人間の栄養学の研究は進んでいますが、ウサギについては、まだまだわからないことがたくさんあります。ウサギの栄養学コラムでは、家庭で飼われるウサギを健康的に長生きさせるため、体のしくみや必要な栄養、食餌についてお伝えします。
現在、主なエサとして与えられているフードは、本来の食性とは異なるものかもしれませんが、野生に近い食餌が必ずしも「ウサギの長生き」にとってベストとは限りません。
だからこそ、栄養学の基礎はもちろん、最新の研究までを知る必要があると考えています。
飼いウサギの栄養摂取について考えるとき、参考になるのが野生のウサギの食生活です。私は近年、アマミノクロウサギの研究をしています。その過程で、飼いウサギと同種のアナウサギや、ノウサギについての情報も得ています。
今回は野生のアナウサギやアマミノクロウサギの食性を参考に、飼いウサギの栄養摂取について考えます。
目次
「アマミノクロウサギ」と「アナウサギ」の関係
ペットのウサギは、スペインやフランスなどに生息していたヨーロッパアナウサギを家畜化した動物です。
日本に生息する「野生のウサギ」というと、思い浮かべるのは野ウサギかもしれません。飼いウサギと比べると、足の筋肉がしっかりとしていて、耳も大きく、全体的にがっしりしています。英語では、野ウサギはHare、アナウサギはRabbitと区別されています。
野ウサギもアナウサギも、どちらも「ウサギ」ですが、分類すると、人間とゴリラくらいの差があるんですよ。アナウサギは穴を掘って暮らし、穴の中で産まれた子は目が見えず、毛も生えていません。対して野ウサギは、草原で暮らし、産まれた子はすぐに歩き回ります。
アナウサギ は、哺乳綱兎形目ウサギ科アナウサギ属、アマミノクロウサギは哺乳綱兎形目ウサギ科アマミノクロウサギ属です。
アマミノクロウサギは分類学では、アマミノクロウサギ属で独立した種類ですが、穴で暮らし、未熟な子を産むという意味では、アナウサギ類であるといえるでしょう。まだ解明されていない部分が多いのですが、アナウサギの生態を知る上では、参照できることも多いと思います。
野生のウサギは何を食べているの?
野生のウサギたちはさまざまな植物を摂取しています。ペットのウサギに人間が与えている牧草は、動物用に栽培されたもの。自然界のウサギが食べている植物とは少し違います。
地域により食べている植物は違う
住む場所が違えば、生えている植物も変わります。ウサギそれぞれの食の好みというよりは、「そこにあるもの」を食べています。
イネ科やシダ植物だけでなく、木の葉や木の実も食べているんですよ。どんな種類かは糞に含まれる葉緑体のDNAを調べるとわかります。
秋冬の植物が乏しい時期は、若い木の芽や木の皮、ドングリなどを食べます。食物が少ない時期は食料調達も一苦労。とにかく食べられそうなものを口にして、命をつなぎます。
野生のウサギによる食害
アマミノクロウサギは、柑橘類の木の皮を好んで食べます。アマミノクロウサギが生息する奄美大島や徳之島の農家さんの「困っている」という声をよく聞きます。何年もかけて育てた木もウサギにかじられると弱り、最悪の場合、枯れてしまうんですよ。
特別天然記念物・種の保存法対象種であるアマミノクロウサギ。人間とウサギの共生のために、農家さんは苗木一本一本に柵を設けて対策をしています。植えたばかりの若い木は、皮が柔らかくみずみずしいせいか、よくかじられてダメになってしまうそうです。ウサギも樹木も大切に守っているんですね。
また山に住んでいるアマミノクロウサギはどんぐりの一種、スダジイを食べることが分かっています。基本的にはあるものを食べていますが、その中でも特に好きな植物があるんでしょうね。
アナウサギによる食害
アナウサギによる食害は、オーストラリアの事例が有名です。もともと生息していなかった地域ですが、持ち込まれたウサギが大繁殖、穴を掘って畑の作物をだめにしてしまったのです。その被害額は莫大で、ウサギの飼育自体が禁じられている州があるほどです。また、ウサギが苗木を食べてしまうので木が育ちません。そこで育まれるはずだった他の動植物の命への影響も計り知れず、本来の生態系を破壊しています。
日本でアナウサギが野生化しているのは大久野島です。近年では観光客の給餌により大繁殖し、問題になっています。外敵が少なく、過ごしやすい条件が整えば、ウサギは驚くべきスピードで増えてしまうのです。
ウサギは地面を掘り返してまでエサを探すことはない
樹木の皮がウサギに食べられてしまう食害のお話をしましたが、「畑に育つレンコンや大根、ジャガイモ、ニンジンなどのように地下になる野菜も食べてしまうんですか?」と質問を受けました。
口の構造上、ウサギは大きな口をあけてかぶりつけない
乾燥した牧草をすりつぶせるほど歯の力が強いウサギ。牧草や葉っぱのように平たいものは、臼歯ですりつぶして食べられます。また、木の皮は前歯でこそげ取るようにして食べます。
しかし、大口を開けてガブリとかぶりつくことはできません。口の構造上、厚みのあるものは食べられないんです。
あくびの時は大きく開口するので、開かないわけではないのですが、かじり取る動作であごにかかる負荷に耐えうるようには、できていないのかもしれませんね。
ウサギは地面の下に埋まっているものを掘り返すことはない
そもそも、ウサギが土を掘り返して、わざわざ埋まっている根菜や根の部分を食べるのかというと疑問です。
飼いウサギと同種であるアナウサギの手は、穴を掘るのには適していますが、モノを「つかむ」「持つ」という動作は上手にできませんから、せっかく掘っても穴が深ければ、掘り出したエサを持ち上げられないんです。
さつまいもはイノシシに狙われよく食べられてしまいますが、ウサギにやられたという話は聞いたことがありません。
研究室で飼っていたウサギにヘイキューブ(アルファルファの粉末を2、3センチ角に固めたもの)を与えてみたことがあるのですが、手で押さえないのでコロコロ転がり、おもちゃで遊んでいるようになってしまって。少しずつしかかじれず、食べるのにずいぶん時間がかかりました。
人間は「ちょっと手で押さえれば楽に食べられるのに」と思いますが、ウサギの前足にはそういう役割はあてられていないのでしょう。
「掘る」には外敵に狙われる危険が付きまとう
また、食料を得るために地面を掘る行為は、外敵に狙われる可能性も高いので選択していないのだと思います。野生のウサギは常に狙われる立場。外敵が少ない時間にサッと外に出て、近くに生えてる草を口にし、素早く食事を済ませたいのでしょう。
ちなみに、ウサギといえばニンジンをかじっている姿を思い浮かべますが、実際は、オレンジの部分より葉っぱの方を良く食べるんですよ。
「ウサギは水を飲まない」は本当?
「ウサギは水を飲まない」と昔は言われていたようですが、それは間違いなんです。確かに野生のウサギは飲水できなくても生きていけるのですが、それはエサとしている植物に豊富に水分が含まれているからです。
乾燥した牧草を主食としている飼いウサギは、エサの他にたっぷりの水が必要です。昔、小学校で外飼いされていたウサギには水分がたっぷり含まれたキャベツやニンジンなどの野菜くずが与えられていましたので、水分を欲する量は少なかったのかもしれませんね。「水を飲まない」というのはその頃の名残なのでしょう。
野生のウサギは乾燥した草は好まない
いつでも水が飲める飼いウサギは、乾燥した牧草をたくさん食べてくれますが、野生のウサギに乾燥した草を与えても食べません。
ケガで保護されたアマミノクロウサギでの例ではありますが、乾燥した牧草やペレットを与えても、一切、口にしませんでした。
特に警戒心が強い野生のウサギは、食べたことのない食べ物は口に入れないようです。冬のエサが少ない時期でも、やはり枯草は食べず、水分を含んだ木の葉や木の実を好んで食べています。
飼いウサギは幼い頃から牧草やペレットを与えられています。また、母ウサギが食べている姿も見ているので、抵抗なく食べるのだと思います。
ウサギに与える牧草の種類を変えようとして、苦労した経験をお持ちの飼い主さんもいると思いますが、ウサギの警戒心が強いのは、少しでも長く生きるための生存戦略です。警戒心が強いなら、それは褒めるべき点ですね。
草食動物のウサギが、動物性たんぱく質を摂取したらどうなるの?
野生のウサギがうっかり口にしてしまう草についている虫。飼いウサギではほかの動物用のエサや人間の食べこぼしを食べてしまうかもしれません。ウサギが動物性たんぱく質を摂るとどうなるのでしょうか?
草食動物は、植物食に適した消化管を備えています。しかし、ウサギは出産後に自分の胎盤を食べてしまうんです。ウシも同じ行動をとります。ウサギの体の消化管は植物専用に作られてはいますが、少しくらいなら、なにかの拍子に動物性たんぱく質を摂取してしまっても心配いりません。
もちろんエサとして、ツナ缶やステーキ肉のみを与えるといった食事は、うさぎ本来の食性ではないので、NG。栄養学的にも動物福祉的にも、よくありません。
飼いウサギに与える牧草は外国産 国産のワラをエサにしてもいいの?
人間の食べ物では「安心のために国産を選ぶ」とこだわりを持つ人もいます。でも、ウサギの場合、国産の牧草はなかなか手に入りません。代わりに稲ワラを与えるのはどうかな?と考える飼い主さんがいるかもしれませんね。
ワラはヒトの食糧の副産物 動物用に育てられた牧草とは栄養価が違う
まず、ワラと牧草の違いについてお話しします。ワラはみなさんご存知の通り、米を栽培し、穂の部分を採った後の残りです。それに対し、牧草は家畜に与える目的で栽培された植物です。ワラには残っていない穂の部分ももちろん入っています。
英語だとワラはStrawで、牧草はHayです。ワラ(Straw)は、あくまでヒトの食糧の副産物、米や麦などの人が食べる穂の部分は含まれません。
牧草(Hay)はイネ科植物だけでなく、マメ科のアルファルファも該当し、Hayと表すときは、穂の部分も含まれます。
ウサギはワラを好まず、消化率も低い
飼育下にあるウサギにワラを与えれば多少は食べるかもしれません。しかし、他に牧草やペレットが十分にある環境なら、わざわざワラを食べないでしょう。
ウシのような反芻動物でも、Strawから消化できるエネルギーは40%程度、Hayの60%と比べるとずいぶん消化できる割合が少なくなってしまいます。
ウサギでのデータはありませんが、同様である可能性が高いので、ワラのみを与えるのは、良くないでしょう。「外国産=危険」ではありませんし、やはりウサギには動物用の牧草を与えたほうがいいですね。
天敵の多い野生のウサギもずっと食べ続けているの?
「牧草は食べ放題に」とよく言われます。以前、ウサギは腸を動かし続けるため食事に多くの時間を費やす、とお話ししました。野生のウサギは、のんびり食べ続けていると天敵に襲われる可能性がありますが、どうしているのでしょうか?
野生のウサギは長生きできない 野生下での栄養不足が飼いウサギとの平均寿命の開きの一因
野生のウサギは餌を充分に摂取できなかったり、天敵に捕食されたりするので、平均寿命は2~3年、場合によってはより短命であると考えられます。
飼いウサギの平均寿命が7~8年と長いのは、足りない栄養素を補うペレットと、食べ放題にしている牧草のおかげでしょう。気が向いたときに安全に食料を得られる環境はウサギを長生きさせます。常に腸を動かせばウサギに多いうっ滞予防になりますし、それに起因する病気を防げます。
ウサギなのに夜にしか糞をしないアマミノクロウサギの不思議な生態
アナウサギ類であるアマミノクロウサギを対象とした調査をしたところ、夜18時〜翌朝5時以外の明るい時間帯は、植物を口にせず、ずっと巣穴に閉じこもっていました。
外敵に捕食されないように巣穴にいるのでしょう。じっとしている時間が長いのですが、その間、食糞を定期的に行っています。これはアマミノクロウサギ特有の行動かもしれませんが、巣穴内には一切糞が残っていないんです。巣穴に糞をしたとしても、捨てるはずの硬糞も含めて、すべて食べているのかもしれません。
またアマミノクロウサギは夜間、人間のように長い時間一か所にとどまり、30~40粒ほどの硬糞をします。この排泄行動を夜間に2、3回繰り返すのです。
一回の排便時間は10分~30分、敵の気配を感じるとすぐに隠れます。外来種で天敵のマングースが人間の手により駆除された影響か、最近、発見されるアマミノクロウサギの糞の量が増えています。以前より落ち着いて排便できているのかもしれませんね。
昼間に、一切排便をしないようにみえるアマミノクロウサギ。飼いウサギだったらすぐにうっ滞を起こし体調を崩してしまうでしょう。便意をどのようにコントロールしているか?軟糞だけでなく硬糞も食べているのか?など、未解明な部分が多く、興味深い動物です。
警戒心が強いわりに、巣穴の入り口が大きく、掘り方もおおざっぱ。そういうところも魅力的ではあるんですけどね。
野生のウサギを知ると見えてくる ウサギの長生きのための栄養摂取
自然界で生きるウサギは種ごとそれぞれに進化を遂げています。しかし、野生のウサギの寿命は2~3年。飼いウサギは7~8年と平均寿命が延びていますし、15年生きる個体がいるほどです。
野生のウサギと飼いウサギの寿命の差は、栄養状態が大きく影響を及ぼしているのは間違いありません。ウサギは栄養状態をよくすれば、その寿命を大きく延ばせるのです。
せっかく家族となったウサギに健康で長生きしてもらいたいのは、みなさん同じです。今後もウサギの栄養に関する情報を発信していきます。
参考文献
山田文雄『ウサギ学ー隠れることと逃げることの生物学』.東京大学出版会. 2017年.
Lebas F., and Gidenne T. Feeding behaviour in rabbits. III International Rabbit Production Symposium, Villareal (Portugal); 2 Novembre 2005.
Feedipedia – Animal Feed Resources Information System – INRAE CIRAD AFZ and FAO. (https://www.feedipedia.org/)
「野生化したカイウサギの生態や問題」 山田文雄 / 中国四国地方環境事務所
http://chushikoku.env.go.jp/QA2.pdf
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