※当コラムは斉藤先生の臨床経験をもとに、ウサギの医学書や論文など専門的な文献を参照して執筆しています。ウサギと暮らす飼い主さんに有益で正確な情報の発信に努めていますが、記載内容は執筆時点での情報であること、すべてのケースに当てはまるわけではないことをご理解願います。

こんにちは。うさぎの環境エンリッチメント協会専務理事の橋爪です。ウサギの最新の飼育方法を発信しているウェブマガジン「うさぎタイムズ」の編集長や、うさぎ専門店「ラビット・リンク」のオーナーをしています。 プライベートでも5匹(3男2女)のウサギさんと暮らしています。

ウサギの診療実績が年間4,000件と豊富なご経験をお持ちの斉藤動物病院の院長・斉藤将之先生にお話を伺うこちらのコラム。
診察室ではなかなか聞けないお話や、ウサギを診る獣医師の本音などお話ししていただきます。

第16回のテーマは、男の子特有の病気「オスの生殖器疾患」です。

【精巣が腫れる】オスの生殖器疾患ってどんなもの?

オスの生殖器疾患はおもに「精巣」が腫れたり、腫瘍化したりするもの。オスの生殖器のイメージ図ーウサギの精巣腫瘍・潜在精巣・精巣炎
多い順に並べると以下の3つだそうです。

(1)精巣腫瘍
(2)精巣炎/精巣上体炎
(3)潜在精巣

それぞれ解説してもらう前に、まずオスの生殖器疾患の頻度についてお伺いしました。

オスの生殖器疾患は多いの?

メスウサギは年齢とともに子宮系の病気にかかるリスクが上がるので、予防目的で避妊手術が推奨されています。
これに対し、オスはメスよりも生殖器疾患の発症頻度が低く“30〜40匹に1匹程度”と話す斉藤先生。他の病気での受診がきっかけで見つかるケースが多いのだそうです。

斉藤先生「病院に行くのは食欲がない、元気がないなど、なんらかの不調をキャッチしたときですよね。その点を踏まえると、“うちの子は生殖器疾患でしょうか?”と来院する飼い主さんは少数派です」

精巣は体の外にあるので異変に気づけそうですが、なぜ見落とされがちなのでしょう?

斉藤「精巣の様子はウサギを仰向けにしないと確認できないからです。

仰向けは、ウサギにとって“ありえない”体勢。下手をすると背骨の骨折を招くおそれもあります。慣れない飼い主さんが、嫌がるウサギを無理に仰向けにするのは避けた方が無難です

飼い主さんが気付きにくいのも納得ですね。

では、もっとも頻度が高い精巣腫瘍から順番に見ていきましょう。

(1)男の子の病気で最多『精巣腫瘍』はほとんどが良性

斉藤精巣腫瘍の頻度は約40匹に1匹で、高齢になるにつれて増えます。精巣の片側だけに発生するのが一般的です。

精巣腫瘍には良性と悪性があり、良性腫瘍は基本的に生命に影響がありません。一方、悪性腫瘍は、いわゆる“がん”で、転移したり、大きくなるペースが早かったりと、生命を脅かします」
耳を澄ます茶色のうさぎーウサギ専門医に聞く(16)精巣腫瘍・精巣炎・潜在精巣【オスの病気】

ウサギの精巣腫瘍、良性でも手術が必要になる理由

斉藤「腫瘍と聞くと“悪性”を想像しがちです。しかし、ウサギの精巣腫瘍は良性が95%以上。そのため腫瘍を手術で取り除かずとも、天寿を全うできる子も多いんですよ」

腫瘍の細胞を調べて良性・悪性を鑑別する「生検」をするかと思いきや、そうではないのだとか。

斉藤「生検は組織の一部を取って行うため、痛みが伴い、傷もできます。ウサギは処置後の痛みが気になって、舐めたり、かじったりして傷つけてしまうんです。生検の結果が良性でも、精巣を自壊したために手術しなければならないことも起こりえます
ほとんどが良性であることを考慮すれば、わざわざ生検をしない場合も多いんです。

もちろん、拡大の仕方が明らかにおかしかったり、見た目で悪性を疑ったりするなら、検査をした上で診断しています」

確かに、悪性なら手術もやむを得ませんが、良性腫瘍に対して検査をしたために手術、となるのは避けたいところです。

斉藤「ただ、腫瘍がテニスボールくらいの大きさになるとそうも言っていられません。歩く時に床に引きずり出血しますから、手術適応です。良性だから必ずしも手術不要というわけではないんですよ」
テニスボールのイメージーウサギ専門医に聞く(16)精巣腫瘍・精巣炎・潜在精巣【オスの病気】
テニスボールというとかなりの大きさです。そんなサイズが下腹部にぶら下がっていたら、生活上の不便が大きいだろうことは想像に難くありません。腫瘍の存在それ自体が命に関わることはないとはいえ、手術が必要なのも納得ですね。

進行速度は個体差が大きいから、経過観察が大切

精巣腫瘍の進行速度は個体差が大きく、生涯、手術せずに過ごせる子もいれば、発見から数ヶ月で手術の判断をする子、数年たってから手術が必要になる子もいるのだとか。

斉藤「良性だから放置して良いわけではなく、変化がないか見守ることが大切です。
数年かけて徐々に大きくなり続ける腫瘍もあれば、長年変化がなかったのに、急に大きくなり始めるものもあります。

診断後はまず3ヶ月間、様子を見ます。急激な拡大がなければその時点での処置は不要ですが、その後も経過観察は続きます。5%以下とはいえ悪性の可能性もあることを飼い主さんに説明し、気をつけて経過を観察していきます」
寄り添う2匹のうさぎーウサギ専門医に聞く(16)精巣腫瘍・精巣炎・潜在精巣【オスの病気】
人間の悪性腫瘍は早期発見が救命のカギと聞きますが、ウサギも同じでしょうか。

斉藤「そもそも悪性腫瘍が稀なので、十分なデータがなく一般論にはなりますが、転移していないなら救命率は上がるはずです。早期発見のため、定期的な検診を受けることは大切です」

【精巣腫瘍の手術】腫瘍化していない方は残しても大丈夫?両方とも取るべき?

悪性・良性ともに手術が必要と判断されたら、精巣摘出術で精巣を取り除きます。

斉藤「術式は担当獣医師の考え方によって異なり、腫瘍化した方だけを摘出する場合もあれば、腫瘍化していない方も含めて両方の精巣を摘出する場合もあります。

当院では、腫瘍化した方のみを取り除いた後、残した側が腫瘍化した症例があったため予防的に両方取ったほうがいいと考えています。

ただ、腫瘍化していない方の精巣は萎縮しているケースが多いんです。小さい組織を摘出するのは術中操作の難易度が上がるため、手術時間も伸びる傾向があります。その分、ウサギの負担も増えるため、萎縮した方は取らない考え方の先生もいます。

手術となったら、術式を主治医に確認しましょう」

(2)精巣腫瘍との鑑別が大切な『精巣炎』

精巣炎は、睾丸が炎症を起こし、腫れ・痛みを伴う病気です。ケンカで精巣を攻撃される、ぶつけるなどの外傷が原因です。食事中の垂れ耳茶色うさぎーウサギ専門医に聞く(16)精巣腫瘍・精巣炎・潜在精巣【オスの病気】精巣炎は睾丸が腫れ、外観上、精巣腫瘍とよく似ているため、腫瘍か炎症かの鑑別が大切なのだそうです。

斉藤「まずは抗生物質を服用し、腫れが治るかを確認します。精巣炎なら薬が効き、速やかに小さくなることが多いため、内服で様子をみるのが第一選択です

外傷が原因なら年齢を問わず発症しそうです。若い子の場合、子どもをもうける能力への影響も気になります。

斉藤「精巣炎のウサギの生殖能力を試した経験がないため、はっきりとは言えませんが、人間を基準に考えたら、精巣炎にかかっている真っ最中なら、生殖能力が落ちる可能性もあるでしょう。しかし、治っていれば問題ないのでは、と思います」

(3)精巣が陰嚢に下降しない『潜在精巣』

精巣は生まれた時点ではまだお腹の中にあり、生後10〜12週で陰嚢に降下します。潜在精巣は、精巣が陰嚢へ降りてこずお腹に残ったままの状態です。オスの生殖器のイメージ図ーウサギの精巣腫瘍・潜在精巣・精巣炎
潜在精巣はお店から子ウサギをお迎えする時点では判断できないケースがほとんどだと斉藤先生は話します。

斉藤「ある程度、成長した段階で“精巣が片方しかない?”と気づくこともあるでしょう。ただし、そのすべてが潜在精巣というわけではありません。
ウサギは警戒・興奮状態になると、精巣をお腹に戻す特性があります。これは精巣を守るための正常な反応で、お腹を押すと元に戻りますから、病的なものではありません。

ただし、専門家でないと判断が難しいと思いますから、潜在精巣を疑ったら受診していただくと良いでしょう」

ちなみに、潜在精巣でも、飼いウサギとして生きていくうえで大きな困り事はないため、手術を含め特別な処置は不要なのだそうです。座ったグレーのミニうさぎーウサギ専門医に聞く(16)精巣腫瘍・精巣炎・潜在精巣【オスの病気】

潜在精巣だと、子どもは作れない?

生殖能力にどの程度、影響を与えるのかは気になるところですが、はっきりとしたデータはないそうです。

斉藤「子どもを望む場合は、メスウサギと一緒にして妊娠が成立するか試してみるしかありません。逆に言えば、潜在精巣だから妊娠させる能力がない、とも言いきれないということ。繁殖を希望しないなら、避妊手術を受けていない女の子と接触させないようにしましょう」

ウサギの潜在精巣はほぼ腫瘍にならない

ところで、病院によっては「潜在精巣は将来的に腫瘍化するリスクを考え、予防的に手術を」と勧められることもあるようですが・・・

斉藤潜在精巣が腫瘍化する可能性が高いのは、イヌ・ネコでの話です。ウサギは、ほぼ腫瘍化しないと考えられているので、心配せずとも良いでしょう。

潜在精巣が鼠蹊(そけい)部の皮下にあるなら、大きく開腹せずとも取り除けるので、去勢手術と一緒に取ったり、降りている方だけ去勢したりするケースはあります。しかし、わざわざ開腹手術までして潜在精巣を取ることは、当院ではおこなっていません」

男の子特有の病気 早期発見のために定期検診を受けよう

メスと比べ、発症頻度の低いオスの生殖器疾患。もっとも多い精巣腫瘍は多くが良性とはいえ、手術が必要なケースもあるため、男の子ウサギの飼い主さんは注意しましょう。

精巣の状態を家庭でも普段から確認できるのがもちろんベストですが、罹患率がそれほど高くないことを考えると、ウサギが歩いているところをお尻から軽く覗いて、精巣が拡大していないかを見る程度でよいでしょう。定期的な健診で精巣の状態も確認してもらいつつ、体調の変化に気づけるよう毎日のコミュニケーションを大切にしてくださいね

聞き手:橋爪
編集:うさぎタイムズ編集部

※当コラムでは、人間と暮らす多くのウサギが健康で長生きできるよう、疾患についての情報を共有するため、情報発信を行っています。個体により状況は異なりますので、ウサギの状態で気になることがあれば、かかりつけにご相談されることをお勧めします。当コラムの内容閲覧により生じた一切のトラブルについて、うさぎの環境エンリッチメント協会並びに斉藤動物病院、ラビットリンクでは責任を負いかねます。


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橋爪宏幸

うさぎタイムズ編集長。 うさぎ専門店「ラビット・リンク」のオーナー。 一般社団法人うさぎの環境エンリッチメント協会 専務理事。 ExoticpetSaver FirstResponder。 ExoticpetSaver Emergency Rescue Technician。 現在ニンゲン3人のほか、長男:ミニチュアダックスの桜花、次男ホーランドロップのカール、三男:ネザーランドドワーフの政宗、長女:ホーランドロップのミラ・ジョボビッチと暮らしている。