動物の「行動」を知れば、本当の姿と「心」が見えてくる!
ウサギの生態はまだまだ研究途上、謎に包まれた部分がたくさんあります。こちらのシリーズでは「ウサギの行動」を読み解くことで、その不思議にせまります。

行動学コラムでは、11回にわたってウサギの行動とその理由を詳しくご紹介してきましたが、今回で一区切りを迎えます。これまでを振り返りつつ、環境エンリッチメント実践のヒントと、飼いウサギの生活の質(QOL)向上を考えてみます。ウサギの横顔

動物を幸せに 動物福祉と環境エンリッチメント

はじめに、環境エンリッチメントという取り組みについて、改めて確認してみましょう。
環境エンリッチメントは、人間と共に暮らす動物が備わった習性に基づいて行動し、ストレスなく快適に過ごし、本来の行動バリエーションを発揮できるように環境整備すること。要するに、その動物らしくイキイキと振る舞える飼育環境を作ろうという試みです。

生き物の行動は「環境」で作られる

環境エンリッチメントのスタートは1990年代、アメリカの動物園でした。
動物をコンクリート打ちっぱなしの狭いケージで飼育する従来の展示方法は、社会から徐々に歓迎されなくなってきていました。野生とほど遠い環境は、動物たちに大きな負荷を与えます。ケージで飼育される動物
同じ場所を徘徊し続けるライオン、体を左右に揺らし続けるゾウなど、劣悪な環境で飼育された動物の不自然な行動を、テレビで目にしたことがある方もいるでしょう。これらは不適切な環境に置かれたストレスからくるものと考えられています。

動物園は、心身ともに健康でイキイキと暮らす動物たちの姿を見せるため、飼育環境の整備に力を入れ始めました。
それまでも、動物に関わる人たちは、動物が快適に暮らせる環境づくりに取り組んでいました。動物福祉の考え方が社会に浸透し、「人間と暮らす動物の幸せ」が一般の人にも注目され始めたことで、環境エンリッチメントという大きなムーブメントに発展したのです。

90年代後半になると環境エンリッチメントは日本にも伝わり、現在も多くの動物園や水族館が、豊かな飼育環境の実現に取り組んでいます。以下はその一例です。

・アフリカゾウの給餌で、探索行動を引き出すためエサを袋に入れたり地中に埋めたりする
・自然界では巣穴で暮らすプレーリードッグを砂を掘れるよう地面のある放牧場で飼育する
・トラを本来の生息地に似た、背丈の高い草が生い茂った運動場で飼育する

動物本来の行動が発現できるような環境や、必要な刺激を与えられるよう生活環境を物理的にも心理的にも豊かにする「環境エンリッチメント」が考えられ、取り入れられているのです。
環境エンリッチメントの一例

家族の一員だからこそ、ペットの動物にも環境エンリッチメントを

環境エンリッチメントは、動物園の動物だけではなく家庭で暮らす動物たちにも必要です。

近年、家族の一員としてペットを迎えるケースが増えています。「コンパニオン・アニマル(伴侶動物)」という呼び方が示すように、飼い主さんとペットの関係は飼育という次元を超えた、より深いものへ進みつつあるのを感じます。

かけがえのない家族だから、「ともに生きる」という視点で、対等な関係を目指すのは自然なことです。私たちに癒しや喜びをもたらしてくれるペットのウサギたちに、私たちは何ができるでしょうか。
野生とはかけ離れた環境で暮らしていてもウサギらしく振る舞い、幸福に過ごしてほしいと願うとき、ウサギの福祉と環境エンリッチメントの視点がカギになるのです。

さらに、飼育環境の見直しは、人間にとっての不都合な行動を解消する糸口にもなります。
うさぎのストレスサインでご紹介しましたが、ケージをかじるのは飼いウサギに代表的な問題行動の1つです。ケージを物理的に覆ったり、かじる度に叱ったりするのは根本的な解決にはなりません。環境調整でストレスを緩和することが有効です。

ウサギの環境エンリッチメントって具体的にどんなもの?

それではウサギに行われる環境エンリッチメントの手法の一部をご紹介しましょう。

(1)複数飼育・多頭飼育

ウサギの群れでの暮らし・社会のしくみを探る でご紹介した通り、自然界のウサギは群れで暮らします。コミュニケーションを取り合うという本来の行動パターンを引き出すため、複数の個体を一緒に飼育することが推奨されています。雪の中のウサギ

多頭飼育には相性の問題がありますし、下位のウサギをフォローするなど多頭飼育ならではの労力もかかります。また、計画性ののない飼養が望まない繁殖につながるケースもありますので、安易なスタートはお勧めできませんが、1頭をお迎えして余裕がある場合にはぜひ検討したいエンリッチメントです。

多頭飼育で気をつけたい「ケンカ防止」のひと工夫

日本の住宅事情では、複数のウサギを同一スペースで飼育するには、1頭ずつケージに入れて飼育するスタイルが現実的だと思います。
自由に室内を運動できる「うさんぽ」の時間は多頭飼育でも必要ですが、この際にはケンカ防止の工夫が大切です。一頭ずつ順番に出してあげる、相性が悪いウサギ同士でも十分に距離が取れるよう広いスペースを用意する、などが実践できると思います。

他の個体の存在を「感じる」ことはエンリッチメントに

複数飼育と言っても自然界のように自由に交流できるわけではありませんが、他のウサギが視界に入るだけで、落ち着いたり、刺激になったりと、ストレスが緩和されるという意見もあります。中には、他のウサギを見られるような「ベランダ」をケージに設けるというアイデアもあるくらいです。

野生と完全に同じ環境を再現するのは不可能ですから、実践可能な方法を探るのもエンリッチメントを取り入れる際のポイントです。

(2)おもちゃを与える

ウサギの遊びは自己完結型?その行動は「楽しい」のサインかも でご紹介したように、運動遊びが多いウサギですが、部屋んぽの時間をのぞけば、思い切り動き回れる機会も少ないもの。そこで、「物体遊び」を引き出せるおもちゃを与えると退屈しのぎになります。

取り入れやすいのは、かじれるおもちゃ

さまざまな種類のおもちゃがありますが、ウサギの環境エンリッチメントの実験では、本能的な行動であり、歯を削る効果もある「かじる」行動を引き出せるおもちゃがよく与えられます。

ウサギの「かじる」謎にせまる で触れた通り、かじり木の種類を比較した実験では、木によってウサギたちの反応が明らかに異なりました。
また、別の実験では、牧草・キューブタイプの牧草・かじり棒・巣箱などエンリッチメントアイテムを用意して、ウサギがどれを好むかを調べたものもあります。この実験では、ウサギは牧草と最も長い時間触れ合い、異常行動も減ったという結果が得られました。
自然界のウサギ
これらのアイデアのほんの一部であり、まだまだたくさんのアプローチが考えられます。

ウサギの「幸せ」はどうやって評価するの?

続いて、環境エンリッチメントでは実践と同じくらい大切なのが「ウサギの福祉の評価」です。
ウサギに「今、幸せですか?」と尋ねても、答えてくれません。環境エンリッチメントを取り入れて終わりではなく、本当に意味あるものになっているか測る必要があります。

ここで知っておきたいのが、「動物の福祉の5つの自由(*)」です。

(1)ちゃんと食べて飲むことができるか
(2)痛みや病気はないか
(3)不快な思いをしていないか
(4)恐怖や抑圧はないか
(5)動物本来の行動ができているか、その動物のニーズを満たしているか、

評価の際には、この5項目が満たされているかを確認していくことになります。

*「5つの自由」は1960年代のイギリスで、家畜の福祉を確保するために定められました。 現在も、人間の飼育下にあるあらゆる動物の福祉の基本として世界中で認められています。

評価の基本は丁寧な行動観察

評価の基本は、ウサギの行動をじっくりと観察すること。
ストレスサインが見られるのは論外ですが、じっと座り込み休息してばかりというのも望ましくありません。身の安全が確保され、エサを探す必要もないと退屈でぼーっとしてしまいます。私たち人間も、数日間「何もしなくていい」状態に置かれるとかえって心身に不調を来しますが、ウサギも同じ。活発にイキイキと行動できているかが健康のバロメーターです。

「うちの子、今何を考えてるのかな?」飼い主さんの推測は動物福祉の第一歩

行動を観察して評価すると言っても、ただ行動を漫然と見ていてもウサギの気持ちはわかりません。同じ行動の裏に、まったく異なる理由が存在することもあるからです。

例えば、ウサギが初めて知らない人と会ったときに家じゅう走り回ったとします。恐怖を感じて走り回っているのか、嬉しくて興奮した結果の行動なのかは個体によって違います。ウサギの気持ちを知るにはきちんと観察し、さまざまな角度から推察する必要があるのです。
寝そべるウサギ

日頃からウサギをよく観察している飼い主さんが「今こう思っているのかな」と思い巡らせ、適切な環境を与える工夫をすることは動物福祉の実践であり、その子ならではの環境エンリッチメントにつながると思います。

ウサギのことを考えない 環境エンリッチメントがはらむリスク

ところで、エンリッチメントされた環境は、従来の飼育環境に比べると本質的に危険で、時に思わぬ事故を招く可能性があるという指摘もあります。

「高いところが好きだから登らせる」は正解?

例えば、「逃げて隠れる」捕食者に打ち勝つウサギの知恵とは でご紹介したように、ケージに巣箱を入れると、多くのウサギが巣箱の「上」に登りたがります。自然界でも小高い丘の上などで立ち上がり周囲を見渡すように警戒するので、見晴らしの良い場所を好むのだと考えられています。
広い飼育スペースのウサギ
ウサギの満足を考えた時、自由に登れる高い場所を設けてあげるのはエンリッチメントです。しかし同時に、転落による骨折のリスクを生むことにもなります。(関連コラム:うさぎの骨はとっても繊細 飼い主さんに知っておいてほしいこと
同様に、ウサギが熱心にかじるからといって、段ボールをおもちゃとして与えることも、誤食による消化管トラブルにつながる危険があります。

これらのケースで、高いところに登らせない、段ボールを与えないことが正解かは飼い主さんの中でも意見が分かれるかもしれません。同様の問題は動物園でも議論になることがあります。リスクがあってもエンリッチメントによるメリットの方が大きいと判断されるケースもありますし、その結果、時に、事故が起こってしまうこともあります。

誰もが納得できる正解はないかもしれませんが、事故が起こってしまった時に直接苦しむのはウサギです。基本的には、ウサギの身体の安全を優先するのが飼い主さんの義務でしょう。

ただ、「高いところは危ないから登らせない」としてしまうのも考えものです。
少し極端な例ですが、「危険だから」という理由で、何も与えなかったらどうでしょうか?人の子育てと同じですが、外に出さず、おもちゃを全く与えず、平坦な1部屋に押し込めていたら、精神的に不健康になることは明確です。

ウサギらしく行動できる環境を提供するという視点からは、「安全に楽しめる高い場所を提供する」ことが大切でしょう。飼い主さんは、安全に高い場所に登ったり、遊んだりするためにはどうすればいいか、を考えてあげられるといいですね。
滑りやすい床材は避ける、足場の面積を広くする、転落した際にケガをするような高さにはしない、そして適切に監視するなど、できることはあると思います。

「金網の床材は不自然だから避ける」のはウサギの幸せにつながる?

また、すべてのエンリッチメントが必ずしもウサギの幸福度アップにつながる保証はありません。
例として、ケージの床材についての議論があります。金網タイプのものはウサギにとってごく自然な行動である「ひっかく」「掘る」ができないため、動物福祉の観点からは好ましくないとする考え方があります。ケージの中のウサギ
ある実験では、検証のため、ワイヤーを敷いたケージで飼育しているウサギに、ワラを敷いた場所を自由に利用できるようにしました。結果、ウサギはワラのない部分の床を好んで利用したというのです。

ワラを敷いたケージで飼育されたウサギは、排泄物が体に付着するので、汚れた部分を毛繕いすること、ケージ内のより清潔で快適な場所を求めて動き回ることに多くの時間を費やしていました。研究者はこれを、ウサギの福祉状態がかえって低くなったと解釈しており、金網の床は衛生的に最良の解決策だと結論づけています。

環境エンリッチメントで大切なのは「状況に応じたベストなものを選ぶ」視点

この論文は1つのヒントにはなるでしょう。ただ、必ずしも金網の床材が最善かというと、そうではないと思います。この実験で使用されたウサギは幼い時からケージの上だけで生活して、ペットとして床の上を遊ばせてもらえない、ずっと狭いケージの中で育てられてきたウサギかもしれません。
網の床材の上でずっと暮らすのがウサギの幸せ、という論文の結論を鵜呑みにせず、状況においてベストなものを選ぶことが大切です。

例えば、留守の間、ウサギをケージに入れておいておくのであれば、掘ったりできる砂場を用意し、トイレのそばは網にして、藁を敷いた部分も用意し、ウサギが選べるような大きなケージを準備すればよいでしょう。

飼い主さんが作る「うちの子のためのエンリッチメント」

このように、ウサギの環境エンリッチメントはまだ手探りの段階で、何が効果的かは研究者の間でもさまざまな意見があります。

さらに、同じエンリッチメントを施しても、すべてのウサギが同じ反応を見せるとは限りません。見向きもされないことや、期待していたのとは逆の反応をされることもあるでしょう。それもまた、ウサギの個性です。

「うちの子」が一番輝く環境を用意できるのは飼い主さんですから、安全に配慮しつつ、試行錯誤を楽しむ気持ちで取り組むのが良いと思います。自分のウサギが豊かに幸せに暮らすにはどうしたらいいか、ぜひ考えていただければと思います。

行動学の視点を持てば見えてくる、ウサギとの幸せな生活へのヒント

動物行動学は、「動物の精神科」と言われることがあります。私たち人間に感情・意思があるのと同様、動物にも豊かな精神活動があり、行動の分析を通して、その内面にせまるのが動物行動学のねらいです。
複数のウサギ
大切なのは「本当にそうなの?」と疑問を持ち、目の前のウサギの行動をじっと見つめること。ウサギの飼育頭数は増え続けており、飼育についての情報にもアクセスしやすくなっています。しかし、ウサギの生態にはまだ解明されていない部分もたくさんあるのです。どうしてうちの子はこんな行動をするのか、その意味するところは何か、考え続ける姿勢が求められます。

そして「これをすればどんなウサギも100%幸せ」という統一的な正解はありません。あなたのウサギが豊かに暮らせるエンリッチメントを見つけていってあげてください。行動学のコラムでご紹介してきたウサギの特性が、その一助になれば幸いです。

うさぎの環境エンリッチメント協会が目指すもの

動物福祉の先進国といえばヨーロッパですが、ヨーロッパでのウサギは家畜としての性格も強く、ウサギの環境エンリッチメントの研究も、畜産ウサギを対象に行われたものが多いのが現状です。コンパニオン・アニマルとしてのウサギの生活の質と幸せについては、まだまだこれからだと言えると思います。

うさぎの環境エンリッチメント協会は、ペットのうさぎの『生活の質(quality of life)』の向上を目指します。人と共に生きるウサギたちが健康で幸せに暮らせることを願い、臨床獣医学・動物行動学・栄養学の視点から、私たちにできる活動に取り組んでいきます。

一般社団法人 うさぎの環境エンリッチメント協会

参考文献
① Wiley Blackwell(2010). Behavior of Exotic Pets. pp.69-77.
② Teresa Bradley Bays, Teresa Lightfoot and Jörg Mayer(2006). Exotic Pet Behavior. pp.1-44.
③ Marit Emilie Buseth and Richard A. Saunders(2015). Rabbit Behaviour, Health and Care. pp.29-56.
④ 成島悦雄『動物園動物における環境エンリッチメントの試み』日本家畜管理学会誌.2003年. 39巻1号 pp.2-4.
⑤ 落合(大平) 知美『第9回国際環境エンリッチメント会議の報告:環境エンリッチメントをめぐる世界的変化』霊長類研究. 2009年. 25巻 2号 pp.67-73.
⑥ Penny Hawkins, R Hubrecht, Steven Cubitt, B Howard, A Jackson and G M Poirier(2008). Refining rabbit care: A resource for those working with rabbits in research
⑦ Angela Trocino and Gerolamo Xiccato(2006). “Animal welfare in reared rabbits: A review with emphasis on housing systems.” World Rabbit Science 14(2)


The following two tabs change content below.

橋爪宏幸

うさぎタイムズ編集長。 うさぎ専門店「ラビット・リンク」のオーナー。 一般社団法人うさぎの環境エンリッチメント協会 専務理事。 ExoticpetSaver FirstResponder。 ExoticpetSaver Emergency Rescue Technician。 現在ニンゲン3人のほか、長男:ミニチュアダックスの桜花、次男ホーランドロップのカール、三男:ネザーランドドワーフの政宗、長女:ホーランドロップのミラ・ジョボビッチと暮らしている。