったり感染が広がったりし、期待ほどの成果が得られないこともあるからです。当院では、今のところ手術は行っていません。
目薬をさしたら多少の違和感がありますので、こすりたがる子もいます。そんなときは、点眼後、気を紛らわせるために一緒に遊んであげるのがおすすめですね。なかなか気を逸らせないのなら、飲み薬に移行するという手もあります。点眼薬での治療が思うように進まなくとも、即手術、というわけではありません」
角膜炎の予防方法 目を傷つけないためにできること
デリケートな角膜に傷をつけないため、どんなことに気をつけたら良いでしょうか。
斉藤「ウサギと飼い主さんとの衝突事故を防ぐため、部屋んぽ中はウサギの所在に十分注意してください。
ケンカが起こらないように相性の良くない子同士は近づけないこと、爪が伸びていると眼を傷つけやすくなるので定期的な爪切りも大切です。
斜頸でローリングする子には、床や壁を柔らかくして、ぶつかった際の衝撃を和らげてあげましょう」
牧草の細かいクズには、どのように対処したら良いでしょうか。
斉藤「細かいクズは、袋の底に溜まることが多いかと思います。お皿に入れる時に、溜まったクズを上からざっとふりかけて与えるのは避けた方が良いかもしれません。牧草を食べようと頭を突っ込んだ際、舞い上がった粉が目に入る可能性があります。クズは別のお皿に入れクズだけで与えるか、思い切って処分する方がベターです」
私のお店でも複数の種類・メーカーの牧草を取り扱っていますが、牧草に細かいクズが含まれるのは、ある程度仕方のないことだと感じています。クズの除去に力を入れているメーカーもありますが、加工の段階で取り除いても、流通や保管の過程で崩れて再び、粉状になっていきます。与える際の工夫がポイントですね。
牧草が目に刺さることを防ぐ方法はあるのでしょうか?
斉藤「なかなか難しいのですが、横に積んで置ける、カトラリーケースのような形状の牧草入れを使うと良いかもしれません。横型のものに入れても、すべての牧草の先端が完全にウサギの方に向かないわけではありません。ですが、縦型のものに入れるよりは、ウサギの顔の高さにツンツンと突き出す数を減らせると思います」
牧草入れは、花瓶のように縦に突き刺して入れるタイプが主流です。横に寝かせて設置できるタイプは縦型よりも場所をとるので、あまり普及していないのですが、試してみても良いかもしれませんね。
どんなに気をつけていても、牧草で目を傷つけてしまう可能性があり、ウサギの角膜炎は非常に多いということだと牧草を与えることを控えよう、という風に考えてしまう方もいらっしゃるかも知れません。
私たちと暮らすウサギにとって牧草は必要不可欠です。豊富な繊維質の含まれた草を食べて生活するのがウサギ本来の食性です。歯も、消化管のシステムも、それに適した作りになっていますから、繊維質の不足は、不正咬合や、消化管うっ滞など、角膜炎よりも深刻な全身の不調につながります。
飼いウサギの場合、生きるために必要な繊維質をまかなうには、牧草をたっぷり食べるしかありません。目の怪我を防ぐための工夫はしてあげつつも、牧草は常に好きなだけ食べられる状態を確保してあげてくださいね。
聞き手:橋爪
編集:うさぎタイムズ編集部
※当コラムでは、人間と暮らす多くのウサギが健康で長生きできるよう、疾患についての情報を共有するため、情報発信を行っています。個体により状況は異なりますので、ウサギの状態で気になることがあれば、かかりつけにご相談されることをお勧めします。当コラムの内容閲覧により生じた一切のトラブルについて、うさぎの環境エンリッチメント協会並びに斉藤動物病院、ラビットリンクでは責任を負いかねます。
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