※当コラムは斉藤先生の臨床経験をもとに、ウサギの医学書や論文など専門的な文献を参照して執筆しています。ウサギと暮らす飼い主さんに有益で正確な情報の発信に努めていますが、記載内容は執筆時点での情報であること、すべてのケースに当てはまるわけではないことをご理解願います。

こんにちは。うさぎの環境エンリッチメント協会専務理事の橋爪です。ウサギの最新の飼育方法を発信しているウェブマガジン「うさぎタイムズ」の編集長や、うさぎ専門「ラビット・リンク」のオーナーをしています。 プライベートでも5頭(3男2女)のウサギさんと暮らしています。

ウサギの診療実績が年間4,000件と豊富なご経験をお持ちの斉藤動物病院の院長・斉藤将之先生にお話を伺うこちらのコラム。
診察室ではなかなか聞けないお話や、ウサギを診る獣医師の本音などお話ししていただきます。

第18回のテーマは、開張肢(かいちょうし)です。
横たわり足裏を見せる2匹のウサギーウサギ専門医に聞く(18)開張肢 テーピングで治せる?原因と治療法

ウサギの開張肢ってどんな病気?

ウサギの開張肢(※)は、足が不自然な角度で外側に開いたままになる病気で、遺伝で発症する先天的な疾患です。幼い頃から症状が現れ、少しずつ進行します。
初めて耳にした飼い主さんもいるかもしれませんが、ひと昔前はよくある病気だったそうです。

※「開張脚」「開張足」と呼ばれることもあります。

ウサギの開張肢の原因は「遺伝」 最近は減少傾向に

斉藤「15年くらい前は、開張肢の子に出会うのは月に2件程度でしたが、今は年に2〜3件です。遺伝疾患ですから、主にブリーダーさんの間での認知拡大と配慮のおかげで、かなり減ってきたんだと思います」

近頃は、ショップからお迎えした子が開張肢、というケースはまず考えられないと私も感じます。ただ、開張肢という病気が完全になくなったわけではないと斉藤先生は言います。

斉藤「一般家庭で生まれた子では、開張肢の可能性があると思います。気をつけたいのは、近親交配で誕生した子です。

開張肢に関わる遺伝子が完全に解明されたわけではありませんが、近親交配ではさまざまな遺伝的な疾患が起こりますし、そのひとつに開張肢が含まれていてもおかしくありません。

ウサギは性成熟が早く、生後4ヶ月でも子どもを作る能力があります。まだ幼いから大丈夫だろうと親兄弟を一緒のスペースで飼育していたら交配してしまった、という話もあります」

少なくなってきたとはいえ、開張肢は忘れ去って良い病気ではないんですね。

エンセファリトゾーン感染や滑りやすい床での飼育で開張肢になる?

遺伝以外の原因で開張肢になることはないのでしょうか? エンセファリトゾーンの感染や、滑りやすい床での飼育でも開張肢になるとの情報を見かけたのですが・・・

斉藤開張肢はほぼ100%、遺伝によるものです。後天的な要因で開張肢になるという記述がみられるのは、もしかしたら、言葉の定義の違いによるものかもしれません」

“開張肢”は「足が開いた状態」を指すのではなく「病気の名前」

斉藤「“足が外側に開く症状全般”を指して、“開張肢”と表現されることがあります(※)。
例えば、脱臼骨折、老化などで、足が外側に開いたままになってしまうことがあります。また、斜頸の子が転がらないよう常に踏ん張り続けた結果、足が外側に開いた形で固まってしまうことも。

ウサギの診療に詳しい獣医師にしてみれば、これらは“足が開いている状態”であり、病気としての“開張肢”とは別物です。ただ、人によってはこれらをごちゃ混ぜに“開張肢”と呼ぶこともありますから、“年をとったら開張肢になった”という話が出てくるんだと思います」
開張肢の意味ーウサギ専門医に聞く(18)開張肢 テーピングで治せる?原因と治療法
※今回は、開張肢=「病名」(上記イラスト中の②)という前提でお話を進めます。ただし、「開張肢」が示すものは、医師の考え方によっても異なる可能性がありますから念のため、担当医に状況をよく確認されることをおすすめします。

【開張肢の症状】後ろ足を引きずる・ふらつく・力が入らない 生後4週間頃に発症し進行

開張肢は生後4週頃から兆候が現れ少しずつ進行し、半年くらいで症状が固定します。
後足が常にスキー板をつけたようにハの字型に開いている、ケガをした心当たりもないのに足をひきずるように歩く、といった様子が見られます。

「足が開いてしまう」ってどんな状態? どのくらいだと重度?

斉藤「開いた状態のまま足の骨が固まってしまいます。抱き上げても、横に向いたままで動かせません。
前足・後ろ足のどちらかだけ開張肢のこともあれば、四肢すべてというケースもあり、開き方の程度もさまざまです。

ただ、私が出会う子は、四本の足すべてが開張肢で、開き方の角度も広い子、つまり重度のケースが多いですね。症状が軽ければ普通に生活できるため気づかれず、受診につながらないからだと思います」

開張肢の検査・診断

幼い子で怪我もないのに両足が開いている場合、開張肢を疑うと斉藤先生はいいます。レントゲン検査で確定診断に至る場合もありますが、「足が日に日に外に広がっている気がする」といった飼い主さんからのエピソードが診断の手がかりになるそうです。

開張肢は早期に診断できれば、進行を食い止められるのでしょうか?

斉藤「残念ながら、開張肢の有効な治療法はまだ見つかっておらず、早期に発見できても打つ手がありません。ちなみに、症状が出始めたばかりで飼い主さんが気づくのは至難の業。ある程度、進行した後に受診に至るケースがほとんどです」うずくまる白ウサギーウサギ専門医に聞く(18)開張肢 テーピングで治せる?原因と治療法

開張肢の治療は困難 テーピングの効果はある?

開張肢に対して、テーピングを行うとの話を耳にすることもあるのですが・・・。

斉藤開張肢をテーピングで治療・矯正することは困難です。
かりに、足が開いてこないよう数ヶ月間テーピングを行ったら、今度はテーピングした形で骨や関節が固まってしまう可能性もあります。そうなると、正常な足の動きはできません。

他の疾患が原因で開張肢のように足が開いてきているのなら、テーピングが有効なケースもあるかもしれませんね。でも、今回お話ししている先天的な原因で起こる”開張肢”は、治療が難しいのが現状です」

治療できなくとも、受診することにはメリットが

「できる治療がないから受診しても意味がない」わけではないと斉藤先生はいいます。

斉藤「治らないからこそ、開張肢を抱えたまま、いかに健康で快適に過ごせるか考えてあげる必要があります。

例えば、開張肢の子は痩せている傾向があるんです。身体を動かすのに、よりエネルギーが必要だからでしょう。栄養不足に陥らないよう、こまめに体重をチェックしてペレットの量を調整してあげるべきです。

受診していただければ、状況にあわせてこのようなアドバイスもお伝えできます。
ライフステージごとに困り事も変化しますから、常に気軽に相談できるよう病院と繋がっておくことは大切だと思います」

開張肢のウサギのお世話・介護方法

開張肢の子との暮らしでは、症状の程度にもよりますが、以下のような生活上の困りごとへの対応が必要です。
開張肢のウサギの困りごとー自分で耳掃除ができない・皮膚炎になる・給水ボトルに口が届かない・盲腸便が食べられない・お尻が汚れる・ウサギ専門医に聞く(18)開張肢 テーピングで治せる?原因と治療法
斉藤耳掃除はショップや病院でやってもらいましょう。

トイレは、子犬・子猫用のおむつをつけてあげます。盲腸便を自力で食べられないなら、排泄物をチェックし、盲腸便らしきものがあれば口元に持っていってあげてください。盲腸便ならウサギの方から食べてくれます。

毛繕いのかわりに頻回なブラッシングを行い、皮膚を床との摩擦から守るには、床面にタオルや毛布、毛足の短いカーペットなどを敷いて柔らかくしてあげます

足裏の保護には、子犬・子猫用の靴下、人間の赤ちゃんの靴下もおすすめだそうです。開張肢のウサギが歩く姿はまるで”平泳ぎ。足で床をジタバタと押して全身で前に進もうとしますが、これが足裏への刺激になるので、靴下を履かせてガードするんです。床も、滑りにくいものの方が足への負担を減らせますね。

あわせて、段差を取り払う、動きやすい広いスペースを用意しぶつかりそうなものは撤去しおく、小屋は設置しないなどの環境調整も必要です。また、体力を消耗しやすいため、痩せていくようならペレットを増やしてあげましょう。

重度の子だと、生活の大部分が要介護となり、飼い主さんの負担も重くなります。
犬や猫では専門の介護施設も出てきましたが、ウサギは飼い主さんの頑張りにかかってきますから、お世話のヒントを得るためにも、ウサギに詳しい獣医師との連携をおすすめします。

開張肢の子は長生きできる?寿命はどのくらい?元気に暮らすコツ

開張肢の子は、どうしても日常生活全般にわたり全身への負担が大きくなりますし、栄養状態も悪化しがちですから、10歳を超えるご長寿さんに出会うことはまれだと斉藤先生は言います。体調を崩しやすいことを念頭に、丁寧なケアが必要です。

ですが、開張肢の子たちがみんな、ケージで横になってじっと静かに暮らしているわけではありません。元気に部屋んぽを楽しみ、活動的に暮らす子もたくさんいます。症状の程度はもちろんですが、幼い時からの習慣も関係あるそうです。

斉藤「子どもの頃からしっかり動きまわらせてもらえてきた開張肢の子は、大人になっても活発で元気な傾向があります。

開張肢で暮らすことに慣れ、順応しているということですね。普通の子と比べれば困難を抱えているとはいえ、その子にとってはもはや当たり前というわけです」
ガラスケースの中の2匹のウサギーウサギ専門医に聞く(18)開張肢 テーピングで治せる?原因と治療法
「開張肢だからかわいそう」という考え方は早計ですね。飼い主さんのサポートで、開張肢の子のQOLはかなり上げられるようです。

ただし、無理に運動をさせる必要はありません。重度の子は日々の生活だけで体にかなりの負担がかかっており、「動くなんてとんでもない」というケースもあります。ウサギ自身に動きたい気持ちがあれば手伝ってあげる、というスタンスで良いそうです。

開張肢の子は単独飼育・個別対応を

開張肢の子のお世話は、普通の子との暮らしにはない大変さがありますが、その分、飼い主さんの頑張り甲斐が大きいという見方もできます。縁あって一緒に暮らすことになったウサギ。元気いっぱい幸せに生活できるよう、サポートをしていただければと思います。

斉藤「開張肢に限ったことではありませんが、遺伝疾患を避けるために多頭飼育での近親交配には十分、気をつけてください。

なお開張肢の子は、栄養状態を考えると全身麻酔のリスクが高く、できれば避妊手術も避けたほうが良い傾向があります。避妊手術ができなければ当然、妊娠の可能性があります。開張肢の子は単独で飼育するご家庭がほとんどだとは思いますが、他の個体との接触には注意してあげてください」

聞き手:橋爪
編集:うさぎタイムズ編集部

※当コラムでは、人間と暮らす多くのウサギが健康で長生きできるよう、疾患についての情報を共有するため、情報発信を行っています。個体により状況は異なりますので、ウサギの状態で気になることがあれば、かかりつけにご相談されることをお勧めします。当コラムの内容閲覧により生じた一切のトラブルについて、うさぎの環境エンリッチメント協会並びに斉藤動物病院、ラビットリンクでは責任を負いかねます。


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うさぎタイムズ編集長。 うさぎ専門店「ラビット・リンク」のオーナー。 一般社団法人うさぎの環境エンリッチメント協会 専務理事。 埼玉動物海洋専門学校 特別講師。 ExoticpetSaver FirstResponder。 ExoticpetSaver Emergency Rescue Technician。