人間の栄養学の研究は進んでいますが、ウサギについては、まだまだわからないことがたくさんあります。ウサギの栄養学コラムでは、家庭で飼われるウサギを健康的に長生きさせるため、体のしくみや必要な栄養、食餌についてお伝えします。
現在、主なエサとして与えられているフードは、本来の食性とは異なるものかもしれませんが、野生に近い食餌が必ずしも「ウサギの長生き」にとってベストとは限りません。
だからこそ、栄養学の基礎はもちろん、最新の研究までを知る必要があると考えています。
第3回では、繊維質のうっ滞予防効果についてご紹介しましたが、ウサギにとって繊維質が大切な理由はもう1つあります。繊維質はウサギの主要なエネルギー源でもあるんです。今回はおもに、ウサギが繊維質を利用する仕組みをわかりやすくご紹介します。
目次
知ってるようで意外に知らない?「繊維質」の正体
まず、「繊維質」(※)に含まれる物質について、掘り下げて行きましょう。
※繊維質と食物繊維は、ほぼ同義です。ヒトの食事中に含まれる成分を指すときに「食物繊維」と表現します。
「野菜」だけじゃない! こんなものまで繊維質
繊維質といえばなんとなく「モサモサ・パサパサとしたもの」で、「繊維=野菜(植物)」というイメージを持っている人も多いかもしれませんね。実際、「繊維」という言葉を辞書で引くと、「糸状のもの」と説明されています。
ですが、栄養学での「繊維質」は、野菜の他にもかなり多くの種類を含みます。以下は、繊維質に分類される物質の例です。
「オリゴ糖」が含まれることに、びっくりした人もいるかもしれませんね。また、「レジスタントスターチ」は穀類や芋類に存在する「デンプン」の一種で、キトサンは甲殻類に含まれます。
野菜からはずいぶん離れていますが、どうしてこんなものまで繊維質なのでしょうか?
「繊維質=野菜」だけではない理由
ここで少しだけ、食物繊維についての研究の歴史を紐解いてみましょう。
20世紀初頭、コーンフレークを開発したケロッグ博士は、食事に含まれる繊維の働きに着目し始めました。やがて「食物繊維」という言葉が使用されるようになったのは、1950年代になってから。この頃、食物繊維は「ヒトの消化酵素で分解されない植物細胞壁成分」と定義されていました。
しかし、研究が進むと、植物の細胞壁成分に限らず、人体が分泌する酵素では分解できない物質があることがわかってきたんです。そして現在では、「食物繊維とはヒトの消化酵素で分解されない食品中の難消化性成分の総称」という考え方が広く受け入れられています。
このような事情で、「野菜」とは無関係の、ちょっと意外な物質までが繊維質(食物繊維)に分類されているんです。ちなみに前回、食物繊維は水溶性繊維と不溶性繊維に大別できることをご説明しました。不溶性繊維の食感が「ボソボソ」「ザラザラ」系である一方、水溶性繊維の食感は「ドロドロ」「ネバネバ」「サラサラ」系です。
食物繊維は皆さんがイメージしているより、ずいぶん幅が広いんですね。
ウサギが摂取している繊維質の特徴とは
では、繊維質に含まれる物質とその特徴を見ていきましょう。以下の図は、食物繊維に分類される代表的な物質を、細胞の「中身(細胞質)」と「周囲(細胞壁)」のどちらに含まれるかで、分類したものです。
ウサギの食餌(ペレット・牧草)に圧倒的に多く含まれるのは、ヘミセルロース、セルロース、リグニンで、細胞壁にセットで存在しています。互いに結合し複雑な構造をしているこれらは、物質として非常に安定しており、分解するのが難しいという特徴があります。
なかでも、自然界で一番多く存在する炭水化物として有名なのがセルロースです。
セルロースを分解するのはこんなに大変
セルロースは安定していることで有名で、水はもちろん、水に溶けない物質を溶かすための有機溶媒にも溶けません。実は、セルロースは「バイオマス燃料」の原料としても着目されていますが、ここでの課題もやはり「簡単には分解できないこと」なんです。
セルロースを分解するには、セルラーゼという特殊な酵素、もしくは、硫酸や塩酸という強い薬品が必要です。ちなみにセルラーゼを分泌可能なのは微生物のみで、今のところ、セルラーゼを作り出せる哺乳類は見つかっていません。動物の体内でセルロースを消化するのがいかに難しいか、想像できます。
ウサギと繊維質の関係
このような特徴を持つ繊維質ですが、ウサギとは切っても切れない深い関係にあります。
ウサギの食餌は約半分が繊維質
ウサギの食餌成分を分析すると、繊維質が占める割合が大きいことがわかります。例として、牧草を与えず飼料だけで栄養をまかなうことを前提とした、ウサギ用ペレット(成長期用)の成分値をみると、食物繊維の総量は全体の約50%にもなるんです。(詳しくはこちら)
以下の図は、ウサギの食餌と人間の食事の栄養成分を比較したもの。ペットフードとヒトの食事では分析する成分が違うので、単純に比べることはできませんが、ウサギでの繊維質に相当するのが、ヒトでの食物繊維です。ウサギとヒトでは大きな差があることがわかります。
ヒトの主食はご飯・パン・麺類などで、主な栄養素は糖質です。食事のうち、糖質が半分以上を占めているのが通常ですが、ウサギは、それが繊維質に置き換わるイメージですね。
ヒトはエネルギーの主な供給源が糖質なので、割合が多いのは自然なこと。同様に、食餌に占める繊維質の割合が多いウサギは、繊維質からエネルギーを取り出しています。
消化できない繊維質からウサギはどうやってエネルギーを取り出すの?
繊維質は、動物がもつ消化酵素では分解できない物質とご紹介しました。でも、草食動物であるウサギは、なんとか草からエネルギーを得なければなりません。そこでウサギは、盲腸に棲まわせている微生物の力を借ります。
微生物はセルラーゼなどの酵素を分泌することで、繊維質を分解して「糖類」を作り出せるのです。作り出された糖類(ヘキソース・ペントース)は、ウサギが利用可能な「短鎖脂肪酸」になり、肝臓に運ばれエネルギー源として使われます。この代謝過程の全体像を示したのが以下のイラストです。
短鎖脂肪酸ってなに?
短鎖脂肪酸とは油脂の一種で、数個から数十個の炭素が鎖のように繋がった構造をしているもののうち、炭素の数が6個以下のものです。ウサギだけではなくヒトでも、エネルギー源として利用されます。
その他にも、
・腸内で有害な菌の増殖を抑える
・腸の蠕動運動を促す
・免疫反応を制御する
など多様な効能が明らかになり、近年、注目を集めています。
ウサギはヒト以上に多くのエネルギーが必要
ウサギとヒトが同じ体重だった場合、ウサギの方が多くのエネルギーが必要だとウサギの栄養学(1)でご説明しました。代謝の仕組みに着目することで、この理由がよりはっきりと見えてきます。
食事の最終目的は、生体のエネルギー通貨「ATP」を作ること
生き物が体を動かすということは、細胞の一つひとつが活動するということ。この時、細胞が直接、動力源として利用できるのは「アデノシン三リン酸(ATP)」という物質です。実は、生き物が食事をする最終目的はATPの生成なのです。ウサギの場合も、短鎖脂肪酸などから取り出したATPを、細胞で利用しています。
ATPはあらゆる細胞のエネルギー源で、動物だけではなく植物やバクテリアが活動する際にも欠かせないものです。生き物や細胞の種類が異なっても共通で利用できるのは、まるで、食費・光熱費・交際費とさまざまな支払いに使える「お金」のようですね。このことから、ATPは「生体のエネルギー通貨」と表現されることもあるんです。
生き物にとって、食べたものからATPをいかにたくさん作り出すかは非常に重要です。
微生物頼りの大変さ? 繊維質から多くのATPを生成するのが難しい理由
ウサギが食餌から生成するATPの量は、ヒトがグルコースから生成するATPの量に比べると、低い値です。というのも、繊維質を分解してくれる微生物の働きにも限界があり、食餌中のすべての繊維質を短鎖脂肪酸へと変換できるわけではないからです。
そのため、ウサギは小さな体に対して多くの食餌を取る必要があるんです。
「効率が良いグルコースを摂取すればいい」とはいかない
口をずっとモグモグ動かし続けると疲れますし、大量の草を探すのだって大変です。いっそ、ATPの生成効率が良い糖質を食べれば、手っ取り早くエネルギーに変換できてラクなのでは? と考えたくなりますが、それは禁物。ウサギの身体はそんなふうにはできていません。
グルコースからATPを生成できる人間ですら、砂糖ばかり食べていると、体調を崩したり、病気になったりします。もともと甘いものを食べるわけではないウサギは、糖質の過剰摂取はもちろんNG。消化管を動かし続けるためにも繊維質は必須であり、繊維質が豊富な食餌をタップリと食べ続ける以外に、生きる道はないんです。
自然界のウサギは通常、糖質ばかりを摂取できる環境にはないので、「摂りすぎ」はありえません。でも、ペットとして飼育されているウサギは、糖質が多く含まれたおやつやペレットを与えられれば、簡単に過剰摂取になってしまいます。
ウサギだって、ヒトと同じで、甘いものは本能的に美味しいと感じるのです。「もっとちょうだい」とおねだりされても、与えすぎには気をつけてください。
ヒトでも食物繊維の一部は、微生物の力を借りて分解・吸収している
ウサギが繊維質からエネルギーを取り出せるのは体内の微生物のおかげですが、実は、このような働きは、私たちヒトでも見られるんです。
食物繊維の一部は、人体でも、腸内細菌による発酵・分解を受けてエネルギーへと変換されます。これが、食物繊維は厳密には0kcalではない理由です。
「あれっ食物繊維は人体では消化できない物質では?」と思われた方もいるかもしれません。ポイントはウサギ同様、「腸内細菌の力を借りる」こと。ヒトが自ら分泌する酵素で分解できるわけではない、という点では、食物繊維の定義から外れることはないんです。
ただし、食物繊維からヒトが得られる熱量は最大でも、1g 当たり2kcal とされています。糖質とタンパク質は1gあたり4kcal、脂質なら1gあたり9kcal ですから、私たちが「食物繊維だけ食べてパワー全開」となるには、相当な量を摂取しないといけないのがわかりますね。
ウサギが日々やっている「繊維質をエネルギー源にする」ということのすごさが伝わってきます。
参考文献
1 Gidenne, T., Carabaño, R., García, J., de Blas, C. 2010. Fibre Digestion. In: Nutrition of the Rabbit, 2nd Edition. CAB International, pp 66-82.
2 柳田晃良, 福田亘博, 池田郁男 編著. 2010. 新版 現代の栄養化学. 三共出版.
3 小野寺良次, 星野貞夫, 板橋久雄, 日野常男, 秋葉征夫, 長谷川信 著. 2006. 家畜栄養学. 川島書店.
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