人間の栄養学の研究は進んでいますが、ウサギについては、まだまだわからないことがたくさんあります。ウサギの栄養学コラムでは、家庭で飼われるウサギを健康的に長生きさせるため、体のしくみや必要な栄養、食餌についてお伝えします。

現在、主なエサとして与えられているフードは、本来の食性とは異なるものかもしれませんが、野生に近い食餌が必ずしも「ウサギの長生き」にとってベストとは限りません。
だからこそ、栄養学の基礎はもちろん、最新の研究までを知る必要があると考えています。

第7回では、糖類とはどんな物質か、ウサギの体内でどう働くかをご紹介しました。今回のテーマは、糖類の“親戚”とも言える「デンプン」。ウサギとデンプンの関係を2回にわたって詳しくお伝えします。前半である今回は、デンプンの基礎的な情報と、消化の仕組みについて取り上げます。

デンプンはどんなもの?その性質と特徴

デンプンという言葉は知っていても、「デンプンってどんな物質?」と聞かれてスラスラ答えられる人は少ないのではないでしょうか。

「デンプン」=「ご飯、芋、麺」=「炭水化物」というイメージがありますが、化学的に見ていくと、その特徴が明らかになってきます。

まずは前回のおさらい、炭水化物とは糖分子が結合してできたものでした。結合の数によって炭水化物は分類されます。このうちデンプンは、結合数が10個以上の「多糖類」です。
糖分類図 ウサギの栄養学(8)ウサギとデンプンを考える(前編)

デンプン=植物が作り出したエネルギーを蓄えるもの

デンプンには大きな特徴があります。それは、植物が作り出したエネルギーを蓄える形だということ。

私たち人間は、食事をして得たエネルギーをグリコーゲンという形で肝臓や筋肉に蓄えます。植物内の葉緑体は、太陽光と、空気中の二酸化炭素、そして水を使って光合成を行ないエネルギーを生み出します。植物はそれをデンプンとして貯蔵するのです。

動物の体内にあるグリコーゲンと植物に蓄えられているデンプンは、どちらも同じブドウ糖から出来ています。違いは鎖のつながり方だけです。植物が作り出したエネルギーは、形を変えて循環しているのですね。
牧草 ウサギの栄養学(8)ウサギとデンプンを考える(前編)

光合成によって葉で作られたデンプンは、根や、幹、種子、果実などに運ばれて蓄えられ、成長や発芽に使用されます。デンプンはほとんどの植物に存在し、自然界では、セルロースの次に豊富な炭水化物といわれています。

植物ごとにデンプンの種類は異なる

私たちが日常的に口にする代表的なデンプンといえば、芋、米、小麦、とうもろこしから採れたものです。この他にも、デンプンは以下のようにいろいろな植物から抽出され、それぞれ性質が異なります。
デンプンの原料と種類 ウサギの栄養学(8)ウサギとデンプンを考える(前編)

例えば、ばれいしょデンプンは市販の「片栗粉」のことで、トロミをつけるのに広く使用されます。緑豆デンプンからは春雨が、タピオカデンプンからはお馴染みの弾力あるタピオカが作られます。一口にデンプンといっても、種類によって性質もさまざまであることが分かります。

糖分子からできているのに、デンプンが甘くないのはなぜ?

少し話がそれますが、ジャガイモや米、小麦粉は、いずれも生のままで口に入れたときに甘味を感じることはありませんよね。デンプンは、糖分子からできているのに甘くないなんて、少し不思議に思いませんか?

理由は、デンプンが糖分子の結合の数がとても多い多糖類だから。ヒトは舌の表面にある甘みセンサーにピッタリとはまる物質が入ってきた時、甘いと感じます。そしてこれは、おもに単糖類や二糖類です。多糖類は単糖類の集合体であるとはいえ、消化によって糖分子の結合を切り離さない限り、甘味センサーは感知できないのです。

小学校で行う「ご飯を30回噛むと甘くなる実験」。これは、白米の主成分であるデンプンが、唾液に含まれる消化酵素によってマルトース(麦芽糖)という二糖類に分解され、甘みセンサーが反応できる形になったために起こります。

デンプンとウサギの関係とは

さてウサギにとってデンプンは、どのような存在でしょうか。もしかしたら、デンプン=ウサギにはよくないもの、というイメージをお持ちの方もいるかもしれません。後ほど理由を詳しくご説明しますが、デンプンの大量摂取はもちろんNGです。ただ、デンプン摂取量がゼロというのは自然界のウサギの食生活でもありえません。ウサギの体はもともと、デンプンが少量ずつ体内に入ってくる前提で作られています

ウサギが口にする草の「穂」の成分は大部分がデンプンですし、さらに葉や茎にも微量のデンプンが含まれています。野生のウサギは、デンプン豊富な実の部分をわざわざ掘り起こして食べるようなことはしませんが、日常的に、ある程度のデンプンを口にしていることがわかります。

自力で消化・吸収できる糖質であるデンプンは、ウサギにとって重要な栄養源の1つです。ウサギ本来の食生活では、私たち人間とは違い、砂糖や果物を口にすることはありません。そのような食餌内容の中では、含有量は少ないとはいえ、デンプンが大切なエネルギー源になっているのも事実なのです。
牧草の穂 ウサギの栄養学(8)ウサギとデンプンを考える(前編)

デンプンは動物にとって魅力的な栄養素

ちなみに、ウサギも含め多くの動物がデンプンを好んで摂取しようとします。野生のイノシシは畑で収穫直前まで育ったイモを掘りに来ますし、カラスやイノシシも、飼料用のとうもろこしの実の部分だけを食べていきます。

これらを未調理で人間が口にしても甘くはありませんし、美味しさも感じません。それでも、動物たちには魅力的なようです。未調理で土に埋まっている状態であっても、動物には、デンプンの美味しさを感知できる仕組みが備わっているのでしょう。

糖類の回でご説明した通り、甘いものを美味しく感じるのは、エネルギー源となる物質は「食べると心地よい」ほうが理にかなっているから。デンプンは、分解されると最終的には糖類(単糖類・二糖類)と同じになりますから、効率の良いエネルギー源です。動物たちが炭水化物を「美味しい」と感じるのも理にかなっているのかもしれません。

余談ですが、芋、米、小麦、とうもろこしなどデンプンがたっぷり含まれたものを日常的にエネルギー源としている生き物は、人間くらいです。エネルギー効率が良くても、これらを主食にして生きていくことは動物にとって簡単ではないのですね。
デンプンイメージ ウサギの栄養学(8)ウサギとデンプンを考える(前編)

デンプンがウサギの体内でエネルギーとして利用されるまでの仕組み

次に、ウサギの体内に入ったデンプンがどのように利用されていくか見てみましょう。
多糖類であるデンプンは、消化によって糖分子の結合を切り離さなければ、エネルギーとして利用できません。デンプンの消化吸収をになう臓器として知られているのは小腸ですが、他にも消化管の複数の場所で「お手伝い」が行われています。

口〜胃での消化

口から入ったデンプンを最初に消化するのは、唾液に含まれる消化酵素「アミラーゼ」です。アミラーゼはデンプンを「マルトース」という物質に分解します。ウサギが口にした飼料中のデンプンはアミラーゼによる分解を受けながら、胃へと移動します。

ちなみに、アミラーゼはウサギだけでなく、ヒトも含めた多くの動物の唾液に含まれています。

唾液と混ざった食べ物は胃に送られますが、胃の中は強酸性で、アミラーゼが働くには適さない環境です。そのため、胃の中でデンプンの分解はいったんストップすると考えられてきました。しかし最近、ウサギは胃の中でもデンプンの分解が進んでいることがわかったのです。
牧草とウサギ ウサギの栄養学(8)ウサギとデンプンを考える(前編)

この理由として考えられているのが、なんと食糞。ウサギが食べる軟糞にはアミラーゼを分泌する微生物がいるのではないかと考えられています。さらに、軟糞が胃に送られることで胃酸が薄まるため、唾液中のアミラーゼが働き続けられる環境を維持できている可能性もあります。

ウサギにとって食糞は生きるために欠かせない行動ですが、デンプンの消化をサポートする効果もあったとは、驚きですね。

ちなみに、ウサギの他にも食糞をする動物はいますが、ウサギが食べる盲腸糞はタンパク含量が高いのが特徴です。アミラーゼをはじめとした酵素はタンパク質からできているので、酵素の量も他の動物よりも多いと推測できます。ウサギの胃でのデンプン消化能力は、同じ食糞をする他の動物と比べても、高いと考えるのが妥当でしょう。

人間ではもちろん食糞のようなことはありませんから、胃酸と混じり合うとアミラーゼの活動は止まり、デンプンの分解も中断してしまいます。ウサギは、デンプンを効率よく消化するための、独自の仕組みを備えているんですね。

小腸での消化

小腸では、膵臓から分泌される膵アミラーゼが流入して、ここまでの段階でまだ分解できていないデンプンを、マルトースにします。そして、小腸の粘膜にある突起状の「絨毛(じゅうもう)」から出る消化酵素「マルターゼ」がマルトースをグルコースに分解し、やっと吸収されるのです。
このように、デンプンの消化吸収には小腸の絨毛が大きく関与しています
絨毛イラスト ウサギの栄養学(8)ウサギとデンプンを考える(前編)

ところでこの絨毛は、無数のひだのような構造をしていますが、これは腸の表面積をできるだけ広げて、栄養吸収の効率をよくするためです。ヒトの場合、小腸を広げると、テニスコート1面分に匹敵する広さがあるとも言われていますが、ウサギでは、人間と同じ本数の絨毛がある条件で計算すると、8畳分になります。
絨毛の表面には無数の毛細血管があり、ここから栄養が血流に入って運搬されていきます。

このように、腸の表面積を広げるための絨毛ですが、ウサギでは、早期離乳によって絨毛の高さが低くなることが報告されています。早期離乳でストレスを受け、一時的に食餌を取らなくなる個体もいますが、これにより絨毛が萎縮してしまい、最終的に絨毛高の低下につながると考えられています。十分な消化吸収能力を養うためにも、子ウサギの離乳は35日付近が良いとされています。

盲腸での発酵

ここまでで、ウサギに備わるデンプンの消化過程をあらかた通過したことになりますが、すべてのデンプンが完全に消化されるわけではありません。小腸内でも消化されなかったデンプンは、続いて盲腸に送られます。盲腸内にも、デンプンを消化する仕組みが用意されているんです。

盲腸内のデンプンは微生物により乳酸と揮発性脂肪酸(VFAs)に換えられ、血中に吸収されると言われています。さらに、盲腸内でもアミラーゼが働いているという報告もあります。
盲腸内で見つかったアミラーゼは小腸で分泌されたものが流入したのかもしれませんし、盲腸内の微生物が分泌している可能性もあります。アミラーゼを産生する菌として、Actinomyces israeliiやDichelobacter nodosus、Mitsuokella multiacidus、Bacteroides spp.、Eubacterium spp.、Clostridium spp.などが報告されており、ウサギの盲腸内にも似た菌がいることがわかっています。

このように、ウサギは、体内に入ってきたデンプンを余すことなくエネルギーとして利用するための、素晴らしいシステムを備えているのです。

デンプンの消化率

上でご紹介した通り、胃までである程度の消化できるデンプン、小腸で消化できるデンプン、盲腸まで行かないと消化できないデンプンと、さまざまなタイプがあります。デンプンには抽出元の植物により種類に分けられることをご紹介しましたが、種類で消化率も異なるのです
以下は、代表的な飼料原料のデンプン消化率です。

表1.餌料原料中のデンプン濃度およびラットのデンプン消化率

原料名 デンプン(乾物中%) デンプンの消化率
小麦 65~70 98~100
トウモロコシ 65~80 98~100
アミロースを多く含むトウモロコシ 50~65 66~77
エンドウマメ 43~48 99
ソラマメ 30~43 99
バナナ 15~25 49
キャッサバの根 80~85 95~97
ジャガイモ(生) 60~65 27~28
[2]より作成

比べてみると、消化率にかなりの開きがあることが読み取れます。この差はどこから来るのでしょうか。

デンプンの消化のしやすさに影響を与えるのは2つ

原因の1つが、デンプンに含まれる「アミロース」と「アミロペクチン」の比率の違いです。

消化しやすいアミロペクチン、消化しにくいアミロース

デンプンの最小構成単位はブドウ糖でした。すべての種類のデンプンは、ブドウ糖がまっすぐにつながったアミロースと、分岐して木の枝状につながったアミロペクチンからできています。デンプンの種類が違えば、アミロースとアミロペクチンの比率も異なり、これが消化のしやすさに影響を与えるんです。

アミロースとミロペクチン ウサギの栄養学(8)ウサギとデンプンを考える(前編)
アミロースの特徴の一つは、消化がゆっくりであること。デンプンを分解するための消化酵素は、物質の端から少しずつ切り離す形で働きます。そのため、末端が多いアミロペクチンの方が消化が早く、逆に一本の長い結合であるアミロースは、消化に時間がかかるのです。

表1でも、アミロースを多く含むトウモロコシは、標準的なトウモロコシよりも消化率が低くなっています。

ちなみに、人間向けでは、アミロースの配合度合いを高めた「高アミロース米」という商品も開発されています。これは消化に時間がかかるというアミロースの特性を利用して、一般的な白米を食べた時よりも血糖の上昇を緩やかにするという健康志向のお米です。

デンプンの種類が違えば「粒」の大きさも違う

消化率に影響を与えるもう1つの要素として、デンプンを構成する「粒」の大きさがあります。デンプンは、アミロースとアミロペクチンが合わさってできた粒から成り立っています。デンプンの種類が違えば、この粒のサイズも異なります。
バナナや生のジャガイモのデンプンは粒が大きいため、消化酵素が届かない部分が出てきてしまい、消化率が低くなると考えられています。

デンプンの消化率が低いと、未消化のデンプンが盲腸に届くことに

デンプンの消化率に着目するのには理由があります。
消化率の低いデンプンを摂取すると、消化・吸収されていないデンプンが、小腸を超えて盲腸に達する割合が増えることになります。
ウサギの消化管 ウサギの栄養学(8)ウサギとデンプンを考える(前編)

これまでも何度か登場しましたが、ウサギにとって盲腸は、主要なエネルギー源である繊維質を消化するためのとても大切な機関。盲腸を正常に保ち、そこに棲まわせている微生物をきちんと飼うことは、ウサギの健康にとって不可欠です。
そんな大事な盲腸に、未消化のデンプンが流れ込むとどんなことが起こるのでしょうか。

続きは次回、詳しくご紹介します。

参考文献

[1]Blas, E., Gidenne, T. 2010. Digestion of sugar and starch. In: Nutrition of the Rabbit, 2nd Edition. CAB International, pp 19-38.
[2]Champ, M. and Colonna, P. 1993. Importance de l’endommagement de l’amidon dans les aliments pour animaux. INRA Production Animale 6, 185–198.
[3]Yoshida, T., Pleasants, J.R., Reddy, B.S. and Wostmann, B.S. 1968. Efficiency of digestion in germ-free and conventional rabbits. British Journal of Nutrition 22, 723–737.
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[5]Marounek, M., Vook, S.J. and Skrivanová, V. 1995. Distribution of activity of hydrolytic enzymes in the digestive tract of rabbits. British Journal of Nutrition 73, 463–469.
[6]Sirotek, K., Marounek, M. and Suchorská, O. 2006. Activity and cellular location of amylases of rabbit caecal bacteria. Folia Microbiologica 51, 309–312.
[7]川﨑浄教 著『ウサギの栄養学(8) デンプンの消化について』


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香川大学 農学部助教 農学博士 現役の研究者としては、日本唯一のウサギ栄養学の研究者 World Rabbit Science Association 会員