※当コラムは斉藤先生の臨床経験をもとに、ウサギの医学書や論文など専門的な文献を参照して執筆しています。ウサギと暮らす飼い主さんにとって有益で正確な情報の発信に努めていますが、記載内容は執筆時点での情報であること、すべてのケースに当てはまるわけではないことをご理解願います。

こんにちは。うさぎの環境エンリッチメント協会専務理事の橋爪です。ウサギの最新の飼育方法を発信しているウェブマガジン「うさぎタイムズ」の編集長や、うさぎ専門「ラビット・リンク」のオーナーをしています。 プライベートでも5匹(3男2女)のウサギさんと暮らしています。

ウサギの診療実績が年間4,000件と豊富なご経験をお持ちの斉藤動物病院の院長・斉藤将之先生にお話を伺うこちらのコラム。
診察室ではなかなか聞けないお話や、ウサギを診る獣医師の本音などお話ししていただきます。

第14回のテーマは「去勢手術」。手術を検討するケースや、リスク・デメリットなど、男の子ウサギをお迎えする時にはぜひ知っておいていただければと思います。

※女の子ウサギの避妊手術はこちらのコラムで詳しくご紹介しています。

草むらのウサギーウサギ専門医に聞く(14)去勢手術〜おしっこ飛ばしやマウンティングは必ず防げるの?

望まない繁殖の防止だけじゃない ウサギの去勢手術の目的

男の子ウサギが去勢手術を受ける理由は、繁殖防止だけではありません。

斉藤先生「去勢手術の目的は3つです。

①望まない繁殖の防止
②オス特有の病気予防
③男性ホルモンに関連した問題行動の減少
(スプレー行動、マウンティング、他の個体とのケンカ)

圧倒的に多いのは③ですね」

ウサギの去勢手術のメリットは、人間にとっての「問題行動」の減少

斉藤「ウサギは縄張り意識が強い生き物。オスは自分の地位をアピールしようと、おしっこを撒き散らす“スプレー行動”や、他の個体にのしかかる“マウンティング”をし、時には激しいケンカになることもあります。

ケンカでの怪我をのぞけば、これらの行動がウサギの健康上のトラブルになることはありません。でも、一緒に暮らす飼い主さんはそうも言っていられませんよね」

確かに、所構わずおしっこをされるスプレー行為は頭の痛いものです。

斉藤「生まれつき備わった自然な行動だけに、しつけで止めさせるのが困難である一方、男性ホルモンとの関連が強いため、去勢手術で軽減できることが多いんです。
ウサギの去勢手術は、人間にとっての問題行動を抑えるために行われることがほとんどなんですよ」

繁殖防止や病気予防を目的に、去勢手術をすることはないのでしょうか。

斉藤「去勢手術で防げる病気は精巣腫瘍ですが、精巣腫瘍は罹患率が低く、手術のリスクと天秤にかけたらメリットがさほど大きいとはいえません。また、繁殖防止ならメスに避妊手術を受けさせる方が確実です」

避妊手術はメスの寿命を伸ばせる利点もありますから、多頭飼育で繁殖を防ぎたいなら避妊手術の方がおすすめ、というわけですね。

まずは飼育環境の調整で対応し、それでも無理なら去勢手術の検討を

スプレー行動、マウンティング、他の個体とのケンカは具体的に、どんな状態なら手術を考えるべきでしょうか。

斉藤「一概に“このくらいで去勢手術を”というものではなく、飼い主さんの考え方や、飼育スタイルに大きく左右されます。

例えばスプレー行動がひどくとも、人間とは完全に生活空間を分けられるなら、飼い主さんもさほど困らないかもしれません。
また、自己主張が強く攻撃的な行動が目立つ子も、他の個体にひきあわせなければケンカにはなりませんよね」

まず飼育環境を調整し、それでもダメな時の選択肢として去勢手術を、ということですね。

斉藤「手術にはリスクがともないますから、慎重に判断すべきです。当院の患者さんで去勢手術を受けている子は2〜3割。“やって当たり前”の処置ではないんです」

問題行動の“問題”はあくまで人間の視点で、飼い主さんが受け入れられれば、手術は不要です。去勢手術はヒトとウサギが共存するための手段の1つであり、医学的に必須というわけではないので、よく考えてあげたいものです。

去勢手術を受ければ「必ず」おしっこ飛ばしは治る?

去勢手術で「問題行動」がおさまるのは7〜8割

問題行動をする子10頭が手術を受けたら、7〜8頭は問題行動をほぼしなくなる、と斉藤先生は続けます。

斉藤「性欲が強い人・弱い人がいるように、ウサギも、ホルモンの影響を受けやすい子とそうでない子がいます。問題行動を抑制するためのポイントは、適切な時期に手術を受けることです。

スプレー行動はたいてい、男性ホルモンの分泌が盛んになる1歳前後に始まりますが、“手に負えない”と感じたらできるだけ早く手術すべきです
床の上のウサギーウサギ専門医に聞く(14)去勢手術〜おしっこ飛ばしやマウンティングは必ず防げるの?
斉藤「最初は性ホルモンの影響で始まった行動も、時間が経つと癖として定着します。スプレー行動に何年も悩まされた挙句ようやく手術した、といったケースでは、術後も改善は難しいことが多いんです」

スプレー行動が始まる「前」に手術しても100%予防できるわけではない

では、スプレー行動を一度もしたことのない段階で去勢手術をすれば、必ず予防できるのでしょうか?

斉藤「実は、そうとも言えません。去勢後も最大1ヶ月はオスの本能が残るのですが、その間にスプレー行動が始まることもあるからです。
また、生後6ヶ月未満では精巣が体の外に出て睾丸に降りていないことがあり、取り除けないことがあります。早すぎる時期の手術は逆効果です」

去勢手術後すぐにメスと一緒にしたら妊娠の可能性も

去勢した翌日からピタリとオスの本能がなくなるわけではない、ということは、繁殖防止の観点からも注意が必要です。

斉藤「念のため、去勢手術後も1ヶ月間はメスと接触させないようにお願いしています。
手術を受けて穏やかになったし妊娠させる心配もないから、と一緒に遊ばせたくなる気持ちもわかりますが、もう少し時間をおいてくださいね」

【去勢手術のデメリット】手術のリスクと「太りやすさ」について

気になるのが去勢手術のリスクです。ウサギの手術は難しい、ハイリスクとも言われるようですが、実際のところを伺いました。

斉藤「全身麻酔の手術における一般的なリスクとして、術中の急変術後の感染があります。手術中の急変について、当院では1〜5%の確率と説明しています。

ここ20年くらいで、ウサギに使用できる麻酔薬の種類や量が明確になり、ずいぶん安全に手術ができるようになりました。ウサギの手術のリスクは“イヌ・ネコよりも若干が高い”程度だと思います」

ただし、依然としてイヌやネコにはない難しさもあると斉藤先生は言います。

ウサギの手術 「難しい」「ハイリスク」と言われる理由

斉藤「全身麻酔中に呼吸が止まってしまった際、イヌやネコは気管に管を入れて呼吸のサポートをする気管内挿管ができます。一方ウサギの気管内挿管は、イヌ・ネコほど一般的ではありませんから、呼吸停止が心停止につながりやすいんです」

斉藤「また、ウサギは麻酔の注射にもテクニックが必要です。痛みや恐怖で暴れる子を保定し、筋肉めがけて的確に針を刺さねばなりません。イヌやネコなら少々動かれても処置できるという先生でも、ウサギ相手ではそうはいかないこともありますから、“ウサギは難しい”となるんです。

最近は、筋肉以外にも刺せる麻酔注射もでてきていますが、やはり普段からウサギの扱いに慣れている病院が安心だと思います」

この他、ウサギに特有のリスクとして、術後に食欲が戻らず消化管うっ滞になる可能性があるそうです。術後の経過も慎重に見た方が良いということですね。

「去勢手術で太りやすくなる」はどの程度?

もう1つのデメリットとして術後は「太りやすくなる」と斉藤先生は言います。どの程度、肥満に気をつけるべきでしょうか。

斉藤「生殖本能に消費されていたカロリーがゼロになりますから、個体差はあれど、それまで同様の食生活をしていたら必ず太ります。
獣医師の間でも“去勢太り”、“避妊太り”という言葉を使うくらい一般的ですから、ぽっちゃり体型の子は手術後の激太りに注意してください」

体重増加に気づいたら、牧草の量はそのままでラビットフード(ペレット)を減らすのが基本。まず1割くらい減らしてみて、体重の増減を確認しながら調整していきます。肥満は万病の元ですから、自宅での体重管理が難しければ早めに獣医師に相談しましょう。
ケージ越しのウサギーウサギ専門医に聞く(14)去勢手術〜おしっこ飛ばしやマウンティングは必ず防げるの?
若い頃ほど食べられなくなり自然と体重が減る7〜8歳頃までは、肥満予防を意識し続ける必要があるとのこと。食餌制限が続くと思うと少しかわいそうな気もしますが、ウサギも慣れていきますので、それほど気にしなくても良いと斉藤先生は話してくださいました。

去勢手術のやり方・流れ

斉藤「当院では、全身麻酔をかけ、精巣の袋を小さく切開して終了します。縫合はせず自然にくっつくのを待ちます。縫いとめたりテープを貼ったりすると、気になって舐めてしまう子が多いからです。

精巣の手術は比較的、簡易な手技で済み、傷口の回復も早いのですが、夜間に傷口を舐める子もいますし、食欲の戻りを確認するためにも、1泊2日の入院をしてもらっています」

去勢手術は、他の手術に比べてハイリスクというわけではなく、開腹で行うメスの避妊手術と比べても負担は少ないようですが、斉藤先生は慎重に対応されるとのこと。病院によって考え方が異なるので、事前に担当医師に確認しておきましょう。

ウサギの「潜在精巣」は去勢手術ができない?

ところで、「潜在精巣(せんざいせいそう)」をご存知でしょうか。精巣は生後すぐの時点ではお腹の中にあり、成長とともに体の外へ徐々に下降してきますが、時折、お腹の中に残ってしまうケースがあり、潜在精巣と言うのだそうです。
去勢手術との関連で知っておいて欲しいのですが、と斉藤先生は話します。

斉藤潜在精巣の子は、精巣が体の外に降りてこないことにより陰嚢が無いため去勢手術はできません。
ただし、お腹の中にある精巣は機能していません。片方の精巣が潜在精巣で、スプレー行為が始まった、という場合、正常な精巣を取るだけでおさまることが多いんです。

ちなみに、イヌやネコでは潜在精巣が腫瘍化する可能性があるので、開腹手術でお腹の中の精巣を取る処置も行われます。しかし、ウサギでは腫瘍化することはほぼないと考えられているので、あえて摘出することは当院でもしていません」

去勢手術の意味を正しく理解し、必要な選択を

問題行動の抑制を目的に行われることが多いウサギの去勢手術。困った行動に環境調整でも対応できそうになければ、去勢手術は有効な手段になりえます。メリットとデメリットについて正しい知識を持ち、必要な場面で適切な選択をしてあげてください。

聞き手:橋爪
編集:うさぎタイムズ編集部

※当コラムでは、人間と暮らす多くのウサギが健康で長生きできるよう、疾患についての情報を共有するため、情報発信を行っています。個体により状況は異なりますので、ウサギの状態で気になることがあれば、かかりつけにご相談されることをお勧めします。当コラムの内容閲覧により生じた一切のトラブルについて、うさぎの環境エンリッチメント協会並びに斉藤動物病院、ラビットリンクでは責任を負いかねます。


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橋爪宏幸

うさぎタイムズ編集長。 うさぎ専門店「ラビット・リンク」のオーナー。 一般社団法人うさぎの環境エンリッチメント協会 専務理事。 ExoticpetSaver FirstResponder。 ExoticpetSaver Emergency Rescue Technician。 現在ニンゲン3人のほか、長男:ミニチュアダックスの桜花、次男ホーランドロップのカール、三男:ネザーランドドワーフの政宗、長女:ホーランドロップのミラ・ジョボビッチと暮らしている。