※当コラムは斉藤先生の臨床経験をもとに、ウサギの医学書や論文など専門的な文献を参照して執筆しています。ウサギと暮らす飼い主さんに有益で正確な情報の発信に努めていますが、記載内容は執筆時点での情報であること、すべてのケースに当てはまるわけではないことをご理解願います。
こんにちは。うさぎの環境エンリッチメント協会専務理事の橋爪です。ウサギの最新の飼育方法を発信しているウェブマガジン「うさぎタイムズ」の編集長や、うさぎ専門「ラビット・リンク」のオーナーをしています。 プライベートでも5頭(3男2女)のウサギさんと暮らしています。
ウサギの診療実績が年間4,000件と豊富なご経験をお持ちの斉藤動物病院の院長・斉藤将之先生にお話を伺うこちらのコラム。
診察室ではなかなか聞けないお話や、ウサギを診る獣医師の本音などお話ししていただきます。
第31回のテーマは鼻炎です。風邪や花粉症で鼻が詰まる・鼻水が出るのは、人間でも身近な症状ですよね。しかし、ウサギが鼻炎になると、人間よりも事情が深刻なのだとか。詳しく教えていただきました。
目次
ウサギの鼻炎はどんな状態? 想像以上に苦しい理由
くしゃみを繰り返す、鼻水が出る、呼吸するたび鼻からブーブーと雑音が聞こえるーこれらの症状はウサギの鼻炎で、「スナッフル」の呼び方でも知られています。ひどくなると、固まった鼻水が鼻の穴をふさぎ、鼻で呼吸できなくなることもあるそうです。
斉藤「鼻づまりはウサギのQOLの低下に直結します。ウサギは普段、鼻で呼吸していますし、肺が小さいため(胸腔が狭いため)、少し鼻が詰まっただけですぐ、呼吸が苦しくなりやすいんです。
また、噛む・飲み込む間は、口での呼吸はできません。ウサギは胃腸を動かすために1日中、食べ続けなければなりませんから、鼻呼吸ができない苦痛度は人間よりも大きいと思います。
さらに、ウサギは五感の中でおもに嗅覚に頼って暮らしていますから、その意味でも困り度合いはかなりのものでしょう。
乾燥してカチカチに固まった鼻水を除去してあげると、”ああ楽になった”と言わんばかりの様子で大きく息をつく子もいます。鼻づまりがよほど苦しかったんだろうな、と思います」
私たちも鼻が詰まって口呼吸にすると、息苦しさを感じたり、疲れやすかったりしますが、ウサギはそれだけでは済まされません。大きなストレスを感じ、食餌が進まなくなって、うっ滞になる子もいるそうです。
斉藤「鼻炎は、歯科や眼科などの疾患に併発して起こるので、頻度の高い症状です。当院でも、多い日は2〜3件は来院があります。免疫力の弱い幼い子や高齢の子に多く、原因にもよりますが慢性化しやすいのも特徴です」
ウサギの鼻炎の症状を見落とさない 受診のタイミング
人間同様に鼻水・くしゃみ・鼻血などが見られるウサギの鼻炎。初期はサラサラの鼻水で、進行するとドロドロになります。不快に感じたウサギは前足で鼻水をぬぐうため、前足の内側に鼻水がくっついてカピカピに固まったり、脱毛したりするそうです。
斉藤「前足部分の汚れは、飼い主さんも気づきやすい鼻炎のサインで、この段階で受診してくれる子が多い印象です。
鼻水が少し出ていても、元気にご飯を食べれているなら自然に回復する子もいるので、様子見でもOKです。
ただ心配なのは、単体の鼻炎ではなく、他の疾患の症状として鼻炎が出ている可能性です。原因疾患の特定・治療のため、早期受診が望ましいですね。
また、様子を見ても改善しないなら必ず受診してください。炎症が目にまで拡大するおそれがありますし、慢性化すると鼻の粘膜が分厚くなったり、鼻の骨や軟骨の形状が変化したりして、鼻炎の完治が難しくなります。そのまま、気管支炎、肺炎と進行し命に係わる状態になってしまうこともあります。長期間、放置しないのが大切です」
風邪だけじゃない 不正咬合もウサギの鼻炎の原因
ウサギの鼻炎の原因は大きく分けると
(1️)不正咬合
(2️)感染
(3️)物理的刺激
の3つだそうです。
斉藤「一番多いのは(1)不正咬合ですね。噛み合わせが悪くなると歯の根元に負担がかかって感染を起こし、歯根膿瘍(しこんのうよう)になります。歯根膿瘍で鼻腔が圧迫されると鼻炎につながります。歯の問題を解消しない限り、鼻炎も治りません。
(2)感染の原因菌はパスツレラが多いとされていますが、実際には複数の菌の感染が合併するのも珍しくありません。なかなかすべての原因菌をやっつけられないケースも多く、長引きやすいんです」
(3)の物理的刺激とは、どのような状態でしょうか?
斉藤「牧草の粉・砂などの異物が鼻に入って刺激になり、炎症を起こす状態です。
治療をしてもなかなか改善しない鼻炎の子が、ある日、くしゃみをした際に鼻の穴から長い牧草がズルっと出てきた、と飼い主さんから連絡をもらったことがありました。
異物が出てしまえば鼻炎も治りますが、そもそも異物の有無を確認するのが難しいんです。鼻炎の治療を続けていたら、ふとした拍子に異物が出てきて初めてそれが原因とわかる状況が多いと思います」
物理的刺激で起こる鼻炎なら、原因物質が取り除かれれば速やかに改善が期待できますが、不正咬合や感染症が原因では慢性化しやすいそうです。なかなか治らない鼻炎に悩まされる子の話も聞きますが、原因を知ると長引きがちな理由も見えてきます。
ウサギの鼻炎の診断・検査
鼻の粘膜の状態や鼻腔の中に入ってしまった異物はCTでないとハッキリとは確認できません。一般的なクリニックでは画像診断はまず難しいので、問診や症状を手がかりに、原因を探っていくのだそうです。
斉藤「鼻炎症状があり、日頃から牧草をあまり食べない、となれば不正咬合が疑わしいので歯の状態を確認します。感染が疑われる状況であれば、鼻水の培養検査で原因菌の鑑別を行うこともあります」
ウサギの鼻炎の治療は内服が基本 長引く・治りにくいのはなぜ?
ウサギの鼻炎の治療は原因に応じて進めますが、基本は内服薬の投与になるそうです。
改善が難しい不正咬合がベースにあれば、症状の緩和を目標にした対症療法が中心になります。また、感染が原因の鼻炎も、お薬を使えばスムーズに治療が進むとは限らない、と斉藤先生は言います。
斉藤「複数の感染が合併していると、お薬でもスッキリ治りきらないことが多いですね。また、一部の抗生物質はウサギへの内服は禁忌ですから、原因菌に効くとわかっている薬があっても、使えないものもあります」
ここで、内服以外の選択肢として点鼻薬があるそうです。
点鼻薬・ネブライザーの効果
斉藤「内服では投与できない薬も、点鼻薬で局所的になら使用できる場合もあります。
例えばゲンタマイシンは、飲み薬として全身に作用する形では使えませんが、鼻に少量を垂らす程度ならウサギにも安全です。経験の豊富なクリニックでないと実践しているところは少ないかもしれませんが、選択肢の一つです。
また、鼻の粘膜に直接作用させるので即効性が期待できる方法としては、ネブライザー治療もあります」
ネブライザー治療といえば、専用のマスクで鼻と口を覆い、噴射される薬剤を吸い込む方法ですよね。耳鼻科で見かける光景ですが、ウサギではどのように行いますか?
斉藤「人間のようにマスクはつけられないので、ウサギを専用の小部屋に入れ、室内に薬剤を充満させ吸い込ませます。
ただし、実際にネブライザー治療を行うケースは非常にまれです」
斉藤「ネブライジングの環境に置かれると、嫌がってパニックを起こすウサギが多いんです。私たちでも、わけのわからないままに小さな部屋に15分も閉じ込められ、そこから臭気のあるガスが出てきたら、かなりの恐怖を感じますよね。ウサギが暴れてしまうのも無理はありません。ウサギはストレスで体調が急変するおそれもありますから、無理強いはできません。
また、ネブライジングでは室内まるごと薬を充満させるので、ウサギは全身が薬液で濡れます。治療終了後にすぐ被毛についた薬を拭きとりますが、それより先に薬剤を舐めて飲み込んでしまうウサギもいて、これもリスクです。
総合的に考えると、よほどの時でなければネブライジングの適用はありません。鼻炎があまりにひどくて呼吸も苦しく、うつぶせでじっとしていて身動きも取れない子に対して行う”最後の手段”のイメージですね」
ネブライザーの治療が必要になるくらい悪化する子はそう多くはないようですが、長期にわたって鼻炎と付き合っていかなければならない場合もあります。症状を抑えるために必要な最低限の量を見きわめ、服薬を続けることになります。鼻水がなかなかおさまらずに気にし続ける子なら、ティッシュで軽くぬぐってあげると良いそうです。
【ウサギの鼻炎を防ぐ】牧草メインの食生活で不正咬合を予防 感染が原因なら隔離を
鼻炎の原因で最も多い不正咬合は、予防が何より大切です。日頃から牧草をしっかり食べられているか確認し、歯の健康維持を改めて意識していただければと思います。
感染が原因で起こる鼻炎なら、多頭飼育のお家では、鼻炎の子を隔離する必要があります。
斉藤「鼻炎の多くの原因菌はおもに接触・飛沫感染で広がります。飼育する部屋も別にできればベストですが、最低限、個々のケージは離して設置しましょう。
ただし、鼻炎が慢性化すれば感染力もそれほどありませんから、ずっと隔離が必要とは考えていません。鼻炎の症状が出始めた初期のタイミングでは接触を避ける方針でいいと思います」
斉藤「年単位、鼻炎が慢性的に続くと鼻炎が治った後もずっと息がしづらい状況が続きます。ベースに鼻炎があって常に鼻水を垂らしているのが当たり前になった子では、ふとしたきっかけで肺炎になっていることもあります。たかが鼻水、とは考えず、長引かせる前に受診をおすすめします」
鼻炎は人間でも身近な症状だけあって油断しがちかもしれませんね。ウサギのQOLには影響大と知っておき、適切な対処を心がけたいものです。
聞き手:橋爪
編集:うさぎタイムズ編集部
※当コラムでは、人間と暮らす多くのウサギが健康で長生きできるよう、疾患についての情報を共有するため、情報発信を行っています。個体により状況は異なりますので、ウサギの状態で気になることがあれば、かかりつけにご相談されることをお勧めします。当コラムの内容閲覧により生じた一切のトラブルについて、うさぎの環境エンリッチメント協会並びに斉藤動物病院、ラビットリンクでは責任を負いかねます。
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