「動物行動学者監修 育児放棄じゃなかった!ウサギの子育ての秘密〜妊娠・出産から育児まで〜」でも触れましたようにウサギの母乳は栄養価が高いことが分かっています。
この度、哺乳類のミルクを長年研究されている帯広畜産大学 名誉教授 浦島匡先生にほかの哺乳類と比較しながら、ウサギの母乳について特別に寄稿していただけることになりました。
多くの他種との比較はとても興味深いものとなっておりますので、ぜひお楽しみください。

おっぱい:ミルクと乳房

 骨をもっている脊椎動物。その中には、さかな(魚類)、カエルなどの両生類、へびやとかげなどの爬虫類、とり(鳥類)、そしてウサギ、ウシ、ヒトなどの哺乳類が含まれています。哺乳類とはどのような動物でしょうか?おっぱいをだす動物。おっぱいって何だろう。赤ちゃんが飲む白い液体と、それを出す乳首や乳房を合わせたような言葉です。日本語でおっぱいと一括りにされているような単語は、英語にはありません。

 おっぱい(ミルク)は乳首から出てくると普通に思われていますが、不思議なものでオーストラリアに生息している卵から子を孵化する哺乳類、単孔類(カモノハシ、ハリモグラ)には乳首はありません。ミルクは、腹部の上の2つの領域にある100個くらいの小さな穴(ミルクパッチ)から皮膚の上に滲み出してきます。それを乳子が舐めとるようにして授乳していきます。

 赤ちゃんが飲む白い液体としてのおっぱい。どうしてそれが白いのかというと、含まれるカゼインというタンパク質が会合して巨大な分子量のコロイドとなり、光を反射するためです。化学の言葉でチンダル現象といいます。いろいろな動物のミルクを眺めてみると、すごく濃く感じられるものから薄いものまであります。例えばアザラシのミルクはどろどろのように濃いのに対して、ヒトやウマのミルクは透き通っているように薄く感じられます。ミルクの中には脂質(あぶら)、タンパク質、糖質やミネラル(灰分)が含まれています。濃く感じられるのはミルクに含まれる脂質やタンパク質の濃度の高いもの、反対に薄く感じられるものは低いものです。

ミルクに含まれるいろいろな成分の濃度は動物によって異なる

濃いミルクと薄いミルクとがあるように、いろいろな動物のミルクに含まれる成分の割合はすごく違っています。みんなが普通に飲んでいるウシのミルク(牛乳)と、透き通ったようなヒトの母乳でも違っています。牛乳の方がヒト乳よりもタンパク質の濃度が高くて、糖質の濃度が低いのです。白い液体というイメージのあるミルクの多くは、成分の80%以上を水分が占めていますが、アザラシのミルクでは脂質の方が水分よりも多いです。液体というよりは固まりのようで、赤ちゃんは飲んでいるというよりは食べているというようなイメージです。

 このように、いろいろな動物のミルクに含まれるそれぞれの成分の濃度の割合には大きな違いがあります。図1を見てみましょう。ヒト、ウシ、ウマ、ウサギ、イヌ、ネコ、ホッキョクグマ、タテゴトアザラシ、シロナガスクジラのミルクに含まれる成分の割合を円グラフにまとめてみました。一口にミルクといっても、いろいろあることがおわかりいただけると思います。

動物の赤ちゃんにとっては、ミルクはすくすくと健康に育つためのお母さんからの贈り物です。その動物の子にとっては、健全に育つためにもっとも相応しい成分の割合になっています。ウサギ、ヒト、イヌのように目のあいていない未熟な新生子を産む動物と、ウシやウマのように生まれてすぐに立ち上がることのできる比較的発達した新生子を産む動物とがいます。みなさんも、上野動物園やアドベンチャーワールドで生まれたジャイアントパンダの赤ちゃんがとても小さいことを知っているでしょう。そんなわけですから、ウサギの乳子に牛乳を与えてもうまく育ちません。ヒトでも動物でもお母さんのおっぱいの出が悪かったりすることが原因で、子に牛乳から作られた代用乳を飲ませることがありますが、うまく育つようなものを作るためには、その動物のミルクに含まれる各成分の濃度を知っておく必要があります。そのために、動物園などで出産した動物のミルクを集めて、成分組成を調査する研究が行われています。

ミルクに含まれる成分の濃度は、どうして動物によって違うのか?

動物によって、一度の出産で生まれてくる子の数が違います。ヒトやウシでは1人また1頭、クマでは2頭、イヌ、ブタ、ウサギでは4~10頭もの子を出産します。生まれた後の子の育ち方の速さも動物によって違います。イヌの生まれたての子はとっても小さいけれども、あっという間に成長することはご存知でしょう。反対にヒトやチンパンジー、ゴリラ、オランウータンではお母さんがミルクをだす期間が長く(ゴリラ4年、チンパンジー5年、オランウータン7年)、ゆっくりと子を育てていきます。そのような動物の繁殖戦略の違いは子育ての方法の違いにも関わってきます。ヒトやチンパンジーのようにお母さんがいつも乳子を抱っこしていたり、リスのように巣の中に子を置いてときどきおっぱいを与えるために戻ってきたり、というようなことが頭に浮かぶと思います。

 ミルクに含まれる脂質、タンパク質、糖質の濃度は、何頭の子におっぱいを与えるか、生まれてきた子を早く育てるか、ゆっくりと育てるかによって変わってきます。子にとって脂質と糖質はエネルギーの元になり、タンパク質は骨格作りに利用されます。子がエネルギー源としてミルクの脂質あるいは糖質を好むかは、動物の種によって違いますが、それぞれ1グラムあたりから得られるカロリーの量は脂質の方が糖質よりも大きいです。そのため、子を早く育てる動物の場合は、お母さんのミルクに高い濃度の脂質やタンパク質が含まれています。また乳首の数が多くて何頭もの子を育てる動物の場合は、水分ではない固形分の濃度(脂質、タンパク質、糖質、灰分の濃度の合計)は、1頭しか育てない動物よりも高く、濃いミルクとなります。子にたくさんの量のミルクを飲ませるよりも、1回の授乳で濃いものを飲ませようというわけです。また、子が頻繁に授乳できる動物のミルクは、1日あたりの授乳回数の少ない動物のミルクよりも薄くなります。霊長類を例にして考えると、ヒト、チンパンジー・ゴリラなどの類人猿やニホンザル、リスザル、ワオキツネザルなどのお母さんは乳子をいつも抱っこしているか、おんぶしているようなイメージがあります。でも原猿類という原始的な霊長類をみると、チャイロキツネザル、マングースキツネザル、ワオキツネザルなどはお母さんがいつも乳子の近くにいるけれども、オオガラゴ、ショウガラゴ、スンダスローロリスなどは子を巣の中に置いていて、お母さんはときどきおっぱいを与えに巣に戻ってきます。そのような子育ての仕方をそれぞれキャリーイングとパーキングといいますが、もちろんキャリーイングの方がおっぱいを飲ませる回数は多いです。おもしろいことに、原猿類について観察してみたら、パーキングをする動物のおっぱいがキャリーイングをする動物のおっぱいよりも濃い(脂質とタンパク質の濃度が高い)ことがわかりました。

 動物によっては非常に厳しい環境に生息しているものもいます。アザラシやクジラなどは海水の中で生活しています。それらは冷たい海水に耐えるように皮下脂肪を蓄えておかなければいけません。生まれてきた子にも早く皮下脂肪を蓄えさせる必要があります。そのためにすごく脂肪の多いおっぱいを与えるようになりました。アザラシの中でもズキンアザラシのように授乳期間が4日程度ととくに短い仲間もいます。お母さんは授乳期間で1日に10 kgの体重を失い、子は10 kgの体重を獲得します。そのため、すごく脂質とタンパク質の濃度の高いおっぱいになっています。

 冬眠するホッキョクグマやヒグマでは、冬眠中にとても小さな子を出産しますが、脂肪の濃度が高くて糖質の濃度の低いミルクを出します。冬眠中ですからお母さんは食事をとりません。糖質が不足しがちになるお母さんの血糖値を維持して、脳の機能を正常に保つためにはミルクに含まれる糖質の濃度を低くして、皮下脂肪からミルクに脂肪を移した方が都合がよいというわけです。

ウサギの濃いおっぱい

前置きが少し長くなりましたが、このような背景を頭に置きながら、ウサギのおっぱいの特徴を眺めてみましょう。ウサギ目ウサギ科動物(アナウサギ、ケープノウサギ、オジロジャックウサギ、トウブワタオウサギなど)の乳成分の濃度を、図2の円グラフにまとめました。ウサギ以外の動物と比べると、とっても濃い(脂肪とタンパク質の濃度が高い)ことに気づきます。参考までに、図2の円グラフにウサギ目に系統的に近い齧歯目のネズミ科動物(ドブネズミ、ハツカネズミ)のものを載せました。系統の近さを反映してか、比較的似ているようです。でも図1のヒト、ウシ、ウマと比べると、ウサギでは脂肪とタンパク質の濃度の高いことがわかります。イヌやネコと比べてもウサギはとくに脂肪の濃度が高いようです。クジラとかアザラシ、ホッキョクグマのミルクの脂肪の濃度はもっと高いのですが、それは極限環境に暮らす特殊な生理状態と関係していることを、上で紹介しました。身近なところで飼われている“ふつう”の動物としては、一番あぶらっこいといえるでしょう。

 それはどうしてでしょう?上で紹介したような繁殖戦略から考えてみましょう。ウサギの妊娠期間は30日間、授乳期間は3週間~1ヶ月、1回に小型種で1~7頭、大型種で6~8頭の子を出産します。乳首の数は6~8個ですが10個の個体もいます(図3はウサギの乳首の写真です)。ちなみにネコは妊娠期間60~68日、授乳期間は50日で、1回に3~5頭(平均4頭)の子を出産します。イヌは妊娠期間63日、授乳期間30日、1回に2~5頭(平均4頭)の子を出産します。多頭出産のウサギは、イヌやネコと同様、目の開いていないとっても小さな子を出産するけれども、生まれてからの成長は早いという印象があります。母ウサギの体重が4 キログラムに対して新生子の体重は50グラム。母の体重の1/80ですね。ちなみにヒトの場合は母の体重を50キログラム、新生児の体重を3キログラムとすると、その割合は1/17ですから、ヒトよりも未熟な新生子を産むと考えられます。子の体重が2倍になるまでの日数はウサギ7日、ネコ10日、イヌ9日なので、ウサギはイヌやネコよりももっと子の成長が早いようです。ウサギは、小さく産んで早く育てるのに適した(脂肪とタンパク質の濃度が高い)濃いおっぱいを与えているのですね。上で紹介したキャリーイングかパーキングかという視点で観察しても、ウサギのお母さんは巣に子を置いて時々戻ってくるという子育て方法(パーキング)をとっています。授乳の回数は1日に1回か2回、4~5分なので、1回に栄養価の高いおっぱいを与えているのですね。毎日出すミルクの量は大型のウサギの場合約200グラムです。子の体重が2倍になるまでの日数は、ちなみにヒト180日、ウシ47日、ウマ60日ですので、それらはウサギやイヌよりも栄養価の低い薄いおっぱいを与えて、ゆっくりと育てています。ちなみにウサギのミルクのエネルギーは8.5メガジュール/キログラム、牛乳は2.97メガジュール/キログラムです。ウサギを飼っている人で、人工哺育をしなければならないようでしたら、牛乳よりもイヌやネコ用の濃い人工代用乳を与えることをお勧めします。

ウサギの乳首。6~10個と言われているが、この個体では6個である。/写真は埼玉県こども動物自然公園より借用

目の開いていない新生子がお母さんのおっぱいに吸い付くことのできる訳

生まれてすぐのちっちゃなウサギの赤ちゃんは目が開いていませんが、お母さんの乳首にたどりついておっぱいをもらいます。どうしてそれができるのでしょうか?嗅覚を頼りにおっぱいの匂いをかぎあてるのであろうと思われていましたが、そのなぞを解くために、ベノア・シャール先生(フランス国立科学研究センター)はおもしろい実験を行いました。

ウサギのミルクからまず揮発性の物質を抽出します。それをガスクロマトグラフィーという装置にかけました。この装置は、まず揮発性物質を加熱してガスにしてから、窒素ガスとともに特殊な液体をコーティングした長いガラスの管(キャピラリー)のなかを通過させます。たくさんの揮発性物質はその中を通過する際に、液体との相互作用によって早く流れたり、遅く流れたりするようになります。液体との吸着力の強さの違いによって混合物だった揮発性化合物がそれぞれに分離してくるのです。それから管の出口のところに、乳首を模したような鼻吸いデバイスをつけておきます。このような操作を開始してから、ある時間経過した時、突然ウサギの子が首を振りながらデバイスに吸い付いてきました(図4)。子を吸い付かせるような誘因物質(フェロモン)がデバイスを通過したタイミングで、子を引き寄せたのです。そしてこのフェロモン物質を分析してみると、2MB2という化合物でした。ミルクの中にある150もの揮発性化合物の中で、2MB2のみがこのような行動を刺激しました。ちなみにラット、ヒツジ、ウシ、ウマ、ヒト乳から抽出した揮発性物質に対して、ウサギの子に同じような実験をさせても、吸引行動は観察されませんでした。この実験から、子を乳首に吸い付かせるようなフェロモンがミルクの中にあることがわかりました。多頭出産するウサギの場合、お母さんの乳首をめぐっても兄弟間での競争があるでしょう。すばやくフェロモンをキャッチして、迅速に乳首にたどり着けることが生存を左右するかもしれませんね。

子を乳首に吸い付かせるフェロモンが、どの動物のミルクの中にもあるかというと、そういうわけではありません。ちなみにヒトの場合は、このようなフェロモンはミルクの中に含まれるのではなくて、乳首の周囲にある黒い輪(乳輪)にあるぶつぶつとした小さな孔(モントゴメリー腺)からでています(図5)。シャール先生のグループは、生まれて3日目の赤ちゃんが眠っているときに、出産した他人の女性のモントゴメリー腺からしみだしてきた液体か、赤ちゃん自身のお母さんの母乳、牛乳、乳製品またはバニラエッセンスをガラスのスティックの先につけ、近づけてみました。そうしたら、赤ちゃんは他人の女性のモントゴメリー腺からしみだしてきた液体を近づけた時だけに口をもごもごと動かしました。他人のお母さんのモントゴメリー腺からしみだす液体の方が、お母さん自身のおっぱいよりも好きというのは、お母さんにとってはショックだったかもしれませんね。

おわりに

このエッセイの中では、ウサギのミルクの特徴は繁殖戦略、子育て方法とどのように関係して説明づけられるか、私の専門の立場から考えてみました。もちろんいろいろな立場によって、私ならこのように考えるという意見の違いがでてくるであろうと思います。私の友人の動物園ライターの森 由民さんにもみてもらって、コメントいただきました。たとえばパーキングとかキャリーイングという子育て方法は、その動物の暮らしている環境、すなわち捕食者がいるかどうかによっても影響を受けるはずであり、それが乳成分の特徴にも影響するのではないか。ウサギに近い齧歯目でも、子育てを場合によっては父親が関わるような群で行う動物もいる。群れが関係する授乳行動も、乳成分の特徴に影響をもつはずである、などです。森さんのように、このエッセイを読んで多くの人たちからご意見いただければと思います。

施設や学校、また自宅でウサギを飼っているかたは、その妊娠、出産、授乳行動、成長などを観察する機会があるかと思います。そういう機会にこのエッセイの中で紹介したような話題を思い浮かべ、観察していただければ幸いです。


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浦島匡

農学博士 帯広畜産大学 名誉教授 専門:ミルク科学、糖質科学、畜産物科学。 哺乳類のおっぱいに含まれるミルクオリゴ糖の研究を続け、ミルクオリゴ糖から哺乳動物の進化と環境への適応戦略、腸内細菌との共生などを見続ける。

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