※当コラムは斉藤先生の臨床経験をもとに、ウサギの医学書や論文など専門的な文献を参照して執筆しています。ウサギと暮らす飼い主さんにとって有益で正確な情報の発信に努めていますが、記載内容は執筆時点での情報であること、すべてのケースに当てはまるわけではないことをご理解願います。

こんにちは。うさぎの環境エンリッチメント協会専務理事の橋爪です。ウサギの最新の飼育方法を発信しているウェブマガジン「うさぎタイムズ」の編集長や、うさぎ専門「ラビット・リンク」のオーナーをしています。 プライベートでも5頭(3男2女)のウサギさんと暮らしています。

ウサギの診療実績が年間4,000件と豊富なご経験をお持ちの斉藤動物病院の院長・斉藤将之先生にお話を伺うこちらのコラム。
診察室ではなかなか聞けないお話や、ウサギを診る獣医師の本音などお話ししていただきます。

第19回のテーマは、肝リピドーシス。肝臓に大量の脂肪がつくことで、肝臓が正常に働けなくなった状態を指します。
肝臓に脂肪がつくと言っても、いわゆる「エネルギー過多で起こる肥満」とは少し異なり、むしろエネルギー不足をきっかけに起こるそうなんです。他の病気と合併することがほとんどで、慢性的な体調不良のシグナルになる場合もあるという肝リピドーシス。詳しく伺いましょう。
こちらを見つめるウサギー専門医に聞く(19)肝リピドーシス 元疾患の治療なくして改善なし【元気がない・食欲不振】

脂肪肝とは似て非なるもの「肝リピドーシス」

肝臓に脂肪がつくというと、「脂肪肝」というキーワードを連想する人もいるかもしれませんが、肝リピドーシスは脂肪肝とは異なります。人間の脂肪肝は大部分がエネルギーのとりすぎで起こるのに対して、ウサギの肝リピドーシスは、むしろエネルギー不足・飢餓状態で起こるそうなんです。

斉藤先生「食欲不振や絶食などで食餌量が減り、十分なエネルギーを取り込めなければ、身体は飢餓状態に。体にたくわえた脂肪を分解することで、生きるためのエネルギーを作り出そうとします。

しかし、草食のウサギは脂肪の処理能力がさほど高くはありません。血中に分解された多量の脂肪は行き場を無くし、エネルギー代謝にかかわる器官である肝臓に蓄積するんです。肝臓が十分に働かないので肝不全の状態になり、食欲不振が進めばやがては命に関わることもあります」

つまり、体型の細い・太いに関わらず、肝リピドーシスになる可能性があるということでしょうか?

斉藤「その通りです。肥満が直接の原因となり肝リピドーシスを発症するわけではありませんから、スリムな子でもなる可能性は十分あります。しかし、太っている子はよりハイリスクであるのも事実です。

太っているということは、分解できる脂肪が体内にたくさん蓄えられているということ。つまり、ひとたび脂肪の分解が始まれば大量の脂肪分が血中にあふれ出した状態になるので、そのぶん肝臓に沈着する量も増えます。

肥満はそれ自体が直接、肝リピドーシスの引き金になるわけではありませんが、肥満の子はエネルギー不足に陥った際に肝リピドーシスになりやすいんです」茶色いロップイヤーウサギ専門医に聞く(19)肝リピドーシス 元疾患の治療なくして改善なし【元気がない・食欲不振】

肝リピドーシスの原因は、エネルギー不足

体に入ってくるエネルギーが出ていくエネルギーよりも減少した状態はすべて、肝リピドーシスの誘因になります。

具体的には、

うっ滞などの消化管障害腎不全やケガの痛みなどによる食欲低下
不正咬合や斜頸などでうまくフードが食べられず食餌摂取量が低下

といったさまざまな要素が挙げられます。
また、ストレスも長期にわたって続けば胃腸障害につながりますから、結果的に肝リピドーシスになることも。

さらに、食欲減退や食餌量の低下がなくとも肝リピドーシスになる場合があると斉藤先生は言います。

モリモリ食べていたのに肝リピドーシスになるのはなぜ?

斉藤病気やケガがあり、そちらに余計なエネルギーを取られているケースです。

例えば、子宮がんでじわじわと子宮出血を起こしている子では、出血量が少ないうちは飼い主さんも気づきませんが、体内では貧血が進行しています。
枯渇したエネルギーを補うため、ウサギ自身もたくさん食べようと頑張りますから、食餌の摂取量だけ見ていれば問題ないように感じられます。それでも、がんが進行すると出血量は増えますから出ていくエネルギーを補うには足りなくなるというわけです」

それまでと変わりない量を食べていても、出ていくエネルギーの方が増えていれば肝リピドーシスになりうるんですね。食餌の摂取状況だけでなく、全身状態の確認も大切だとわかります。にんじん葉を食べるウサギーウサギ専門医に聞く(19)肝リピドーシス 元疾患の治療なくして改善なし【元気がない・食欲不振】

他の病気がベースになっている症例がほとんど

斉藤先生のもとに来院する肝リピドーシスの患者さんは、月に1〜2件程度。ほぼ全ての子が、他の病気が原因で二次的に肝リピドーシスを起こしているのだそうです。

斉藤「健康な子がある日突然、肝リピドーシスだけを発症することは通常、ありません。

食欲不振で他院に通っていたが改善しないので転院してきた子がいました。全身くまなく検査をしたら、他の病気とあわせて肝リピドーシスが見つかった、といった具合です」

食欲が低下したり、絶食状態に置かれたりしたら、何日くらいで肝リピドーシスになるのでしょうか?

斉藤「個体差が大きいので一概にはいえませんし、食べられなくなった原因によっても異なります。
通常、エネルギー不足の状態が数日ではなくある程度の期間、続いたことで発症するものですが、一概にそうとも言えないんです。

例えば、骨折時は患部を治すために体内で通常より多くのエネルギーが使われます。ここで痛みのあまり食欲が低下したら、必要量に対して摂取量が明らかに不足しますから、予想外の早さで肝リピドーシスに、なんてことも起こり得ます。

また、慢性的に軽い胃腸障害を起こしがちで十分に食べられていない子では、普段からじわじわと肝臓の脂肪化が起きていて、何かのきっかけで一気に肝リピドーシスが進むことも考えられます」

「食欲不振」「元気がない」肝リピドーシスの症状、放置すると命に関わることも

肝リピドーシスになると、食欲不振や元気がないなどの症状が出ます。
ただし、ウサギは体調不良を本能的に隠そうと振る舞ううえ、肝臓は「沈黙の臓器」と呼ばれるほど、機能低下が見た目にあらわれにくいもの。
症状に気づかずに受診が遅れたら、どうなるのでしょうか?

斉藤「肝リピドーシスが相当進めば、肝臓の機能不全によって重篤な事態にもなります。ただ、そういうケースは稀です。

肝リピドーシスによる肝機能低下が直接、命にかかわるレベルになるのは栄養失調が半年など慢性的に続いた場合。そこまで栄養失調が改善されないということは、ベースにある原因疾患も長期間取り除けていないままということですから、そちらの方がより深刻な問題ですね」ケージからこちらを見るウサギーウサギ専門医に聞く(19)肝リピドーシス 元疾患の治療なくして改善なし【元気がない・食欲不振】

問診を手がかりに血液検査で診断

食欲不振や活動性の低下は、他の病気でも起こりますから、問診や外観の診察だけで肝リピドーシスの診断はできません。さまざまな病気の可能性を念頭に、血液検査が必須だそうです。
肝臓の形状を確認するための腹部エコーや、食餌量低下の原因で多い不正咬合がないかのチェックもあわせて行うのだと言います。

肝リピドーシスの治療は良質な食餌をたっぷり与えることと、原疾患への対応

肝リピドーシスの治療は、脂肪に置き換わった組織を正常な状態に戻すこと。肝臓は自己治癒力が高いので、栄養バランスの良い食餌をたっぷりと与え、飢餓状態が改善されれば、基本的には自然に回復が期待できるのだそうです。

斉藤「食事から必要なエネルギー量が確保できれば、血液検査で肝機能をあらわす指標の数値が正常化します。逆に言えば、投薬や手術で肝臓それ自体を治すことはできないということ。あくまでも、ウサギ自身の治癒力頼みになります」

「栄養をつけないと治らないから、しっかり食べてね」と言い聞かせて食べてくれればいいのですが、そう簡単ではありません。甘いおやつばかり与えるのは避けなければなりませんが、かと言って牧草では食が進まない、というときはどうしたらいいのでしょうか。

斉藤消化管運動改善薬を与える、点滴で脱水を補正する、強制給餌をするなどの対応を行います。また、食欲不振に対しては、食欲増進剤のペリアクチンというお薬を処方することもあります。もとは人間用の抗アレルギー薬なのですが、副作用に食欲増進効果があり、ウサギではこの副作用の方が強く出るので、食欲改善目的で与えます」

食欲そのものをアップできるお薬があるとは、心強いですね。「体調不良とまでは思わないけれど、なんとなく食いつきが悪い」という時も、相談すると良さそうです。

摂取量を増やすこととあわせて、エネルギー不足に陥った原因を取り除くことも忘れてはなりません。他の病気やケガがないか全身を調べ、きちんと治療を受けさせることが肝心です。

改めて意識したい二本柱「しっかり食べる」「全身の健康維持」

病気やケガなどをきっかけとした食欲不振で発症するのが肝リピドーシスですから、全身をトータルで良い状態に保つことが発症予防のカギと言えるでしょう。

肥満予防に気を付けることはもちろん、エネルギー枯渇状態に陥らせないことが大切です。当たり前ですが、24時間いつでも良質な食餌がしっかりと食べられる環境を確保し、体調不良や食欲不振などによる食欲低下は見逃さず即座に対処することが大切です。

斉藤「栄養状態のチェックには、月に一度の体重測定が役立ちます。ウサギは季節によって体重の増減がない生き物です。食べる量が変わっていないのに体重が落ちているのなら、体のどこかに余計なエネルギーを取られているということですから、受診してください。

ちなみに、ウサギの身体に触れたとき肋骨にどの程度触れるかで皮下脂肪のつき方・肥満度を判定するやり方もあります。しかし、毎日撫でてあげているという飼い主さんでは、徐々に痩せていくことにかえって気付きにくい場合もあるんですよ。
体重の増減を数値ではっきり比較できるよう、グラム単位で表示できるはかりを使った体重測定がベターです」

斉藤先生によると、食餌量低下の原因で最も多いのは、やはり胃腸障害だそうです。改めて、うっ滞の予防には日頃から気をつけねばならないと思います。

斉藤「食欲不振をきたす原因の代表格とも言える消化管うっ滞は、短時間のうちに急激に悪化し、命にかかわることもあります。肝リピドーシスよりも緊急度は上です。

肝リピドーシスの予防や早期発見を心がけるというより、その前段階にある食欲不振を見落とさないことが大切です」

ウサギも人も、食は健康のバロメーター。しっかり栄養を摂り、元気いっぱい健康な毎日を送れるのが理想ですね。

聞き手:橋爪
編集:うさぎタイムズ編集部

※当コラムでは、人間と暮らす多くのウサギが健康で長生きできるよう、疾患についての情報を共有するため、情報発信を行っています。個体により状況は異なりますので、ウサギの状態で気になることがあれば、かかりつけにご相談されることをお勧めします。当コラムの内容閲覧により生じた一切のトラブルについて、うさぎの環境エンリッチメント協会並びに斉藤動物病院、ラビットリンクでは責任を負いかねます。


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橋爪宏幸

うさぎタイムズ編集長。 うさぎ専門店「ラビット・リンク」のオーナー。 一般社団法人うさぎの環境エンリッチメント協会 専務理事。 ExoticpetSaver FirstResponder。 ExoticpetSaver Emergency Rescue Technician。 現在ニンゲン3人のほか、長男:ミニチュアダックスの桜花、次男ホーランドロップのカール、三男:ネザーランドドワーフの政宗、長女:ホーランドロップのミラ・ジョボビッチと暮らしている。