※当コラムは斉藤先生の臨床経験をもとに、ウサギの医学書や論文など専門的な文献を参照して執筆しています。ウサギと暮らす飼い主さんにとって有益で正確な情報の発信に努めていますが、記載内容は執筆時点での情報であること、すべてのケースに当てはまるわけではないことをご理解願います。

※当コラムへの写真掲載にご協力いただいた飼い主様とウサギさんに感謝申し上げます。

こんにちは。うさぎの環境エンリッチメント協会専務理事の橋爪です。ウサギの最新の飼育方法を発信しているウェブマガジン「うさぎタイムズ」の編集長や、うさぎ専門店「ラビット・リンク」のオーナーをしています。 プライベートでも5匹(3男2女)のウサギさんと暮らしています。

ウサギの診療実績が年間4,000件と豊富なご経験をお持ちの斉藤動物病院の院長・斉藤将之先生にお話を伺うこちらのコラム。

診察室ではなかなか聞けないお話や、ウサギを診る獣医師の本音などお話ししていただきます。

第9回のテーマは「エンセファリトゾーン」。ウッカリ舌を噛んでしまいそうな名前ですが、斉藤先生の言葉を借りると“ウサギの病気を語るうえで避けては通れない”というほど、ウサギを診る獣医師さんの間では大きなテーマなんだそうです。

寄生虫が原因で起こる「エンセファリトゾーン」ってどんな病気?

エンセファリトゾーンは、ウサギの体内に「寄生虫」が入り込み、炎症を起こすことでさまざまな症状が出る病気です。
寄生虫といえば、腸管に住み着いてウニョウニョと体をくねらす回虫をイメージする人も多いかもしれませんね。エンセファリトゾーンはちょっと違います。顕微鏡で見ないとわからないほど小さな「胞子体」が、ウサギの細胞内で増殖するんだそうです。顕微鏡で検査ーウサギ専門医に聞く(9)エンセファリトゾーンは治る?検査・治療・予防法

斉藤先生「胞子体はいわゆる虫のように自力で動くことはなく、血流に乗ってウサギの体内を移動します。イメージとしては花粉に近いと思います。だから、“寄生”ではなく“感染”と表現します。

今は、“エンセファリトゾーン=寄生虫”ということで、専門家の間でも見解がおおむね統一されていますが、一時期、カビの仲間として真菌に分類する、という考え方が出てきたこともありました。ウサギでは非常によくある病気なんですが、未知の部分も多いんです」

感染率は諸説ありますが、中には、飼いウサギの約80%が感染しているというデータまであるそうなんです。これほど感染率が高い理由は、感染経路にあります。

【感染予防は難しい】エンセファリトゾーンはどこからうつるの?

エンセファリトゾーンはおもに、尿を介して感染すると斉藤先生は話します。

斉藤「感染したウサギの尿に含まれる胞子体が口から入ることで、感染が起こります。

大人になってから感染する場合もありますが、子ウサギの頃に、感染した母ウサギの尿を介して感染するケースがかなり多いと推測されます。また、妊娠中に胎盤を通じて母子感染も起こります。
尿からの感染はまだしも、胎盤感染は防ぎようがありません。個人的には、かなりの数のウサギが幼少期から既に感染していると思っています」

「感染しても無症状」のウサギが多い

感染率が8割越えとはちょっと信じられない数字ですよね。「うちの子もすでに感染しているの?」と心配になる飼い主さんも多いと思います。実は、感染と発症は別物で、エンセファリトゾーンは「感染していても発症しない」ケースがほとんどなのだそうです。

斉藤「感染しても生涯、発症せず、なんの影響もなく過ごせる子もたくさんいると思われます。体内にエンセファリトゾーンの胞子体があっても、ウサギ自身の免疫によって抑え込めている状態です。抵抗力が落ちて弱ってきた時に、胞子体が増殖して発症すると考えられています」

エンセファリトゾーンを発症した子は隔離が必要?

多頭飼育をしていて、そのうちの一頭がエンセファリトゾーンへの感染が明らかになった場合、うさんぽの前後で共用エリアを消毒したり、飼育スペースを完全に別にしたりすべきでしょうか?仲良くひっついているうさぎーウサギ専門医に聞く(9)エンセファリトゾーンは治る?検査・治療・予防法

斉藤「獣医師によって意見が分かれるところかもしれませんが、私は、特別な対応の必要はないと考えています。大半のウサギが既に感染している前提ですから、発症してから消毒したり、飼育スペースを分けたりしても、“時すでに遅し”ではないでしょうか。多頭飼育の場合も、感染予防よりも発症予防を意識すべきだと思います」

ウサギから人間へも感染するの?

エンセファリトゾーン症は、広く哺乳類に感染すると聞いたことがあります。ということは、ウサギからヒトへ感染する可能性もあるのでしょうか?

斉藤「理論上、“絶対にない”とは言えないのかもしれませんが、そんな話は聞いたことがありません。スキンシップ後は手を洗うなど常識的な対応をしていれば、エンセファリトゾーンがウサギから飼い主さんにうつるのは、まず考えられません。
また、万が一人間が感染しても頭痛や発熱程度で、重症化するとは考えにくいとされています。

いずれにせよ、ウサギの感染率が高いとはいえ、飼っているウサギからエンセファリトゾーンをうつされるかも、と心配する必要はないと思います」

エンセファリトゾーンは検査しても確定診断が難しいって本当?

エンセファリトゾーンに感染しているかは、血液検査や尿検査をすれば一発でわかる、というシンプルなものではないそうです。

斉藤「エンセファリトゾーンに感染し、それが原因で症状が出ていると確実に証明するには、ウサギの体内で炎症を起こしている箇所の組織を採取して顕微鏡で探し、胞子体を見つけるしかありません。隈なく探せるわけではありませんから、虫体が見つかるとも限りません。つまり、確定診断をするのは現実的ではないということです。

血液検査で抗体価をチェックする方法もあるのですが、たとえ症状が出ていても必ずしも反応が出るとも限らないので、当院ではあまり実施しません」血液検査で抗体チェックーウサギ専門医に聞く(9)エンセファリトゾーンは治る?検査・治療・予防法

獣医師は常に感染を念頭に診察している

確定診断が難しいとなると、治療はどうやって行うのでしょうか?

斉藤「私はウサギはほぼ100%、エンセファリトゾーンに感染していると思って診察しています。特に、神経症状はエンセファリトゾーンから来ることが多いので、斜頸が出ている子を見たら真っ先に“抵抗力が落ちてエンセファリトゾーンを発症したのかな”、と疑いますね。
もちろん、細菌感染の可能性も排除はできませんから、エンセファリトゾーンと細菌感染の両方に対してのアプローチを並行して行うことになります。

正確な発症率がわからないとはいえ、当院では1日1件はエンセファリトゾーンが疑われる子を診察していますから、やっぱり結構な確率で感染しているんだと思います」

【斜頸と白内障がメイン?】エンセファリトゾーンの症状

ウサギのエンセファリトゾーンといえば斜頸、というイメージがあるのですが、実際のところどうでしょうか。

斉藤「その通りです。エンセファリトゾーンの症状で多いのは、頭をかたむける状態が続く“斜頸”・眼球がぐるぐる揺れる“眼振”・歩行困難などの神経症状と、赤み・流涙・白内障・ぶどう膜炎といった眼の症状です。
どんな症状が出るかは、エンセファリトゾーンの胞子体がどこで増殖するかで決まります。

脳で増殖すると、脳炎を起こし、炎症している場所がつかさどる運動神経が障害されるので神経症状が出ます。眼球で増殖すると眼の症状が出ます」

ウサギのQOLにダイレクトに関わるのは、神経症状だそうです。
白内障の回で詳しく教えてもらいましたが、ウサギは視覚にあまり頼っていません。目の中に炎症が起きる「ぶどう膜炎」で痛みが出ているケースをのぞけば、眼の症状による生活上の困難はさほど大きくないとのこと。一方、斜頸ではそうはいきません。

斉藤「斜頸そのものに痛みはともないませんが、真っ直ぐ歩くことが難しくなるので体のあちこちをケージにぶつけます。何もないところでひっくり返ってしまったり、横に転がり続けるローリングになったりすることもあります。

また、食べ物や水が視界に入らない・見つけてもうまく口に運べないなど、生活のすべてに影響が大きく出てしまいます」斜頸のごま模様うさぎーウサギ専門医に聞く(9)エンセファリトゾーンは治る?検査・治療・予防法

エンセファリトゾーンの初期症状は? 早期発見は可能?

どうにかして重症化を防ぎたいところですが、発症の予兆はあるのでしょうか?

斉藤「残念ながら、予兆らしい予兆はありません。朝は元気に歩き回っていたのに、夕方には首が斜いて同じところをグルグル回っていた、といったように、本当に突然起こります。症状らしきものが出たらすぐ受診、というのが最善の対応だと思います」

エンセファリトゾーンは投薬治療で完治するの?

エンセファリトゾーンの感染は薬で治せるのでしょうか?

斉藤「エンセファリトゾーンの胞子体をウサギの体内から消し去れる薬はたぶんありません。駆虫薬もありますが、胞子体が新たに増殖するのを防ぐだけで、今すでにある胞子はそのまま残ります。虫をやっつけてもその死骸(胞子体)があると炎症はおさまりませんから、駆虫薬の効果は限定的です。

駆虫薬を積極的に使う先生もいますし、必ずしもこれが正解、というやり方もないのですが、当院の治療の基本は、対症療法です。目の炎症があれば目薬を出す、斜頸がストレスになって消化管うっ滞を起こしているなら胃腸薬を処方する、といった具合に、出ている症状をお薬で抑えてあげて、後はウサギが自分の免疫力と体力で回復していけるようサポートします」

抵抗力が落ちたことで発症したエンセファリトゾーンですから、感染そのものをなくすよりは、症状を抑え込むことを目指すんですね。

斉藤「エンセファリトゾーンは正直、完治が難しいこともあります。一度、症状が無くなったとしても再発することもありえます。なるべく症状を抑えるのが治療の目標になってきます。

だからこそ、薬だけ飲んでいても良くなりませんエンセファリトゾーンの治療には、モリモリ食べて栄養状態をよくすることが必須です。

特に、斜頸になるとぐるぐる同じ所を動き回っていつも以上に消費カロリーが増えるので、たくさん食べないと体重がどんどん減ってしまいます。フードをいつもの1.5〜2倍くらい食べさせてあげてもいいと思います」食事中のうさぎーウサギ専門医に聞く(9)エンセファリトゾーンは治る?検査・治療・予防法

エンセファリトゾーンの発症予防は免疫力の維持がポイント

多くのウサギが感染している前提だとしたら、予防したいのは「発症」です。エンセファリトゾーンの発症予防はどうしたら良いのでしょうか。

斉藤「特別なことをする必要はありません。ウサギの栄養状態をよくして免疫力を維持するため、できるだけ健康的な生活を送らせる、くらいでしょうか。バランスの取れた食餌を与え、温度と湿度の管理に注意し、ストレスを回避するなど、適切な飼育環境を心がけるしかありません。
エンセファリトゾーンの予防というよりも、健康的に暮らすことを意識するという感じです」

斉藤「あえて不健康な生活を送らせている飼い主さんはいないと思いますから、“健康的に”と言われても、あまりピンと来ないかもしれませんね。本当に、もっと効果的な予防法があれば私たち獣医師も知りたいくらいです。

特に、ストレスに関しては、繊細なウサギですから難しいと思います。地震や雷にびっくりしたことが引き金になって斜頸に、ということもあるくらいですから。発症してしまったら飼育環境を見直すのは大切ですが、飼い主さんがあれこれ気にしすぎないことも必要かもしれません」

エンセファリトゾーンで斜頸が出た時はどうしたらいい?

ウサギが最も困りそうな症状が斜頸ということでしたが、斜頸の子の生活はどうやってサポートしてあげたらいいでしょうか?

斉藤「頭をケージの中でぶつけてしまうなら、ケージの中にできるだけ何も置かないようにして、タオルを敷いてあげると、ぶつかった時の衝撃が緩和できます。

斜頸になると上手に食べられない・飲めなくなる子が多いのですが、長期化しそうならラビットフードをリンゴジュースや野菜ジュースでふやかして粘土状にし、盛り塩のように山盛りに積み上げるのがおすすめです。やっと見つけて食べようとしたらポロポロこぼれてしまう、という子も食べやすくなりますよ。
水飲み場も1箇所ではなく、複数設置してあげると、行き当たりやすくなります。斜頸になるとボトルからは飲めないこともあるので、お皿に入れてあげるといいですね」

ずっと付き添ってお世話してあげるのが正解とも限らない

ぐるぐる回って頭をぶつけてしまう、床の上に転がってしまうなどの様子があれば、どうしても心配です。飼い主さんはできるだけつきそって、見守ってあげた方がいいのですか?

斉藤「これについては、“目を離さない”がベストとも限らないんです。中には、見守られすぎていることで逆にストレスを感じ、斜頸が治らない、というケースもあるんですよ。
ウサギは“おひとりさま”の時間も大切にしたい生き物。たとえひっくり返っていても、怪我をしているわけではなく、自分で立ち上がれるのであれば、ある程度は放っておいてあげるのが良いと思います」うずくまる黒の垂れ耳うさぎーウサギ専門医に聞く(9)エンセファリトゾーンは治る?検査・治療・予防法

完治が難しいとのことでしたが、薬を飲んでも症状が消えない場合はどうなるんでしょうか?

斉藤「斜頸の場合、斜頸が残ったままでも、食欲があってしっかり食べられて体重が減らない、というところまで落ち着けば、そこでいったん投薬治療は終了としています。斜頸を抱えて暮らしていくことにはなりますが、それでも元気に毎日を過ごせているならOKだと思います

斜頸の状態にウサギが慣れれば、ある程度、うまく暮らしていけるようになります。飼い主さんがすべてやってあげようとするのではなく、ウサギの様子をみながら必要に応じたサポートができればいいですね。

ウサギのエンセファリトゾーン 疑われるときはすぐに受診を

ウサギとエンセファリトゾーンは切っても切れないほど深い関係にある、と斉藤先生は言います。

斉藤「ウサギが動物病院で検査を受ける原因の約4割がうっ滞などの消化器系トラブルで、約3割がエンセファリトゾーン、残りの3割がその他の疾患です。

感染率が高いうえ発症したら生活の困りごとにも直結し、さらに、確実な治療法やはっきりした予防法もないということで、獣医師にとってもなかなか厄介な病気です。ウサギの医療分野も日々進歩しているとはいえ、エンセファリトゾーンとは、10年後も20年後も戦い続けているんだろうな、と思います」

いろいろな病気の引き金になるエンセファリトゾーン。
斜頸があるから目をぶつけて怪我をして目の病気、うまくエサが食べられずに食餌量が減って胃腸障害、といった具合に、思いもよらないところにまで影響が及ぶことも。
斉藤先生も「もしエンセファリトゾーンがなくなれば、防げる病気もかなり多いんだろうな」と話すくらいですから、飼い主さんにはぜひ正しい知識を持っていただき、それらしき症状に気づいたらすぐに受診しましょう。

聞き手:橋爪
編集:うさぎタイムズ編集部

※当コラムでは、人間と暮らす多くのウサギが健康で長生きできるよう、疾患についての情報を共有するため、情報発信を行っています。個体により状況は異なりますので、ウサギの状態で気になることがあれば、かかりつけにご相談されることをお勧めします。当コラムの内容閲覧により生じた一切のトラブルについて、うさぎの環境エンリッチメント協会並びに斉藤動物病院、ラビットリンクでは責任を負いかねます。


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橋爪宏幸

うさぎタイムズ編集長。 うさぎ専門店「ラビット・リンク」のオーナー。 一般社団法人うさぎの環境エンリッチメント協会 専務理事。 ExoticpetSaver FirstResponder。 ExoticpetSaver Emergency Rescue Technician。 現在ニンゲン3人のほか、長男:ミニチュアダックスの桜花、次男ホーランドロップのカール、三男:ネザーランドドワーフの政宗、長女:ホーランドロップのミラ・ジョボビッチと暮らしている。