人間の栄養学の研究は進んでいますが、ウサギについては、まだまだわからないことがたくさんあります。ウサギの栄養学コラムでは、家庭で飼われるウサギを健康的に長生きさせるため、体のしくみや必要な栄養、食餌についてお伝えします。

現在、主なエサとして与えられているフードは、本来の食性とは異なるものかもしれませんが、野生に近い食餌が必ずしも「ウサギの長生き」にとってベストとは限りません。
だからこそ、栄養学の基礎はもちろん、最新の研究までを知る必要があると考えています。

第3回のテーマは「繊維」。飼いウサギの主食である牧草は、手触りもかたい繊維質で人間にはとても食べられそうにありません。でも、ウサギにとっては非常に重要な栄養素なんです。
今回は、繊維質とはどういうものか、ウサギの体内でどのような働きをするのかについて、わかりやすくご紹介します。

繊維って何だろう?

繊維質とは、炭水化物のうち、動物がもつ消化酵素では分解できず、小腸で吸収できない物質のことです。
なお、似たような意味の言葉で「食物繊維」がよく知られていますが、これはヒトの食べ物に対して使うもの。動物の飼料では、食物繊維という表現はあまり使用しません。栄養素説明ーウサギの栄養学(3)不足は禁物!ウサギに繊維が欠かせない理由
食べたものは、そのまま栄養として体内で利用できるわけではありません。例えばヒトの場合、主食となるご飯・パン・麺などには多量の「でんぷん」が含まれますが、でんぷんは消化により「糖類」に分解されることではじめて、体が利用できる形になるのです。

この消化の役割をになうのが消化酵素で、唾液や胃液・膵液などに含まれます。

ところが繊維質の場合、ヒトやウサギを含むほとんどの動物が、分解するための消化酵素を分泌できません。したがって、消化管を通り抜けても吸収できないというわけです。

繊維は大きく、水溶性と不溶性の2タイプに分けられる

繊維質は「水に溶けるか溶けないか」という特徴から、「水溶性繊維」「不溶性繊維」の2グループに分けられます。
一つの野菜に水溶性と不溶性のどちらかしか含まれないということはなく、通常、両方の繊維質が含まれます。ヒトでもウサギでも、水溶性と不溶性、両方をバランスよく摂取することが大切です。

なお、ウサギに与えられることの多い葉物野菜には、水溶性繊維よりも不溶性繊維が多いように見受けられます。
食物繊維の量ーウサギの栄養学(3)不足は禁物!ウサギに繊維が欠かせない理由

「粗繊維」とは主に、「不溶性の繊維質」のこと

ところで、ウサギのフードのパッケージにはよく「粗繊維◯%」と書かれていますよね。「粗繊維」は「繊維質」と同じ意味ではなく、フードに含まれる繊維質のうち、不溶性繊維のみを大まかに測ったものです。

これは、粗繊維の測定方法と関係があります。詳しくは第5回のコラムでご説明していますが、粗繊維の測定はかなり簡略化すると、以下のような工程で行われます。
粗繊維測定方法ーウサギの栄養学(3)不足は禁物!ウサギに繊維が欠かせない理由
この方法では、水に溶けてしまう水溶性繊維の量は測れず、さらに、不溶性繊維の一部も失われてしまいます。つまり、粗繊維として表記されている量は、実は、含まれている繊維質の一部でしかないのです。

「粗」という字には「おおざっぱな」という意味があります。粗繊維はまさに「繊維質がどの程度含まれているかのざっくりとした目安」として考えるのが適切です。

ちなみに、ペットフードの成分表示に「粗繊維」が採用されているのは、飼料についての法律でそう定められているからです。含まれる繊維の全量を測定するのは大変な手間がかかるので、ペットフードでは普通やりません。

吸収できない繊維質だけど、ヒトでは「第6の栄養素」に

繊維質は、消化酵素で分解できず、吸収できないものとご紹介しました。つまり、食べたものが体内を通り抜けてそのまま排泄される、ということになります。ですが、繊維は不要かというと、そんなことはありません。繊維は、ヒトでは「第6の栄養素」と呼ばれるほど重視されています。

繊維質が「6番目」になった理由

エネルギー源になる栄養素として、タンパク質・糖質・脂質があり、これらを3大栄養素といいます。ここに、ビタミン・ミネラルを加えたものが5大栄養素です。栄養素説明ーウサギの栄養学(3)不足は禁物!ウサギに繊維が欠かせない理由繊維質が5大栄養素に含まれないのは、当時、繊維質はあまり大切な栄養だと認識されていなかったから。「便通をよくする」程度の働きしかないと考えられていた時代もあったくらいです。

しかし、研究が進むにつれて、繊維質には「有害な物質を体外に排出する」「腸内の善玉菌を増殖させる」といった働きがあることがわかってきました。生活習慣病の予防にも役立つことが明らかになったため、上記5つに加えるべき大切な栄養素という認識が広がり、「第6の栄養素」と呼ばれるようになったのです。

このように、ヒトでは重要な役割をになう繊維質ですが、ウサギの食餌においても非常に大切で「不足したらヒト以上に深刻」なんです。

ウサギにとって繊維質はなぜ大切?

食餌中の繊維質がウサギにとって重要な理由は、繊維質不足が、ウサギの消化管トラブルの中でも頻度が高い「うっ滞」を招く可能性があるからです。

ウサギが気をつけたい「うっ滞」はなぜ起こる?

うっ滞を起こすと、消化管の動きが悪くなることでガスが溜まる、糞が小さくなる・食べなくなり元気がない、などの症状が出ます。

うっ滞の原因の1つは、繊維質の不足だと考えられています。ヒトでも、食物繊維が足りないと便秘になることが知られていますよね。ヒトでは「たかが便秘」かもしれませんが、常に消化管が動き続けているのが当たり前のウサギにとって、ウンチが出ないのは一大事。わずかな異変であっても、気づいたらすぐに対応しないと、命に関わることもあるほどです。にんじんとウサギーウサギの栄養学(3)不足は禁物!ウサギに繊維が欠かせない理由

豊富な繊維質はウサギのうっ滞を防ぐ

「うっ滞予防には繊維が多いエサがいい」のは皆さんご存知かもしれませんが、繊維質の量が消化管の動きにどの程度、影響を与えるか知る機会はほとんどありません。そこで今回は、実際の数値をお見せしながらご説明しましょう。

まず、「消化管内容物平均滞留時間」からご紹介します。

消化管内容物平均滞留時間ってなに?

消化管内容物平均滞留時間(以下、「滞留時間」)とは、食べたものが消化管内に留まる時間のことです。

ウサギが食べたものは消化管内を移動していき、攪拌、消化、微生物発酵、吸収などを経て、最終的に糞として排泄されます。この過程にかかる時間が、滞留時間です。

大人のウサギ(体重約2kg)の滞留時間は約18時間で、そのうち約60%が発酵槽である盲腸(※)にとどまる時間と言われています。

※ウサギの盲腸の働きについては第1回で詳しくご説明しています。

セルロース(ほぼ消化できない繊維質)の含有量が1/2になると、滞留時間は1.7倍に

滞留時間を比べることで、繊維質の量が消化管の動きにどのような影響を与えるのか調べた実験をご紹介しましょう。

ウサギに与える飼料に含まれる繊維(セルロース)の量を調整して、滞留時間を測定しました。セルロースは、ウサギにとって繊維質のなかでも消化がほぼ不可能なものです。

セルロース含有量を20%(R1)、15%(R2)、10%(R3)にした3種類の飼料で、滞留時間は以下の図のようになり、滞留時間は食餌中の繊維含有量の影響を受けることが数値からも明らかになったのです。繊維の量がウサギに及ぼす影響ーウサギの栄養学(3)不足は禁物!ウサギに繊維が欠かせない理由

また、若齢ウサギの死亡率を調査した研究では、消化しにくい繊維質の含有率が12%以下の食餌を与えると大幅に死亡率が上がったそうです。

食餌に含まれる繊維質が減るということは、その分、他の成分が増えているということ。特に、デンプンや脂肪が増加している場合、ウサギの盲腸内で悪い微生物を増殖させるとの報告もあります。
滞留時間が長くなることにくわえ、腸内環境が悪化することも相まって、ますますうっ滞へのリスクが上がってしまうのです。

ウサギにとって繊維がいかに大切か、このことからもよくわかりますね。

実験は地道でハード~ウサギにべったり張り付き、ひたすら糞を拾い続ける日々~

せっかくなので、滞留時間の測定方法についてもご紹介します。

滞留時間の測定は、反芻動物の栄養生理を解明するためにかなり昔から実施されてきました。この測定、個人的には、数ある実験の中でも最もハードだと思っています。というのも、対象動物を24時間見守って、糞をひたすら採取し続けなければならないからです。

ウサギでよく用いられる方法は、食べ物と同じように消化管内を移動すると考えられるマーカー(後で分析可能な植物粉末等)を食べさせた後、約1週間、糞を回収するやり方です。

例えば、実験初日の朝9時にマーカーを与えてから初めの6時間は1時間おきに、その後は翌日の朝9時まで2時間おきに、さらに次の日の朝9時まで4時間おきに、そしてその後はマーカーが糞中に出てこなくなるまで6時間おきに糞を回収し続けます。
回収の間隔がだんだんと長くなるのは、検出されるマーカーの量が少なくなってくるから。とはいえ、全くでなくなるまでは回収を続けます。
滞留時間測定実験ーウサギの栄養学(3)不足は禁物!ウサギに繊維が欠かせない理由
ここまででもかなり大変ですが、実験はもちろん、糞を集めるだけでは終わりません。各時間別に集まった大量の糞中に含まれるマーカーの濃度を分析し、最終的には計算式で滞留時間を求めます。

このように、滞留時間の測定は、糞が乾燥していて回収しやすいウサギでさえ相当な労力がかかるので、最近はあまり行われなくなっています。しかし、消化管内容物の移行に関する情報は、消化管の運動生理と栄養との関係を説明するうえでとても大切です。

動物栄養学の分野では、正確なデータを得るための実験が欠かせません。手間はもちろん、費用も時間もかかり、それらをねん出するのもけっこう大変なんです。

今回は、繊維質が消化管内容物の流れに大きく影響していることをご紹介しました。ウサギが生きていくためには欠かせない繊維。正しく知れば、繊維質の豊富な牧草を食べることがいかに重要か、お分かりいただけたのではないでしょうか。

ウサギの健康的な生活のために、日々研究は続きます。既存研究だけでなく、新たな研究にもアンテナを張り、みなさんにお伝えしていきます。

参考文献
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香川大学 農学部助教 農学博士 現役の研究者としては、日本唯一のウサギ栄養学の研究者 World Rabbit Science Association 会員