※当コラムは斉藤先生の臨床経験をもとに、ウサギの医学書や論文など専門的な文献を参照して執筆しています。ウサギと暮らす飼い主さんにとって有益で正確な情報の発信に努めていますが、記載内容は執筆時点での情報であること、すべてのケースに当てはまるわけではないことをご理解願います。
※当コラムへの写真掲載にご協力いただいた飼い主様とウサギさんに感謝申し上げます。
こんにちは。うさぎの環境エンリッチメント協会専務理事の橋爪です。ウサギの最新の飼育方法を発信しているウェブマガジン「うさぎタイムズ」の編集長や、うさぎ専門「ラビット・リンク」のオーナーをしています。 プライベートでも5匹(3男2女)のウサギさんと暮らしています。
ウサギの診療実績が年間4,000件と豊富なご経験をお持ちの斉藤動物病院の院長・斉藤将之先生にお話を伺うこちらのコラム。
診察室ではなかなか聞けないお話や、ウサギを診る獣医師の本音などお話ししていただきます。
第15回のテーマは「パスツレラ症」。聞き慣れませんが、ウサギにはよくある病気なんです。
目次
免疫力低下で発症するウサギのパスツレラ症
パスツレラ症は、「パスツレラ菌」が原因で起こる感染症。
感染症と聞くと怖く感じますが、ウサギでは約70%、猫では約100%が保菌しているというデータもあり、ペットにとって身近な病気です。
斉藤先生「ウサギの感染症で有名なものにエンセファリトゾーンがあります。エンセファリトゾーン症は胞子体の感染により炎症を起こす病気で、主な症状は斜頸や白内障ですね。
パスツレラ菌はエンセファリトゾーンより感染する部位が多いぶん、症状もさまざまですが、感染しても多くのウサギが無症状で過ごし、免疫の低下をきっかけに発症するのは同じです」
主な感染経路は「飛沫感染」 人間にも感染するって本当?
パスツレラの感染経路は
・くしゃみや鼻水を介しての飛沫感染
・傷口から菌が入る、目ヤニを触るなど接触感染
・出産や授乳での母子感染
があるそうですが、どれが多いのでしょうか? また、人間にも感染すると耳にしましたが、本当か教えてください。
斉藤「パスツレラ菌の感染原因の9割以上が飛沫感染だと考えられています。
パスツレラ症は人獣共通の感染症ですが、ウサギからの感染をことさらに警戒しなくても良いと思います。
そもそもウサギから人への感染はさほど多いわけではありませんし、人間が感染するのはネコからがほとんどですね。ネコはパスツレラ菌の保菌率が高い上、引っ掻いたり、噛んだりとふれあいの中で人間がケガをすることもありますから、感染につながるようです」
トイレ掃除を怠ると感染を招く可能性も
「トイレが不衛生な状態だと病気を招く」と結膜炎の回で、おうかがいしました。
トイレ掃除を怠ると、ツンと鼻を突く不快なアンモニア臭が強まり、これが刺激になって結膜炎を起こす場合があるとのお話でした。パスツレラも同様の仕組みで感染につながるのでしょうか?
斉藤「アンモニア濃度が高まることは直接の原因ではありませんが、引き金になる場合はあります。刺激臭を長時間吸い続けると鼻の粘膜が傷つき、そこから感染を招くんです」
常識的な頻度で掃除していればそこまで汚れることはまずない、と斉藤先生は言います。神経質になりすぎる必要はありませんが、1日1回は排泄物を取り除いて砂を交換し、目に見えて汚い状態にはならないようにしましょう。
主な感染部位は呼吸器 目や皮膚にもパスツレラの症状
さまざまな症状が出るパスツレラ症ですが、特に多い感染部位は呼吸器だそうです。
斉藤「パスツレラを疑うのは、鼻をふんふん言わせているとき、そしてくしゃみや鼻水が出る“スナッフル”の症状が見られるときです。
他には、結膜炎や涙嚢炎(るいのうえん)、傷口から皮膚の下に膿がたまる“皮下膿瘍(ひかのうよう)、中耳炎、内耳炎、歯の根元に炎症が起こる根尖膿瘍(こんせんのうよう)などがあります。斜頸が出ることもありますね」
どの部位の感染でも重症化が心配です。どんな症状がでたら注意すべきでしょうか?
斉藤「眼の症状が重症化するケースはあまりありませんが、斜頸になり食べられない、根尖膿瘍で膿がひかない、スナッフルがなかなか治らず肺炎や気管支炎に繋がると重症です。
体調の変化に気づいた時点で来院してもらえれば軽症で済むことがほとんどですから、心配しすぎる必要はありません」
実際、斉藤先生の病院に来院するパスツレラ感染による病気疑いの患者さんは10〜20匹に1匹程度ですが、軽症がほとんどとのこと。パスツレラに限ったことではありませんが、おかしいなと感じたら早めの来院が大切ですね。
確定診断は時間がかかるから、疑わしい症状があれば治療を開始
パスツレラ症はどのように診断するのでしょうか?
斉藤「確定診断には、鼻水や膿の培養検査が必要です。しかし、結果が出るまで早くても2日かかるうえ、パスツレラに感染していても、必ずしも菌が検出できるわけではありません」
斉藤「インフルエンザが大流行しているなか高熱が出たので、”どう考えてもインフルエンザだろう”と検査をしても、なぜか陰性だった経験はないでしょうか。それと同じで、感染していても検査で病原菌やウイルスが100%検出できるとは限らないんです。
肺炎のように重症化している場合は、原因究明のため検査が必須です。しかし、軽症で、臨床所見からパスツレラ感染の可能性が高ければ、早く治療開始することを優先し、培養検査なしに診断を下すことがあります」
パスツレラ症の治療は抗生剤と対症療法
パスツレラ症はどのように治療するのでしょうか?
斉藤「広い範囲の細菌に効果がある抗生物質を投与し、同時に、対症療法も行います。
液体シロップは苦くて飲みづらいうえ、飲む量が多くなるため、当院では飲ませやすさを重視し粉薬を処方しています。りんごに振りかけたり、水やリンゴジュースに溶かしたりして飲ませてもらっています。もし錠剤を処方されたら、砕くと服用させやすくなりますよ」
斉藤「抗生剤は増えすぎたパスツレラ菌を減らし、細菌叢を正常なバランスに戻すために使用するので、長期に飲ませても、パスツレラ菌を体内から完全に消し去ることはできません。症状がなくなる程度まで菌が減れば、医師の判断で服用をストップします。お薬は状況によって中断してよい場合と飲み切らせてほしい場合の両方があるので、医師の指示に従ってください。
対症療法としては、口を開けて呼吸して苦しそうなら“酸素ボックス”に入ってもらうこともあります」
体力・免疫力向上がパスツレラ対策に
パスツレラの主な感染経路は飛沫感染であり、多くのウサギが保菌していることから、感染そのものを予防するのは難しいようです。一度感染すると菌を根絶できず、免疫が低下するたび発症を繰り返す子もいますから、体力・免疫力の向上が大切なんだそうです。
他にも予防策があれば教えてください。
斉藤「まずは歯根膿瘍の予防です。歯根膿瘍は、歯の周辺組織が細菌感染を起こし膿が溜まった状態。これが原因で副鼻腔の粘膜がダメージを受け、パスツレラによる病気の発症のリスクが上がります」
斉藤「次に、不正咬合の予防も大切です。不正咬合では伸びすぎた歯の根っこに圧迫され、副鼻腔が変形することがあります。こうなると、常に鼻水が出っぱなしになりスナッフルのリスクが高まるため、抗生物質を飲ませ悪化を防ぐしか方法がなくなってしまいます。
そして、アンモニアの刺激で鼻の粘膜が傷つかないよう、トイレを衛生的に保つことも重要です。改めてトイレ掃除の大切さを意識していただければと思います」
多頭飼いしている飼い主さんは他の子への感染が気になりますよね。しかし、感染=発症ではないため、発症した子を必ずしも隔離する必要はなく、発症した子に触れた後はしっかり手洗いする程度で問題ないそうです。
感染予防を意識するあまり神経質になりすぎると、ウサギと飼い主さん双方のストレスになり逆効果です。早めに受診すれば重症化するリスクは低いとのことですから、健康維持を意識しつつ、おおらかな気持ちで過ごしましょう。
聞き手:橋爪
編集:うさぎタイムズ編集部
※当コラムでは、人間と暮らす多くのウサギが健康で長生きできるよう、疾患についての情報を共有するため、情報発信を行っています。個体により状況は異なりますので、ウサギの状態で気になることがあれば、かかりつけにご相談されることをお勧めします。当コラムの内容閲覧により生じた一切のトラブルについて、うさぎの環境エンリッチメント協会並びに斉藤動物病院、ラビットリンクでは責任を負いかねます。
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