※当コラムは斉藤先生の臨床経験をもとに、ウサギの医学書や論文など専門的な文献を参照して執筆しています。ウサギと暮らす飼い主さんにとって有益で正確な情報の発信に努めていますが、記載内容は執筆時点での情報であること、すべてのケースに当てはまるわけではないことをご理解願います。
※当コラムへの写真掲載にご協力いただいた飼い主様とウサギさんに感謝申し上げます。
こんにちは。うさぎの環境エンリッチメント協会専務理事の橋爪です。ウサギの最新の飼育方法を発信しているウェブマガジン「うさぎタイムズ」の編集長や、うさぎ専門「ラビット・リンク」のオーナーをしています。 プライベートでも5匹(3男2女)のウサギさんと暮らしています。
ウサギの診療実績が年間4,000件と豊富なご経験をお持ちの斉藤動物病院の院長・斉藤将之先生にお話を伺うこちらのコラム。
診察室ではなかなか聞けないお話や、ウサギを診る獣医師の本音などお話ししていただきます。
第11回のテーマは、ウサギの鼻涙管閉塞症です。
目次
“涙の通り道が詰まる”ウサギの鼻涙管閉塞症
涙には眼球の表面を乾燥から守る役割があり、泣くときだけでなく常に少しずつ分泌されており、目と鼻を繋ぐ細い管である“鼻涙管(びるいかん)”を通り、排出されます。目の粘膜をぺろっとめくってみると、目頭の下の方にごく小さな穴が空いているのがわかりますが、これが鼻涙管の入り口です。
何らかの原因でこの鼻涙管が塞がると涙は通り道を失い、目に溜まってあふれてしまいます。これが「鼻涙管閉塞症」です。人間では、新生児や年配の女性に多いと言われていますが、ウサギはどうでしょうか。
斉藤先生「鼻涙管閉塞症はウサギではよくある病気で、当院にも、ほぼ毎日来院されます。人間の鼻涙管閉塞症は原因が分からないことも多いようですが、ウサギの場合は明確な原因があります。個体差はありますが、繰り返してしまう子もいますね」
鼻涙管閉塞症の主な原因は、細菌感染と不正咬合
鼻涙管閉塞症の原因には、
①細菌感染
②不正咬合(ふせいこうごう)
があるようですが、詳しく教えてください。
斉藤「結膜炎などで目が痒くて擦った際に手が汚れていると、①の細菌感染を招きます。また、鼻の菌が鼻涙管に入り感染を起こすこともあります。
しかし、これよりも多く、ウサギに特徴的なのが、②の不正咬合によるものです」
不正咬合といえば噛み合わせの悪い状態ですが、歯の問題で鼻涙管閉塞症を招くとは驚きです。
斉藤「鼻涙管と歯の位置関係を図で確かめると、その理由がわかります。鼻涙管は、臼歯の根っこのすぐ近くを通っているんです」
斉藤「ウサギの歯は人間とは違い、生涯伸び続けます。上の歯と下の歯がピッタリと噛み合うことで、エサを食べるたびに上下の歯が少しずつ削れ、“伸びすぎ”を防いでいるんです。
しかし、上下の歯の噛み合わせがズレた不正咬合では、いくら噛んでも歯がうまく削れません。こうなると歯が伸び続け、口を閉じられない、食べられないなど生活に大きな支障を来すため、歯を削る処置が必要になります。
不正咬合が原因の鼻涙管閉塞症は、奥歯の根っこ側が鼻涙管を炎症させたり、圧迫したりしています。その結果、溜まった膿で鼻涙管が詰まってしまうんです。
目の裏側に膿が溜まると鼻涙管が詰まるだけでなく、眼球が飛び出して瞬きができないので、ドライアイを招くこともあります」
「涙を流す」「目の下の毛がいつも濡れている」「涙やけ」鼻涙管閉塞症の症状
鼻涙管閉塞症を発症したらどのような症状が見られるのか教えてください。
斉藤「涙が常に目から溢れ出るため、目頭が汚れ、ゴワゴワする“涙やけ”の状態になります。この他、違和感のために目を擦り充血する様子もみられますね。涙が出ることに不快さを感じていても、痛みはないと思います」
お顔がびちゃびちゃに濡れるほど涙が出ることも
常に涙が出ていると聞くと多そうに感じますが、飼い主さんが気づかないほど少量のこともありますか?
斉藤「進行するとお顔がびちゃびちゃになり、毛が涙で固まるくらい涙が出ます。目の周りの毛も抜けるため、飼い主さんも見逃すことはまずないでしょう。鼻涙管に入った菌や膿が涙に混じるため、霜柱が立ったように目頭が白くなることもあります」
診断は「涙の様子」や「目の周りの毛の濡れ方」など見た目が決め手に
鼻涙管閉塞症はどのように診断するのでしょうか?
斉藤「眼球に傷がないか薬で検査する方法、鼻涙管が詰っていないか造影剤を入れてレントゲン撮影で確認する方法などがあります。
しかし、これらはウサギにとってストレスが大きいので、私は主に涙の様子や、目の周りの毛の濡れ方などの外観を手がかりに診断しています」
鼻涙管閉塞症の治療、「洗浄」はどうするの? 不正咬合が原因だと治らない?
外観で診断してもらえるなら、ウサギの負担も少なそうですね。治療はどのように進むのか、何度くらい通院するか教えてください。
斉藤「診断後はあっかんべーをさせて鼻涙管に管を入れ、洗浄し膿を出し切ります。結膜に指があたっても痛くないよう点眼麻酔をするため、苦痛は少ないと思います。洗浄で膿が鼻から出てくれば、鼻涙管が開通した証拠です。
治療は1回で済むこともありますが、繰り返し発症する子は毎月など、定期的な洗浄が必要な場合もあります」
不正咬合が原因の鼻涙管閉塞症も、同じ治療になるのでしょうか?
斉藤「不正咬合が原因なら、鼻涙管が変形していて洗浄しても流れないことがあるんです。この場合は、レントゲンをとると、奥歯の根っこが鼻涙管の方に伸びていて鼻涙管が曲がっていることが確認できます。
強引に開通させようとすると、詰まっている部分が破裂してしまうため、洗浄は中止します。
不正咬合が背景にあるなら、鼻涙管にアプローチするだけでは改善が見込めません。不正咬合を治療しなければならないのです。
一方、不正咬合は完治が難しい疾患です。不正咬合が原因の鼻涙管閉塞症の多くは、涙をこまめに拭き続けてあげるしかできません」
ウサギの涙の拭き方は? 鼻涙管マッサージは意味があるのか
鼻涙管が詰まると涙が出続けるのでウサギは不快とはいえ、命に関わることはないとのこと。涙を拭いてあげるときに気をつけることはありますか?
斉藤「油分の多いウサギの涙は乾くと、バキバキに固まることがあります。無理に拭くと毛が抜けるため、濡れたタオルでほぐした後に乾いたもので拭き取るなど、臨機応変に対応してほしいですね。
こびりついたものを剥がそうと強い力で引っ張ると、毛が抜けてしまい、細菌が入って皮膚炎を起こす可能性も。人間でも目の周りの皮膚は薄くデリケートですよね。ウサギの目の周りも、やさしく触ってあげてください」
飼い主さんの丁寧なケアが必要不可欠なのですね。なお、涙を拭くのを極度に嫌がるならばストレスになるため無理して拭かない方がよいとのこと。臨機応変に対応してあげてください。
また、日常的に鼻涙管をマッサージすると良いとも耳にしましたが、先生のお考えをお聞かせください。
斉藤「マッサージで鼻涙管に溜まった膿が出てくることもあるので、可能ならやってあげたら良いのですが、問題はウサギが協力してくれるかです。嫌がらないなら、目と鼻の間をさすり、撫でるふりをしながら鼻の方から目に向かってマッサージしてあげましょう」
不正咬合を予防しつつ、予兆に気づいたら病院へ
鼻涙管閉塞の予防法や、発症した子との暮らしで気を付けることを教えてください。
斉藤「“目の周りが汚れやすい”“さっきも涙を拭いたのに、また出ている”などの様子に気付いたら早めに病院へ行きましょう。発症したことがある子は、目の周りの状態に特に注意してあげてください。
目頭がわずかに濡れている程度ならば大丈夫なことが多いですが、鼻の方まで濡れているのが進んでいる時は受診した方がよいです。あと涙が白や赤く濁っていたら受診した方がよいです。
また、鼻涙管閉塞症の大きな原因である不正咬合は、予防が重要です。食餌は牧草中心とされていると思いますが今一度、内容を見直してみてください。不正咬合が原因の鼻涙管閉塞症は、ずっと付き合うくらいの気持ちで、涙をマメに拭いてあげましょう。
飼い主さんに撫でてもらうのが好きな子であれば、日頃から、頭を撫でるついでに目のあたりまでマッサージする習慣をつけておくのも良いかもしれません」
聞き手:橋爪
編集:うさぎタイムズ編集部
※当コラムでは、人間と暮らす多くのウサギが健康で長生きできるよう、疾患についての情報を共有するため、情報発信を行っています。個体により状況は異なりますので、ウサギの状態で気になることがあれば、かかりつけにご相談されることをお勧めします。当コラムの内容閲覧により生じた一切のトラブルについて、うさぎの環境エンリッチメント協会並びに斉藤動物病院、ラビットリンクでは責任を負いかねます。
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