人間の栄養学の研究は進んでいますが、ウサギについては、まだまだわからないことがたくさんあります。ウサギの栄養学コラムでは、家庭で飼われるウサギを健康的に長生きさせるため、体のしくみや必要な栄養、食餌についてお伝えします。

現在、主なエサとして与えられているフードは、本来の食性とは異なるものかもしれませんが、野生に近い食餌が必ずしも「ウサギの長生き」にとってベストとは限りません。
だからこそ、栄養学の基礎はもちろん、最新の研究までを知る必要があると考えています。

かつて、食品の産地や消費期限の偽装問題がニュース大きくで取り上げられたことを覚えていらっしゃる方は多いと思います。「食の安全」に対する関心が高まったのを受け、2000年代初頭に法整備が進められ、食品についての規制が厳しくなりました。

では、ウサギの口にするものはどうでしょうか。今回は、ウサギのフードが法律上、どのような扱いになっているのか、フードを選ぶうえで知っておきたいことをご紹介します。
エサを食べるウサギ/ウサギの栄養学(6)どう守る?ウサギの「食の安全」

ペットフードの安全を守るための法律を知っていますか?

国内で流通するペットフードの安全性を保証してペットの健康を守ること、そして、動物福祉の向上を目指して2008年に制定されたのが「愛がん動物用飼料の安全性の確保に関する法律」(通称「ペットフード安全法)です。

ペットフード安全法では、フードの製造方法などの基準および成分の規格を設定し、それらに合わないものの製造を禁止しました。また、フードに原材料や賞味期限などの表示が義務付けられたのもこの時です。

2008年というと、まだ10年と少し前。ずいぶん最近の話ですよね。それ以前もフードに原材料や賞味期限が書かれていなかったわけではありませんが、法的に義務付けられるようになったのはその時点から、ということです。

ペットフード安全法が制定されるようになったのには、ある出来事がきっかけでした。

ペットフード安全法制定のきっかけとなったメラミン混入事件

2007年、アメリカで飼育されているイヌやネコが、尿管結石による腎障害で死亡する事件が相次ぎました。調査の結果、原因は、動物たちが口にしたフードに混入していた「メラミン」という物質だったと判明しました。
食器/ウサギの栄養学(6)どう守る?ウサギの「食の安全」
メラミンといえばよく食器のコーティングに使われる物質です。メラミン自体の毒性は非常に低いのですが、「シアヌル酸」という物質と結びつくと水に溶けない性質に変化します。メラミンとシアヌル酸が結合したものが、腎臓の細い血管に沈着し、腎機能障害を引き起こしたのが健康被害の原因でした。

栄養成分を偽装するためにメラミンが混入された

メラミンやシアヌル酸がフードに混入されたのは、フードのタンパク質含有量を多く見せかけるためでした。食餌中のタンパク質の測定方法はウサギの栄養学(5)でご説明した通り、含まれる窒素の量を測定します。そこで、窒素を多く含むメラミンやシアヌル酸をフードに混入することで、タンパク質が多く含まれているように偽装しようとしたのです。

問題のフードは日本国内でも発見され、販売業者による自主的な回収が行われましたが、大きな混乱を招きました。そして、ペットの食の安全を守るための枠組みがないことへの問題意識が高まり、翌年の法整備へとつながったのです。

日本では、市場に流通する製品については、製造物責任法(「PL 法」)で消費者保護が図られています。さらに、ペットを適切に飼育することを定めた「動物愛護法」や、畜産動物の飼料の品質を確保するための「飼料安全法」などの法律も存在していました。
しかし、これらではペットの健康と安全の確保を目的としてペットフードを規制し、健康被害を未然に防止することまではできません。
そこで作られたのが、ペットフード安全法なのです。

ウサギのフードは法規制の対象外!?

ペットフード安全法ができたことで、飼い主さんは市場に流通しているフードをある程度、安心して与えられるようになりました。ところが、この法律にも大きな落とし穴があります。
犬猫/ウサギの栄養学(6)どう守る?ウサギの「食の安全」
法律が規制の対象としているのは、イヌとネコに与えるフード・おやつのみ。つまり、それ以外の動物、もちろんウサギも対象外なんです。

ペットフード安全法が制定されるまでの議論の中では、さしあたって、日本における飼育頭数の大部分を占めるイヌ・ネコのフードの基準づくりから開始するべき、という考えが示されました。結果的に、残念ながらウサギのフードは対象外となってしまったのです。

これは、動物福祉が進んでいる諸外国と比べると、お粗末と言わざるをえません。

ウサギのための栄養基準を設けているアメリカ・EU

アメリカの場合は、動物用飼料を管理する団体である 全米飼料検査官協会 (AAFCO) が存在し、ガイドラインの中にウサギの項目を設け、栄養基準を定めています。
また、食品医薬品局(FDA)は法律に基づきペットフードの検査を行い、製造者に対する指導を行います。

EUでは、欧州ペットフード工業会連合(FEDIAF)がペットフードのガイドラインを発行しており、AAFCOと同様、ウサギ独自の栄養基準を定めています。

さらに、EU加盟国に共通で適用されるEU法には、ペットフードに関する規則が3つ、指令が1つあります。規則ではペットフードの安全性と製造・管理に関することが定められており、指令ではペットフードのラベリングに関することが定められています。
てのひらに乗るウサギ/ウサギの栄養学(6)どう守る?ウサギの「食の安全」

国内のウサギのフードの品質は「メーカー頼り」の現状

一方の日本では、ウサギの「食の安全」はどのように確保されているかというと、基本的に、メーカーによる自主規制に頼っている状態です。もちろん多くのメーカーが、原材料の調達、製造、製品の流通等の各段階で安全確保のための管理に努めていますが、あくまでも自社の基準ということになります。

また、ペットフード公正取引協議会ペットフード協会などの業界団体もあり、フードについての情報発信を行ったり、表示についてのルールを定めたりしています。ただ、これらの取組みには強制力はなく、また、すべてのメーカーが団体に加入しているわけでもないため、限界があります。

ウサギのフードの安全性は、犬やネコと違い、法律では守られていません。ウサギの飼い主さんは自分の目で、ウサギが口にするものの安全性をしっかりとチェックする必要があることがわかります。

フードの表記方法のルールについて

フードを購入するとき、飼い主さんが判断するときの大きなヒントになるのが、成分表示がされたパッケージやラベルでしょう。

表記方法の最低限の項目を定めているのがペットフード安全法で、より細かい決まりを定めているのがペットフード公正取引協議会です。

ご説明した通り、ウサギはペットフード安全法の規制対象外ですし、ペットフード公正取引協議会の定めた規約でも、対象とするのはイヌ・ネコのみです。つまり、ウサギのフードは、表記について必ず守らなければならないルールは存在しない状態なのですが、実際には多くのメーカーで、この2つで定められたルールにそって表記しています。
ここでは、表記方法の基本を少しご紹介しましょう。

まず、(1) ペットフードの名称 (2) ペットフードの目的 (3) 内容量 (4) 給与方法 (5) 賞味期限 (6) 成分 (7) 原材料名 (8) 原産国名 (9) 事業者の氏名又は名称及び住所 を表示します。原材料は基本的に、含有量が多い順に表示されていることが多いと思います。
成分表示/ウサギの栄養学(6)どう守る?ウサギの「食の安全」

「どの栄養素をどれだけ与えるべきか」に絶対的な正解はない

成分表示として各栄養素を「〜%以上」「〜%以下」と表示しているものもありますが、これは、各メーカーが考える理想値に沿って設定されています。

ウサギの栄養学(5)で、ウサギが1日に必要とする栄養素の量を大まかにご紹介しました。ですが、実はどの栄養素をどれだけ与えるべきか、についての統一的な「正解」は存在しません。いくつかの基準が発表されていますが、ばらつきもあります。

現在推奨されている数値をまとめると「粗タンパク質13%、総繊維量20〜25%、粗脂肪5%まで」や「粗繊維量18%以上、不消化繊維12.5%、粗タンパク質12〜16%、脂肪1〜4%」などがあります。

ウサギの栄養学はまだまだ研究途上。今後、より正確な情報の解明が期待されます。

ウサギの栄養学研究をめぐる現状

共に暮らすウサギのため、栄養学の最新の情報を得たい飼い主さんも多いと思います。信頼できる情報にはどこからアクセスできるのでしょう。
そもそも栄養学とはどのような学問なのでしょうか。

もとは畜産動物が対象だった動物栄養学

動物の栄養に関する研究は、もともと牛や豚などの畜産動物が対象でした。畜産動物の栄養状態を良くし肥育させることは、産出量アップのために大切だからです。

時代が進み、社会の中で愛玩動物の役割が重視されるようになるにつれ、動物福祉が注目されはじめました。そして、ペットとしてヒトと暮らす動物がいかに健康で長生きできるか、という視点での栄養学も研究されるようになりました。

ウサギの栄養学の研究をリードするのはヨーロッパの研究者たち

ウサギはどうかというと、ペットのウサギの栄養学の研究はイヌ・ネコほど進んでいるとは言えません。ただし、ヨーロッパでは、ウサギは愛玩動物であると同時に、古くからの畜産動物でもあります。そのため、ヨーロッパ諸国ではウサギの栄養についての研究が他国に比べると盛んに行われてきました。
国旗/ウサギの栄養学(6)どう守る?ウサギの「食の安全」
ウサギは研究者自体が少なく、未解明なところもたくさんありますが、これまでの研究成果がAAFCOやFEDIAFのラビットフードの栄養基準のガイドラインを作るうえで参考とされています。

ウサギの栄養学の研究者が少ない日本で、ウサギの理想のフードのあり方を考える

さて日本の状況にも目を向けてみましょう。
国内には、ウサギの栄養研究に携わる研究者は少なく、日本語で読める書籍もほとんどありません。法規制が追いついていないウサギだからこそ、飼い主さんが、十分な正しい知識をもたなければならないにもかかわらず、その手段が少ないと言わざるを得ないのです。

このような現状は、飼いウサギに関わるすべての人にとって憂慮すべきものだと思います。私はウサギの栄養学研究者の1人として、今回ご紹介したような団体の最新の研究成果も、積極的にお伝えしていければと思っています。

コロナ禍で、部屋で飼えるペットとしてウサギも注目を集めました。はっきりとした統計調査は今のところ出されていませんが、飼育頭数も増えたのではないでしょうか。今、ウサギ用の安心できるフード、栄養学的に信頼できるエビデンスに基づいたフードの開発がますます求められていると感じます。

イヌやネコに比べるとまだまだ飼育頭数が少ないウサギ。ウサギの食の安全が守られるようになるためには、ウサギの権利そのものを向上を目指すという視点も必要かもしれません。

参考文献
1 Association of American Feed Control Officials (AAFCO). https://www.aafco.org/
2 The European Pet Food Industry: NUTRITIONAL GUIDELINES FOR PET RABBITS. http://www.fediaf.org/self-regulation/nutrition.html
3 愛がん動物用飼料の安全性の確保に関する法律(平成二十年法律第八十三号). https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=420AC0000000083
4 川﨑浄教『ウサギの栄養学(6)ペットフードに関する法律と栄養研究の現状』
5 大野瑞絵『よくわかるウサギの食事と栄養』誠文堂新光社(2019年)


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香川大学 農学部助教 農学博士 現役の研究者としては、日本唯一のウサギ栄養学の研究者 World Rabbit Science Association 会員