※当コラムは筒井孝太郎先生の監修のもと、国内外のフェレットの医学書や論文など専門的な文献を参照して執筆しています。フェレットと暮らす飼い主さんに有益で正確な情報の発信に努めていますが、記載内容は執筆時点での情報であること、すべてのケースに当てはまるわけではないことをご理解願います。
フェレットと暮らすみなさん、こんにちは。フェレット情報局編集部のつりまきです。
『浦和 動物の病院』院長・筒井孝太郎先生と一緒に、フェレットの健康管理や病気について学ぶこちらのコラム。私もフェレットと暮らしていますが、飼い主さん一人ひとりが正しい知識を持ち、日頃から細やかにフェレットを観察することが、健やかな毎日のために重要だと感じています。
第9回のテーマは、インスリノーマ。フェレットの飼い主さんなら、どこかで一度は見聞きしたことがあると言っても差し支えないくらい、ポピュラーな疾患ではないでしょうか。
こちらの記事では、医療関係者と飼い主、両方の視点を交え、基礎的な内容から、書籍や検索ではなかなか出てこないリアルな部分までを前編・後編の2本立てでお伝えします。
今回は前半として、インスリノーマの仕組みと、原因、症状について取り上げます。
目次
基礎から理解したい膵臓の役割 インスリノーマってどんな病気
まず膵臓(すいぞう)の働きから、おさえておきましょう。
膵臓は食べ物の消化に関わる他、血液中の糖分の量「血糖値」を調節する役割があります。
口から入った食物は、血糖として血液中に溶け込み、身体中をめぐります。そして、筋肉や臓器に取り込まれて活動するためのエネルギーに使われるのです。
生き物の体には、安定して身体を動かしたり、動脈硬化などの病気リスクを軽減したりするため血糖値を常に一定の範囲に保つための仕組みが備わっています。膵臓の「β細胞」は、血糖値を低下させるホルモン・インスリンを分泌して食後の血糖値が上がりすぎないよう調節する機能を担う組織です。インスリノーマは、このβ細胞が腫瘍化する病気です。
腫瘍化したβ細胞は本来の機能を果たせなくなります。正常なら、血糖値が上がった際に適切な量を分泌すべきインスリンを、不要なタイミングで過剰に出してしまうのです。その結果、身体は血糖値が正常範囲よりも下がった「低血糖状態」に陥ります。
低血糖になると、発汗やふるえ、思考力の低下など、全身の組織にさまざまな不具合が現れます。
悪性・良性よりも、β細胞が正常な機能を失うことが問題
筒井「腫瘍というと、いわゆる”がん”である悪性腫瘍をイメージするかもしれません。
悪性腫瘍は、転移する、大きくなって他の組織を圧迫する、急激に成長してエネルギーを奪い全身状態を悪化させる、といった問題点が挙げられます。
しかし、インスリノーマに関しては、性質がちょっと違います。
悪性か・良性かや、腫瘍の大小よりも、膵臓のβ細胞が正常に機能しなくなることが問題です」
例えば、かなり小さいサイズの腫瘍でも、全身に大きな影響を及ぼすことがあるそうです。
筒井「イヌの症例ですが、インスリノーマの手術で腫瘍を摘出したのに、低血糖の症状が改善しなかった子がいました。術後に再度、画像評価を行うと、手術中には発見できなかった米粒程度の大きさの腫瘍が残存していると判明、再手術で取り除くと症状がおさまったんです。
膵臓は数センチ大の小さな臓器で、β細胞はその中のさらにわずかな部分です。腫瘍化してもごく小さいサイズですが、それでもこれほど大きな影響が出るとは、と驚いた覚えがあります」
良性腫瘍なら安心、悪性腫瘍は予後が悪い、といったイメージが先行しがちですが、インスリノーマでは、必ずしもそうとは言えないんですね。
【インスリノーマの原因】フェレットに多い理由・予防できる?
インスリノーマはフェレットだけの病気ではありませんが、イヌやネコに対し、フェレットの罹患率は高いことで知られています。受診する子の約40%が腫瘍性疾患で、そのうち20%程度がインスリノーマだった、そんなデータもあるほどです。
筒井「正確な統計ではありませんが、当院でも10頭に1〜2頭の割合で来院がある印象です。4〜5歳と、年齢を重ねるにつれて発症する子が増えていきます。なぜフェレットでこれだけインスリノーマが多いのか、いろいろな説が考えられてはいますが、まだはっきりとわかってはいません」
食餌?遺伝? 正確にはわかっていない
糖類が多い食餌内容や、遺伝的要素が原因として挙げられることもありますが、今の段階ではまだ研究途上。断定的なことは言えないのが正直なところです。
原因がはっきりしない以上、一緒に暮らすフェレットがインスリノーマになってしまっても「お世話が至らなかったのかも」とか「フードがよくなかったのでは」と飼い主さんが自分を責める必要はありません。また「絶対にこうすべき」の予防法も存在しないのです。
日頃から健康的な暮らしを心がけることは重要ですが、「インスリノーマにかからないために」と神経質になりすぎないようにしたいと思いました。
インスリノーマの症状 「見落とす」「気付かない」可能性は
インスリノーマで出る症状には、次のものが挙げられます。
「特定の症状が必ず出るわけではないから難しい」と筒井先生は話します。
筒井「低血糖による症状は多彩で、特にこれが出やすい、というものはありません。ただ、飼い主さんの目に留まりやすい、目立つものは、痙攣とそれにともなって発する奇声、流涎です。
なんとなく元気がない、動きが悪くぼーっとしているのも、よく見られますね。低血糖で動けなくなり意識が混濁し、口も開きっぱなしになって、よだれが出るのだと思います。
体重減少に関しても、低血糖で動けない時間が増えてフードも食べにいけず、そのせいでさらに低血糖が進むという悪循環でだんだん痩せるのでしょう。”結果としての体重減少”だと思います」
【低血糖発作とは】血糖値が下がると何が問題?
インスリノーマの子のお世話に関してよく耳にするのが「低血糖発作」です。悲鳴を上げたり、痙攣したりすることもあると聞きますが、身体の中では何が起こっているのでしょう。
筒井「突然叫ぶ、痙攣するなどは、脳障害の結果あらわれる症状です。
血液中の糖は脳の唯一のエネルギー源ですから、低血糖が進むと脳は深刻なダメージを受けます。心拍や呼吸の管理中枢である脳が正常に機能しなくなれば意識を失い、最悪の場合、命を落とします。
ヒトでは重度の低血糖が数時間続けば、血糖値が改善しても、運動・認知機能に改善の見込みのない障害が残るとの報告もあるんです」
低血糖発作では、フェレットの苦痛度もきっと大きいのでしょうね。
筒井「実際のところはフェレットに聞いてみないとわかりませんが、発作中は普通、意識を失っています。苦しさのあまり悲鳴をあげるのではなく、無意識の中、身体が勝手に動いてしまう状態ではないでしょうか。もしかしたら、私達の想像しているよりは、本人の感じている苦痛は大きくないのかもしれません。
そうは言っても、激しい動きや甲高い鳴き声を目の当たりにすると、飼い主さんは居ても立ってもいられませんよね。激しい子では20分以上、ずっと叫び続けていたこともありました。インスリノーマは、飼い主さんの気持ちの面でも負担が大きい病気だと思います」
インスリノーマ=激しい発作とは限らない
壮絶な場面を想像すると身構えてしまいますが、インスリノーマになると、全員が全員、激しい低血糖発作を起こすわけでもないのだとか。
筒井「発作を起こしてもただ眠っているだけに見える子もいますし、発作の頻度もさまざまです。わかりやすい症状はほとんどなく、血液検査で初めて発覚するケースもあります。
病気が進行するにつれて、低血糖症状も重度になる傾向はありますが、必ずしも表に現れる症状の激しさとリンクしているわけではないように感じます」
インスリノーマの症状も個体差が大きいと思っておいた方が良いんですね。
眼の前で突然意識を失ったり、痙攣したりしたら、明らかにおかしいと気づきます。でも、なんとなく元気がない、体重が減る、などはインスリノーマ以外の病気でも出る症状ですし、健康な子でも食欲や反応には波があります。「普通だと思っていたら実はインスリノーマの症状だった」の見落としが怖いのですが・・・
筒井「ぼーっとしている、と表現すると、人間の感覚では”健康な人でもそんな時があるよね”と感じるかもしれません。でもフェレットは起きているときはほぼ常に動き回っていますよね。寝起きの反応が鈍いタイミングでも、名前を呼べばハッと気づく子がほとんどです。
声をかけても振り向かない、物音に反応しないとなれば、普通ではない状態と考えたほうが良いでしょう」
日常的に多くのフェレットと接し、インスリノーマの子の看病経験もあるフェレットリンクのオーナー・橋爪さんも「低血糖発作は、”普通じゃない”の表現が一番合っていると思う」と口を揃えます。
わかりにくい症状もありますが、日頃からフェレットと触れ合っている飼い主さんなら、「気付かない」「見落とす」心配はまずなさそうです。
高齢になってきたら、特に気を付けて見てあげたい
一方で、シニア期の子では早期発見の難易度が上がります。
筒井「インスリノーマを疑って受診される飼い主さんは、”なんとなく動きが悪くて”、”元気がない気がする”と訴えられます。これらは低血糖の症状ですが、高齢になると睡眠時間が伸びますし、活動量も減ってきて当たり前ですから、年齢のせいかな、と様子を見ているうちに病気が進行、というケースもあります」
筒井「はっきりした低血糖発作が起こるのは、ある日突然かもしれませんが、インスリノーマ自体は、基本的にゆるやかに発症するはずです。腫瘍ができ、じわじわと血糖値を上げられなくなってきて、一定ラインを超えたところでガクッと発作が起こるイメージですね。
だからこそ、高齢の子では、症状に気づくのが難しいと思います。年齢からくる身体の衰えはあっても、度を超えておかしくはないか、の視点を持って観察することが早期発見のために重要です」
獣医師の視点では、痩せ方・弱り方にも病気の兆候が見られていた、なんてこともあるでしょう。高齢になるほど、適切な頻度での健康診断が大切になってきますね。
後半では、インスリノーマの治療の考え方や、低血糖発作への対処法などを中心に伺います。次回に続きます。
【主要参考文献】
三輪 恭嗣『エキゾチック臨床シリーズ Vol.2 フェレットの診療 診療法の基礎と臨床手技』学窓社、2010年
編集:フェレット情報局 編集部
※当コラムでは、人間と暮らす多くのフェレットが健康で長生きできるよう、疾患についての情報を共有するため、情報発信を行っています。個体により状況は異なりますので、フェレットの状態で気になることがあれば、かかりつけにご相談されることをお勧めします。当コラムの内容閲覧により生じた一切のトラブルについて、浦和 動物の病院、フェレットリンク、および執筆者は責任を負いかねます。
最新記事 by つりまきなつみ (全て見る)
- 獣医師監修フェレットの医療(9)インスリノーマ|初期症状を放置しない 治療・発作の対処法【後半】 - 2024.11.08
- 獣医師監修フェレットの医療(9)インスリノーマ|初期症状を放置しない 治療・発作の対処法【前半】 - 2024.11.08
- 獣医師監修フェレットの医療(8)高齢期を迎える前に知りたい介護・健康診断・ご長寿の秘訣 - 2024.11.05