家畜としてのウサギ飼料の研究は、これまで世界中でなされてきました。しかし、それがペットとしてのウサギの飼料には十分に生かされていないのが現状です。私はその研究成果を、家庭で飼われるウサギにも応用できるのではないかと思っています。
ウサギに必要な栄養やその消化吸収のしくみを知ることは、ウサギの健康的な生活につながります。また、私は野生のウサギの調査や、代替食餌となる新たな植物の研究、飼いウサギのペレット開発も進めています。
ウサギの栄養学の基礎や最新研究について、こちらの栄養学コラムで発信していきます。
目次
日本におけるウサギ飼育
イギリスのPet Food Manufacture’s Association(PFMA)の2019年の報告書では、イギリス国内のウサギ飼育数は60万頭、ペットとしては犬猫に次いで3番目の飼育数となっています。
では日本の場合はどうでしょうか?
少し前のデータになりますが、平成22年内閣府の世論調査によると、イギリス同様、犬猫の次はウサギが多く飼われているようです(爬虫類、鳥類などは除く)。日本では小学校や幼稚園で飼われていることも多く、とても身近な生き物です。
また最近は、コロナウイルス感染症の影響で、室内だけで飼えるペットとして、ウサギの人気が高まってきているようです。
これだけ身近な動物であるウサギですが、その研究はまだまだ発展途上。食餌についても、解明されていないことがたくさんあります。今後、ウサギの栄養学の研究が進めば、健康寿命がさらに長くなることが期待できるでしょう。
ウサギの生態
ウサギといってもいろいろな種類があります。飼いウサギはもともとどこで暮らしていたのでしょうか?
世界中で飼育されているウサギは、すべてアナウサギ(Rabbit)です。
飼いウサギはイベリア半島(フランスからスペインにかけて)に生息していた野生のアナウサギを家畜化し、様々な品種改良がおこなわれ、作出されました。そのため、長毛種や短毛種、体の大きな種など、見た目の違うウサギがたくさんいるんです。
ちなみに、アナウサギにはラテン語でOryctolagus cuniculusという学術名が付けられています。Oryctolagus cuniculusを英訳すると“Hare-like digger of underground passages”となります。日本語訳では「地下通路のノウサギに似た採掘者」となるでしょうか。
ここで出てくるノウサギ(Hare)と、アナウサギは、耳の長い姿は似ているのですが、その生態はずいぶん違うんですよ。
前置きはこれくらいにして、そろそろ本題、栄養学のお話に入りましょう。
草食動物の消化管のしくみ
はじめにウサギを含む草食動物が「なぜ草を食べるのか?」についてご説明します。草食動物の消化管についての知識は、ウサギの消化・栄養について理解するためにとても重要です。
草食動物は何で草を食べるの?
ヒトの子どもは野菜嫌いである場合も多いですよね。種類によっては筋っぽかったり、苦かったり、大人でも野菜ばかりを食べるのはちょっといやだなぁと思ってしまいます。そして、野菜だけではなかなか満腹になりません。その理由の1つは、野菜のカロリーの低さでしょう。
動物の気持ちを知るのは難しいのですが、生命の維持だけを考えると、栄養価やカロリーが高いものを集中して食べたほうが効率がいいようにも思います。
では、草食動物はなぜ草を主食に選んだのでしょうか?
いつでもどこでも食べられる 狩りが必要ない草は弱い立場の生き物に最適なエサ
草食動物が植物を主要なエサとするのは、弱いからこその生存戦略です。
草はどこにでも生えていて、当たり前ですが、自分で移動はしません。追われる立場の草食動物でも、すぐにエサが食べられるのです。
草を食べるか、肉を食べるかの違いは、動物の生活スタイルにも大きく影響を与えました。
肉食動物がエサにありつくためには、まず、大きなエネルギーを費やしハンティングをします。腹ペコ状態でたくさん動かなければならないから、ちょっと大変ですが、高カロリー&高栄養の食事が終われば、そのほかの時間を体力温存に使えます。
一方の草食動物は、カロリーも栄養価も低い草を主食としているぶん、食物の必要摂取量も多く、種によっては、起きている時間の大半を食事に費やしていることもあるほどです。
草食動物でも、草の繊維質は硬くて自力では消化できない
草食を選ぶとエサが手に入れやすい反面、デメリットもあります。硬い繊維質を持つ草の消化は、動物にとって容易ではないのです。そのため草食動物は、それぞれに硬い繊維を消化する方法を編み出しました。
どの草食動物にも共通するのは、微生物の力を借りて発酵させ消化するということ。消化管のどこかに微生物を棲まわせた発酵槽を持ち、そこで硬い繊維質を分解してもらうことで、栄養を吸収できる形にしているのです。
草食動物といえば、「反芻(はんすう)」が思い浮かぶ人もいると思いますが、ウサギの場合はどうでしょうか?
いつもモゴモゴと口元を動かしているように見えることから、反芻していると思っている人もいるようですが、ウサギは反芻しないんです。
反芻ってなに?
このように草食動物の中でも反芻を行う動物と行わない動物がいます。では、ウシやヤギはなんのために反芻しているのでしょうか?
いったん胃に入れた草を口に戻して再度噛む
反芻とは、口から摂取した食物を飲み込んで、胃で消化し、それを口に戻し咀嚼、また飲み込み…と何度か繰り返し消化する方法です。それにちなんで、人間が何度も思いを巡らせて、よくよく考えることを「反芻する」といいますよね。
反芻動物であるウシは胃の前に微生物を棲まわせた発酵槽があります。消化しきれなかったものはいったん口に戻し、再度、咀嚼し細かくすることで微生物の発酵をお手伝いします。これを何度も繰り返し、繊維の硬い植物の栄養を、吸収しやすい形に変えていくのです。
重要な役割を担う胃ですが、ウシには4つあり、その容積はなんと消化管の約75%を占めているんです。
草食動物には、前胃発酵型動物と後腸発酵型動物がいる
ウシやヤギはその消化管の構造から、前胃発酵型動物に分類され、そのなかでさらに反芻するものと反芻しないものに分かれます。「前胃発酵」と呼ばれるのは、消化管の胃の前の部分に発酵させる場所を置いているためです。
それに対するのが後腸発酵型動物で、大腸(盲腸や結腸など)に発酵させる場所を持っています。ウサギやコアラがそれにあたります。
ちなみに他の動物は以下のように分けられます。似ているように思われそうな、ウシとウマは消化の仕方で分けると違う分類なんですよ。
ちなみに哺乳類の消化管は、食道に始まり、胃、小腸、大腸と進んでいきます。実は小腸や大腸は総称なんです。小腸の中には十二指腸や空腸、回腸が、大腸の中には盲腸や結腸などがあります。
種によってその役割は少し違うこともありますが、基本的には胃で消化し、小腸で栄養素の大部分を吸収、大腸では水分やナトリウムを吸収します。
これら消化管の中で、ウサギで注目されるのは盲腸で、大腸にあります。人間では退化しており、その役割はほとんどないのですが、ウサギにとっては重要な役割を担う器官です。
盲腸に発酵槽を持つウサギの盲腸内容物重量は、消化管全体の約4割を占めるほどに大きいんです。身体に占める割合が大きいということは、それだけウサギの生命維持に重要であるとも言えます。盲腸にいる微生物は栄養素の消化吸収に大きく貢献しているんです。
反芻しないウサギは、どうやって草を消化するの?
ここから、いよいよウサギのお話に入ります。
反芻する草食動物の消化はどれも大変興味深いのですが、ウサギの消化は他の動物と比べても非常に特徴的です。その姿からは想像できないほど複雑なしくみが、ウサギの消化器官は秘められているのです。
ウサギは盲腸に発酵槽を持つ「後腸発酵型動物」
先ほどウシやヤギなどの反芻する動物は、前胃発酵型動物だとお話ししました。それに対してウサギは、後腸発酵型動物です。
後腸発酵型動物は、胃で消化し、小腸で栄養を吸収、そのあとに通過する大腸の部分に発酵槽を持っています。
「あれ?大腸では水分とナトリウムくらいしか吸収できないんじゃなかったっけ?」とお気づきの方もいるかもしれません。
では、ウサギは体内で生成した栄養をどうやって吸収するのでしょうか?
ウサギは消化管で食物を分離して消化!?独自の結腸分離システム
ウサギの消化システムは独自の進化を遂げています。
ウサギやモルモットのような盲腸発酵型動物は、持続的に発酵を行うための微粒子や微生物を盲腸内に貯留します。そのための仕組みが、近位結腸部分に備わっているのです。
これは、栄養価の低い草から、利用価値の高い部分を分離して、効率よく、盲腸で発酵させるためです。
まず小腸の末端部と盲腸の境目にある正円小嚢という器官で、一度目の分離が行われます。ここでは、不消化性繊維質(消化しにくい繊維)を近位結腸へ、消化性繊維質(消化しやすい繊維)を盲腸に送ります。
そのあと、近位結腸に送られた不消化性繊維質には二度目の分離が行われるのです。これは、非常に特徴的な消化システムです。
このしくみを結腸分離システム(Colonic Separation Mechanism: CSM)といいます。
少し難しい話になりますが、ウサギが持つCSMは、固液分離型(Wash-back type; 図1左)といって、微粒子や微生物といった液状の相(液相)を不溶性の大きい粒子(不溶性の繊維)といった固形の相(固相)から分離するものです。
栄養価の高いドロッとした液状の部分と、粗い繊維の固形分を分けているということですね。
小腸から大腸へ、いったん送ったはずの内容物を固相(粒子サイズが大きい繊維や不溶性の繊維)と液相(微粒子状の繊維や可溶性の繊維)にふたたび分離し、逆蠕動運動により水分や微生物とともに、盲腸へ戻しているとは、興味深いしくみです。ウサギは同じような消化管構造を持つ仲間があまりいない、ちょっと変わった草食動物なんです。
モルモットなどの有する粘液トラップ型(Mucus-trap type; 図1右)にも同様の動きが見られますが、ウサギの方がより明確に分離し、盲腸内に貯留する能力が高いと言われています。
図1.盲腸発酵型動物の結腸分離システムの違い
ウサギは草食動物なのに繊維の消化にはこだわらない⁉
ウサギの消化管の特異的な構造は、繊維の消化能力にも影響しています。ウサギは実は、草食動物であるにも関わらず、繊維の消化率は低い動物なのです。
身体の小さなウサギは食糞により栄養必要量を満たしている
どんな草食動物でも、同じ種類の草を食べた場合、微生物によって草が発酵されるのにかかる時間に大差はありません。
ウシのように大きな体なら、繊維質を長く体内に滞留させ、微生物にゆっくり発酵してもらえるのですが、身体の小さなウサギはそのスペースを確保することができません。そこでウサギが発達させたのが、先ほどお話しした結腸分離システムです。
消化に時間のかかる粗い繊維はさっさと排出してしまう代わりに、消化のしやすい部分だけを選り分け、栄養がたっぷり詰まった盲腸便を再摂取することで足りない分を補っているのです。
粗いとはいえ、せっかく食べた繊維質を「そのまま排出するなんてもったいない」と思ってしまいますが、役に立っていないわけではなく、ウサギの消化管内の内容物を入口から奥へと移動させる蠕動運動を促すための重要な役割を果たしているんですよ。
ウサギは燃費が悪い?
また、ウサギの低い繊維消化率を引き起こしている要因は、ウサギのエネルギー要求量にもあると考えられています。
エネルギー要求量とは、1日の通常活動に必要とされるエネルギーの量です。
体重2㎏の大人ウサギが、1日の活動に必要とするエネルギーは約170kcal。それに対し、体重60kgのヒトの成人男性は約2200kcalです。
比較のためにこのエネルギーを体重で割り、単位体重あたりの維持エネルギー量を算出すると、ウサギは85 kcal/kg、ヒトで37 kcal/kgとなります。
体重1kgあたりで考えると、ウサギはヒトの約2.3倍のエネルギーを摂取しなければならないことになります。
上記のエネルギー要求量を満たすための食物の摂取量は、内容にもよりますが、ウサギは1日あたり約150g、ヒトは約2,000gです。
こちらも体重1kgあたりで計算してみると、ウサギは75g、ヒトは33g必要です。
こうしてみると、ウサギはより多くのエネルギーが必要であり、そのために、食餌をたくさん食べなければならないということが分かります。
だから、ウサギはたくさん食べてすぐに排出する、ということを繰り返しているのです。
ウサギは食糞するから繊維の消化率が低くても生きていける
多くのエネルギーを必要とするにもかかわらず、食べたものの大半を占める繊維質の消化率が低いウサギが、生きていけるのはなぜでしょうか?
それは、いったん排出した便を食べる「食糞」をするからなんです。栄養豊富な盲腸便を食べることで栄養を再吸収しています。
ウサギ以外の盲腸発酵型動物も食糞を行いますが、他の動物に比べて、捨てる糞(硬糞)と食べる糞(軟糞)のタンパク質含有量が大きく違います。ウサギは食糞によりタンパク質を豊富に含む盲腸便を再摂取し利用しているのです。
図1でもウサギの盲腸内容物は液状のものが大半を占めるとご説明しましたが、このグラフからも、ウサギの硬糞と軟糞に明確な成分の違いがみられることがわかります。
盲腸内容物の貯留様式の違いが、ウサギの高タンパク質な軟糞につながっていると考えられます。
次回はウサギの「食糞」についてご説明します。話題の本でも取り上げられている通り、糞を食べるなんて、とても不思議な生態ですよね。またタンパク質の代謝についても概説します。
では、またこちらでお会いしましょう。
参考文献
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https://www.maff.go.jp/j/syokuiku/zissen_navi/balance/required.html
山田文雄『ウサギ学ー隠れることと逃げることの生物学』.東京大学出版会. 2017年
霍野 晋吉、山内昭『ウサギの医学』.緑書房. 2018年
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