※当コラムは斉藤先生の臨床経験をもとに、ウサギの医学書や論文など専門的な文献を参照して執筆しています。ウサギと暮らす飼い主さんに有益で正確な情報の発信に努めていますが、記載内容は執筆時点での情報であること、すべてのケースに当てはまるわけではないことをご理解願います。

こんにちは。うさぎの環境エンリッチメント協会専務理事の橋爪です。ウサギの最新の飼育方法を発信しているウェブマガジン「うさぎタイムズ」の編集長や、うさぎ専門「ラビット・リンク」のオーナーをしています。 プライベートでも5頭(3男2女)のウサギさんと暮らしています。

ウサギの診療実績が年間4,000件と豊富なご経験をお持ちの斉藤動物病院の院長・斉藤将之先生にお話を伺うこちらのコラム。
診察室ではなかなか聞けないお話や、ウサギを診る獣医師の本音などお話ししていただきます。

第22回のテーマは、女の子ウサギの飼い主さんにぜひ知っていただきたい「子宮内膜過形成」です。ウサギの子宮内膜ーウサギ専門医に聞く(22)子宮内膜過形成は一大事!命に関わる緊急事態を防ぐには

ウサギの子宮内膜過形成ってどんな病気?

子宮内膜は、子宮の内側の壁をおおう粘膜状の組織です。子宮の内側をふかふかと柔らかい状態にし、そこに受精卵がもぐりこむことで妊娠が始まります。子宮内膜は、赤ちゃんが育つためのベッドのようなものです。
この子宮内膜が、何らかの原因で異常に厚くなるのが「子宮内膜過形成」です。

女性なら「子宮内膜症」の名前を耳にしたことのある人も多いと思いますが、「子宮内膜過形成」と「子宮内膜症」は別の病気。また、子宮内膜の疾患は人間とウサギでは事情がかなり異なるのだと言います。

斉藤「子宮内膜が分厚くなると、子宮が全体的に膨らみます。ただ、子宮癌とは違い、内膜過形成は子宮外に転移したり、それ自体が全身に悪影響を及ぼしたりするものではありません」

あまり心配いらないのかと思いきや、決して楽観視できる病気ではないのだそうです。

斉藤「子宮内膜過形成で問題になるのは、突然の出血です。厚くなった内膜は不安定で、ふとした拍子に出血を起こします。出血はごく少量で済むこともありますが、多ければA4の紙の半分が真っ赤に染まるくらい出ます。こうなると緊急事態で、命に関わります」

こちらを見つめる白ウサギーウサギ専門医に聞く(22)子宮内膜過形成は一大事!命に関わる緊急事態を防ぐには

子宮内膜症過形成は罹患率の高さも問題、と斉藤先生は言います。

斉藤「子宮内膜過形成は避妊手術を受けていない女の子のウサギで、非常によくある病気です。感覚としては、子宮出血を起こした子の約半分がこの病気ですね。

当院に来院する子宮出血の患者さんの数は、週に1〜2件。避妊手術を受けている子には起こらない病気ですが、女の子ウサギの多くが避妊手術を受けていることを考えても、この数は“少ない”とは言えません」

メスウサギは生殖可能な年齢を過ぎた頃から、子宮疾患にかかるリスクが年々高まります。1〜2歳では子宮の病気はほとんどありませんが、4歳で約60%、6歳で約80%もの子が、何らかの子宮の病気になるとされています。
避妊手術を受けていない女の子ウサギと暮らす飼い主さんは、子宮疾患にかなり気をつけなければならないんです。

子宮内膜過形成の原因:妊娠・出産をしないまま年齢を重ねるとなりやすい?

ウサギに子宮疾患が多い理由は、ウサギ専門医に聞く(13)避妊手術は受けるべき?子宮疾患を防ぎ寿命を伸ばすには で教えていただきました。子宮内膜過形成も、出産しないままに歳をとっていくことが誘引と考えられているそうです。

斉藤「性成熟を迎えたウサギの体内では性ホルモンが分泌され、妊娠にそなえて子宮内膜を厚くします。ウサギには周期的な発情がありませんから、身体は常に妊娠できる状態をキープしようとするんです。

妊娠・出産すれば、子宮内膜はその都度、剥がれ落ちますが、妊娠・出産の機会がなければ子宮内膜は厚くなった状態のままです。そのまま年齢を重ねるなかで、子宮内膜過形成につながると考えられています」

人間では、妊娠が成立しなければ子宮内膜は脱落し、生理として体外に出されますが、ウサギには生理がありません。出産しない限り、厚くなった子宮内膜がリセットされる機会がないんですね。

ウサギの新生児ーウサギ専門医に聞く(22)子宮内膜過形成は一大事!命に関わる緊急事態を防ぐには

「妊娠・出産を経験すれば子宮内膜過形成を防げる」は本当?

斉藤「子どもを産むことで子宮内膜過形成を予防できるのでは、と考える飼い主さんもいらっしゃいますが、そんなことはありません。

確かに、性ホルモンが分泌され続ける状況下でずっと妊娠も出産もしないことは、ホルモンバランスの不均衡を招き、子宮疾患につながると考えられています。しかし、だからと言って、生涯で一度や二度、子どもを産んでも子宮の病気を防げるわけではありません。

確実な予防には、ホルモンを分泌する卵巣と、ホルモンが作用する器官である子宮を前もって取り除く避妊手術がベストです」

【子宮内膜過形成の症状】痛くも痒くもないから、出血しない限り気づきにくい

内膜過形成を起こした子宮は全体的に膨らみますが、それ以外の症状に乏しいそうです。

斉藤「子宮癌のように一部だけがポッコリと大きくなるわけではないので、他の臓器をそれほど強く圧迫することはありません。出血を起こさない限り、基本的には痛みもないと思います。

つまり、症状らしい症状は出血のみ。おしっこに混じれば血尿となりますが、量が少なければほとんど色もつきませんし、ウサギは正常でも赤〜褐色の尿を出すこともあります。健康診断などで指摘されない限り、飼い主さんが気づきづらい病気です」

怖いのは、少量の出血だから大丈夫とは言えないこと。少しずつでも、ダラダラ続けば貧血になってしまうんだそうです。

斉藤「たとえ今は少ない量しか出ていなくとも、いつ何時、大量出血が起こるかは誰にもわかりません。身体が貧血に耐えられないケースもありますし、ウサギの輸血ができる病院は限られます。大出血が起こってからでは遅いので、その前に対応する必要があります

ちなみに、子宮内膜過形成は放置するとガン化する可能性も指摘されています。基本的に無症状とはいえ、早期に手を打たなければならないのは間違いありません。

子宮内膜過形成を見つけるには?検査方法の手がかりは触診

ウサギの子宮疾患の診察・診断は、腹部を指で触る「触診」で行うことが多いそうです。

手のひらの上のウサギーウサギ専門医に聞く(22)子宮内膜過形成は一大事!命に関わる緊急事態を防ぐには

斉藤「レントゲンでは十分な手がかりが得られないことがほとんどです。
ウサギの子宮は細長く、妊娠していなければ非常に小さいうえ、脂肪がついています。子宮の病変が著しいケースを除けば、子宮の形は腸に埋もれてほとんど映らないのが通常です。

そのため、お腹を触ったときの感触で、子宮の形と大きさを確かめるのが主要な検査方法になってくるんです」

手触りだけを頼りに診察するには、相当な数の症例を経験しなければ難しそうです。

斉藤「その通りです。
触診でしこりが見つかり、子宮ガンをうたがって手術になったけれど、開腹してみたらガンではなく子宮にモコモコと付着していた脂肪だった、という話を聞くこともあります。

子宮内膜過形成と子宮癌は、子宮の膨らみかたにそれぞれ特徴がありますから、かなり進行した子宮癌は触診でも見当がつきます。しかし、病気の初期では、子宮もそれほど大きくないため、触診だけでの確定診断はかなり難易度が高いんです

ウサギの子宮に「何かある」となったら、手術になるケースが多い

斉藤「経膣的に器具を挿入して子宮の組織をとってくるといった検査方法はウサギでは現実的ではありません。ですから、より詳しい検査や確定診断となれば、開腹して子宮を摘出し、組織そのものを調べることになります」

ケージの中の垂れ耳うさぎーウサギ専門医に聞く(22)子宮内膜過形成は一大事!命に関わる緊急事態を防ぐには

斉藤「子宮出血で来院した女の子は、まず、膀胱炎・尿道炎など排尿系統からの出血ではないことを確認します。
子宮からの出血だろう、となったら次は、ガンの可能性を疑い全身を検査をします。画像検査で明らかな転移が見られたり、子宮以外の部位にもしこりがあれば、子宮ガンだろうと推測がつきます。

ですが、外から見てわかるのはそこまで。転移がない子宮ガンというケースもありますが、ガンか内膜過形成か、はっきりさせるには手術で子宮を取り、組織の状態を確かめるしかないというわけです」

子宮内膜過形成を根治するには手術での子宮卵巣摘出術

子宮内膜過形成の治療は基本的に、子宮と卵巣の全摘出だそうです。手術以外の選択肢では治せないのでしょうか?

斉藤ウサギの子宮内膜過形成は、お薬の内服治療では根治が難しい病気です。
もちろん手術をしないことを選ぶ飼い主さんもいらっしゃいますし、止血剤の投与で出血が止まることもあります。

しかし、厚くなった子宮内膜が存在し続ける限り、いつ、再び出血が起こるかわかりませんし、次は大出血になるかもしれません。
根治を目指すなら、手術で子宮を取り除くのが第一選択になります。

当院の場合も、9割近くの子が手術を選びます。高齢にさしかかった子も多いのですが、腎機能などが悪いのでなければ手術は可能です」

手術というと、ためらう気持ちが生まれます。でも、子宮内膜過形成は、大出血を起こす前に子宮摘出すれば完治できる病気です。手術を受けることで、今後、子宮疾患で命を落とすことは無くなると思うと、少し前向きにとらえられるかもしれません。

子宮内膜過形成は予防できる 最も確実な治療は適齢期の避妊手術

斉藤「子宮内膜過形成は、若い頃に避妊手術を受けておくことで確実に防げる病気です。

もちろん、子宮疾患にかからず天寿をまっとうできる子もいますし、子宮内膜過形成になってから手術を受け、元気に回復する子もいます。ですから、“必ず前もって避妊手術を受けておくべき”とまでは言えません。それでも、私個人としてのおすすめは、適齢期(生後6ヶ月〜1才頃)での避妊手術です」

巣の中の複数のウサギーウサギ専門医に聞く(22)子宮内膜過形成は一大事!命に関わる緊急事態を防ぐには

斉藤「繰り返しますが、子宮内膜過形成ではいつ、大出血を起こしてもおかしくありません。それこそ、動物病院での診察が刺激となったのか、受診日の夜に大出血、というケースもあるので、私は触診する際も細心の注意を払います。そのくらいリスクが高いんです。

さらに術者の立場でいえば、高齢の子の子宮内膜過形成の子宮摘出術は、若くて健康な子のオペに比べてハイリスクです。年齢的に腹部の脂肪が増え、子宮を摘出する操作が難しくなっているなか、大出血を起こさないよう注意深く行わなければなりません。

女の子ウサギの飼い主さんには、こういった点もふまえて、適齢期(生後6ヶ月〜1才頃)での避妊手術という選択肢を今一度、考えてもらえたら、と思っています」

飼い主さんの考えや、それぞれの事情がありますから、すべてのケースで手術をおすすめするわけではありませんが、長い目で見たときに納得のいく選択をするのは大切ですね。
手術の適齢期を過ぎた子でも、避妊手術を受けるメリットはありますから、気になる人はかかりつけ医にご相談ください。

聞き手:橋爪
編集:うさぎタイムズ編集部

※当コラムでは、人間と暮らす多くのウサギが健康で長生きできるよう、疾患についての情報を共有するため、情報発信を行っています。個体により状況は異なりますので、ウサギの状態で気になることがあれば、かかりつけにご相談されることをお勧めします。当コラムの内容閲覧により生じた一切のトラブルについて、うさぎの環境エンリッチメント協会並びに斉藤動物病院、ラビットリンクでは責任を負いかねます。


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橋爪宏幸

うさぎタイムズ編集長。 うさぎ専門店「ラビット・リンク」のオーナー。 一般社団法人うさぎの環境エンリッチメント協会 専務理事。 ExoticpetSaver FirstResponder。 ExoticpetSaver Emergency Rescue Technician。 現在ニンゲン3人のほか、長男:ミニチュアダックスの桜花、次男ホーランドロップのカール、三男:ネザーランドドワーフの政宗、長女:ホーランドロップのミラ・ジョボビッチと暮らしている。