人間の栄養学の研究は進んでいますが、ウサギについては、まだまだわからないことがたくさんあります。ウサギの栄養学コラムでは、家庭で飼われるウサギを健康的に長生きさせるため、体のしくみや必要な栄養、食餌についてお伝えします。

現在、主なエサとして与えられているフードは、本来の食性とは異なるものかもしれませんが、野生に近い食餌が必ずしも「ウサギの長生き」にとってベストとは限りません。
だからこそ、栄養学の基礎はもちろん、最新の研究までを知る必要があると考えています。

第8回に続き、ウサギとデンプンの関係を詳しくお伝えします。今回は、一歩踏み込んで「デンプンの消化率」を掘り下げて考えてみたいと思います。
ニンジンとうさぎ ウサギの栄養学(9)ウサギとデンプン〜ポイントは「消化率」(後編)

消化率98%以上!デンプンを無駄にしないウサギの消化システム

ウサギはデンプンの消化率が非常に高い動物です。
デンプンはウサギの体内に入るとほぼ完全に消化され、糞便中への排泄率はふつう、摂取量のわずか2%未満です

ウサギが他の栄養素をどのくらい消化できるか比較してみると、デンプンの消化率がいかに高いか分かります。
ペットのウサギの場合、ほとんどの成分の消化率は65〜85%程度。さらに、主要なエネルギー源である繊維質に至っては、消化率が20%を切ることも珍しくありません。(関連コラム:第5回

ウサギのデンプン消化率が高いのは、少量しか摂取できないデンプンを無駄にせず、できるだけ取り込むためだと考えられます。

第8回でご説明した通り、自然界のウサギは基本的に、デンプンが主成分である果実や根菜を積極的に摂取することはありません。
食物連鎖の最底辺に位置し常に捕食者に狙われるウサギにとって、獲得に手間がかかる果実や根菜を栄養源にするのは現実的ではないからでしょう。だから、植物の穂や茎、葉の部分に含まれるデンプンはごく少量とはいえ、ウサギにとって貴重な「消化しやすい糖類」なのです。

ウサギのデンプン消化率に関わる要素

本来は摂取したデンプンのほとんどを消化できるウサギですが、デンプンの消化率が低下する場合があります

デンプンがどの植物に由来するかによって、消化率が異なることは前回ご紹介しました。この他にも影響を与える要素として、ウサギの年齢やペレットに添加される消化酵素、飼料の製造工程などが考えられています。
実際のところ、これらがどの程度、消化率に影響するのか見て行きましょう。
ジャガイモ ウサギの栄養学(9)ウサギとデンプン〜ポイントは「消化率」(後編)

(1)ウサギの年齢

動物の消化能力は成長とともに発達します。しかし、子ウサギではデンプン消化率が低いのかというと、実はそうでもありません。

大人のウサギの場合、餌料の種類により若干の差はあるものの、糞として排出される時点でほぼ99%が消化されます。一方、成長期のウサギもデンプンの消化率は98%以上と、大人と大差ないことが明らかになっています。
なお、トウモロコシを与えた場合は35日齢時点で90%以上、11週齢で95%という結果もありますが、年齢は基本的にデンプン消化率にさほど影響を与えないと言えるでしょう。

(2)ペレットに添加する消化酵素

デンプンを糖に分解するアミラーゼは、唾液にも含まれる消化酵素です。このアミラーゼが添加されたラビットフード(ペレット)がありますが、添加しない場合と比べて、デンプンの消化率は上がるのでしょうか?

アミラーゼは、胃酸と同じpH2〜3の環境に30分ほど置くと、酵素としての働きが無くなることが分かっています。つまり、フードに添加したアミラーゼが働けるのは、口から胃に到達するまでのわずかな間のみ。

もともと唾液にはアミラーゼが含まれていますし、第8回でご紹介した通り、ウサギは胃の中でもアミラーゼによるデンプンの消化が続いていると考えられています。さらに小腸では、すい臓で作られた別のアミラーゼが消化を助けます。
ペレットに添加されたアミラーゼの働きは、体全体のデンプン消化作用のごく一部で、総合的に考えると消化率向上につながるほど大きな働きは期待できないと思われます。

(3)飼料の状態(作り方)

飼料の製造工程によっては、デンプン消化率に影響を与えます。収穫された状態に近い「粒のまま」といった未処理なものほど、デンプンの消化率は低くなります。
トウモロコシ ウサギの栄養学(9)ウサギとデンプン〜ポイントは「消化率」(後編)

ヒトでも、ゴマや雑穀などを粒のまま食べると消化率が下がります。粒のままだと硬い殻に覆われていて、中にあるデンプンの消化に取りかかる前に、排出されてしまうからです。
ウサギの場合も大きな粒では咀嚼しても完全には潰しきれず、消化率が下がってしまうので、餌に配合する際は、適度な大きさに粉砕したほうがよさそうです。

(4)デンプンの摂取量

ここまで見てきた3つよりも、デンプンの消化率を大きく低下させるものがあります。それはデンプンの大量摂取です

ウサギの体は、常時少しずつ入ってくるデンプンを余すことなく丁寧に処理するようにできています。そのような仕組みを持つウサギがデンプンを大量に摂取すると消化管の処理能力を上回ってしまい、消化できないデンプンが出てくるのです
場合によっては摂取したデンプンの10%近くが糞便中に排泄されます。普段の排泄率が2%未満であることを考えると、消化率の低下は明らかですね。

消化できないほど大量のデンプンを摂取したウサギの体内では問題が起こります。それが「デンプン減退」です。

デンプンの消化率が低下すると「繊維質の消化率」まで低下する!

未消化のデンプンが盲腸にある微生物の棲む発酵槽へ多量に流れ込むと、今度は、繊維の消化率が低下します。これをデンプン減退と言います。ウシをはじめとした反芻を行う草食動物で見られる現象で、これがウサギにも起こるのです。

デンプンの多量摂取によって、なぜ繊維質の消化率が低下するのでしょうか? 順番に見て行くとその仕組みがわかります。

繊維質を消化する微生物が働きにくくなる「デンプン減退」

ウサギが摂取したデンプンは、口、胃、小腸と順に消化され糖へと分解されます。デンプンは小腸を通過した時点で90%以上が消化・吸収されており、その「残り」が盲腸で処理されます。つまり、通常なら盲腸で処理されるデンプンの量はごくわずかです。
正常な状態図 ウサギの栄養学(9)ウサギとデンプン〜ポイントは「消化率」(後編)

しかし、デンプンを大量に摂取し、その消化率が低下すると、小腸で消化しきれなかった多量のデンプンが盲腸に流れ込みます
デンプン大量摂取図 ウサギの栄養学(9)ウサギとデンプン〜ポイントは「消化率」(後編)

ウサギの盲腸が担う大切な役割は、繊維質の分解です。棲まわせている微生物の力を借りてウサギが自力では消化できない繊維質を、吸収できる形にしています

そんな盲腸にデンプンが入ってくると、微生物はデンプンを分解、その結果、乳酸が発生します。ここで問題になるのは、乳酸による盲腸内のph低下です。盲腸は微生物にとって快適な中性の環境でなければなりませんが、乳酸は盲腸内を酸性に傾けてしまうのです。

多量のデンプンが盲腸に流れ込めば、多量の乳酸が発生します。こうなると、盲腸内は酸性になるので微生物の働きが弱まってしまい、結果として繊維を消化するという本来の働きが十分にできなくなってしまうのです

繊維の消化率が下がると、うっ滞になることも

繊維の消化率低下で起こる問題は、盲腸内に入った繊維を分解しきれず、盲腸に詰まらせてしまうことです。さらに、盲腸の細菌叢のバランスが崩れてガスが異常発生することも。こうして、ウサギが最も気をつけたいトラブルの1つ「うっ滞」に繋がってしまうのです。

ウシでも命を落とすこともあるデンプン減退

デンプン減退はウサギだけではなく、草食動物にとって命取りになりえます。身体の大きなウシですら例外ではありません。
ウシ ウサギの栄養学(9)ウサギとデンプン〜ポイントは「消化率」(後編)

ウシは、デンプン減退に対処する仕組みを備えています。発酵槽(胃)のphが低下して酸性に傾いた場合、アルカリ性の唾液を分泌して正常に戻せるのです。唾液には、重炭酸ナトリウム(いわゆる重曹)やりん酸塩が含まれ、ph8.5前後のアルカリ性です。この唾液を使って、ウシは発酵槽のphを中性に保ちます。

しかし、唾液での中和が間に合わないほど多量のデンプンを与えると、胃での異常発酵が進み、発生したガスで胃が破裂し死に至ります。体が大きく、唾液という中和システムを持っているウシですらデンプンの過剰摂取は致命的なのです。

ウサギにはこのような仕組みは備わっておらず、デンプン減退におちいった場合、自力でリカバーする手段がありません。デンプンの過剰摂取には飼い主さんがよく気をつけてあげないといけないのです

デンプンは何よりも「与えすぎ」に気をつけたい

消化しやすい糖類であるデンプンは、動物にとって魅力的な栄養素。ウシも、牧草100%よりは「トウモロコシ」などデンプンが豊富なエサが好きで、農家さんはデンプンの量に気をつけています。

ウシもウサギも、自然界で生きていればデンプンの過剰摂取は起こり得ませんが、人間がエサを与える飼育下ではそうは行きません。扱いやすくするため、栄養価を高めるため、食いつきをよくするため、さまざまな理由でフードや飼料にデンプンが添加されます。
自然界では貴重な栄養源になっているデンプンですが、飼育下にある草食動物は常に、「摂りすぎ」と背中合わせなのです

デンプン過剰摂取を避けるにはフードはどう選べばいい?

フードやおやつの選び方・与え方によっては、飼いウサギのデンプン摂取量は時に、自然界のウサギではありえないほど大量になります。フード選びの際に飼い主さんが心がけるべきは、パッケージに書かれた原材料の確認です。

デンプンの「使用量」は通常、記載がありませんが、原材料の欄は基本的に、含有量が多い順に表示されています。(関連コラム:第6回) 小麦粉などのデンプン成分が3番目以内に記載されているフードはデンプン含有率が高いことを意味しますので、避けた方が無難です。
小麦粉 ウサギの栄養学(9)ウサギとデンプン〜ポイントは「消化率」(後編)

ただし、牧草が95%で小麦粉が5%といった場合では、小麦粉の含有量が低くても小麦粉が上位に記載されることになります。ペットフードの表示は人間用の食品ほど厳格ではないので、心配であれば、製造メーカーに問い合わせるとよいでしょう。

グルテンとデンプン、ウサギが避けるべきはどっち?

ところで最近、「グルテンフリー」のラビットフードを見かけます。フードのつなぎに使用されることが多いのは小麦粉ですが、小麦粉を避けることで、小麦粉由来のタンパク質「グルテン」を含まないようにしたフードです。

グルテンフリーは本来、グルテンアレルギーの人たちのための食事療法でした。しかし、グルテンフリーの食生活でさまざまな健康効果が得られたという話が広まり、ここ数年間で広く認知されるようになったのです。

実は、グルテンフリーがウサギにとって「良いこと」なのかは、科学的にははっきりしていません。人間で流行ったから、きっとウサギにも良いだろうとの考えで、フードにも取り入れられたのが実情だと思います。

ちょっと紛らわしいのですが、グルテンフリーだからと言って、デンプンの含有量も少ないとは限りません。小麦粉を使わない代わりに、タピオカデンプンなどを添加するケースもよく見かけますが、こうなるとデンプンの種類が変わっただけで、トータルのデンプン含有量は同じです。

グルテンフリーがウサギに与える健康効果についてのエビデンスは不明な一方で、デンプンの大量摂取はデンプン減退を招き、明らかに悪影響を及ぼします。ウサギの健康維持のためには、グルテンフリーかどうかよりもデンプンの含有量に着目しましょう

たっぷりの牧草を食餌の基本に、上手にデンプンとつきあおう

草を食べるうさぎ ウサギの栄養学(9)ウサギとデンプン〜ポイントは「消化率」(後編)
2回にわたってご紹介したウサギとデンプンの関係。デンプンは一口に「悪いもの」というわけではなく、ウサギの体は、デンプンを余すことなく利用する素晴らしい仕組みを備えていることがわかります。

ただし、このデンプン消化システムが健全に機能するのは、デンプンがほとんど含まれていない栄養価の低い植物を摂取している時のみ。自然界で生きるウサギとは食餌事情が大きく違うのが飼いウサギの生活です。デンプン過多におちいらないよう、フードの選び方・与え方に注意するとともに、食餌のメインは牧草であることを忘れないであげてください。

参考文献
[1]Blas, E., Gidenne, T. 2020. Digestion of Sugars and Starch. In: Nutrition of the Rabbit, 3rd Edition. CAB International, pp. 21-40.
[2]川﨑浄教 著『ウサギの栄養学(9) デンプン消化に影響する要因


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香川大学 農学部助教 農学博士 現役の研究者としては、日本唯一のウサギ栄養学の研究者 World Rabbit Science Association 会員