※当コラムは筒井孝太郎先生の監修のもと、国内外のフェレットの医学書や論文など専門的な文献を参照して執筆しています。フェレットと暮らす飼い主さんに有益で正確な情報の発信に努めていますが、記載内容は執筆時点での情報であること、すべてのケースに当てはまるわけではないことをご理解願います。
フェレットと暮らすみなさん、こんにちは。フェレット情報局編集部のつりまきです。
『浦和 動物の病院』院長・筒井孝太郎先生と一緒に、フェレットの健康管理や病気について学ぶこちらのコラム。私もフェレットと暮らしていますが、飼い主さん一人ひとりが正しい知識を持ち、日頃から細やかにフェレットを観察することが、健やかな毎日のために重要だと感じています。
第9回のテーマは、インスリノーマ。今回は、後編です。検査・診断の方法から治療法、お世話のポイントと、順に見ていきましょう。
目次
インスリノーマを調べるには血液検査がメイン
インスリノーマの検査・診断について伺います。
どのような検査をすればインスリノーマを見つけられるのでしょうか?
筒井「”動きが悪いのに食後だけは元気”、”寝ている時間が長すぎる”など、インスリノーマを疑うエピソードが飼い主さんから出てきたら、血液検査で血糖値を測定します。
血糖値の基準はいくつかあり、80mg/dl以下で疑い、60mg/dlで仮診断とするのが一つの目安です。
インスリン濃度測定のように、他にも診断の手がかりとなる検査項目はありますが、一発でインスリノーマの確定診断をつけられるものはなく、私は症状と血糖値で診断します」
フェレットの血液検査は頸部の深くにある太い血管から行うので、ある程度のリスクがともなう手技だと以前に教えてもらいました。気軽に血糖測定ができればいいのですが・・・
筒井「人間の血糖測定で、細い針で指先を刺して、1〜2滴の血液を絞り出してチェックする簡易的な方法がありますが、フェレットも同様の方法が可能です。複数の検査項目を調べるには向きませんが、血糖測定だけであればこの方法が使えます。安全かつ負担が少ないのは大きなメリットです」
レントゲンを撮って腫瘍のサイズや場所を確認したり、腫瘍の細胞を取ってきて悪性か良性かのチェックをしたり、といった詳細な検査は行わないのでしょうか?
筒井「画像に関しては、フェレットの膵臓は小さいのでCT撮影が必要で、対応可能な施設が限られます。また、画像にはっきりと映らない小さい腫瘍が複数存在することもありますから、診断が目的であれば意義が少ないと思います。
また、悪性・良性いずれでも、血糖コントロールという治療方針に変わりはありません。ですから、外科的な処置を行った際に膵臓の腫瘍組織を病理検査に出すことはあれど、インスリノーマ”疑い”の段階で、診断をつけるためだけに腫瘍細胞の検査を行うことは通常ありません。症状が出ていて、低血糖状態が確認できるならインスリノーマと確定診断を下すのが現実的なやり方です」
血液検査の前は3時間程度の絶食が必要 検査時は「お弁当」を持参して
血糖測定を受ける際の注意点があれば教えて下さい。
筒井「正確な測定値を得るため、検査前から3時間程度の絶食をお願いしています。ただ、そうすると帰路もあわせてトータル4〜5時間もの間、絶食が続くことになってしまいます。インスリノーマの子に長時間の絶食は低血糖状態を招くためご法度です。検査後、すぐに食べられるよう、”お弁当”として普段食べているフードの持参をお願いしています」
検査予約をしたクリニックに絶食の必要性を確認して、当日のスケジュールを組みましょう。
インスリノーマは治る?【外科治療と内科治療どちらを選択すべきか】
インスリノーマの治療は、外科的な治療とお薬を使う内科的な治療があるようです。手術で腫瘍を取り除けば、完治も期待できるのでしょうか?
筒井「腫瘍を取りきれば治る、そんなイメージがあるかもしれませんが、インスリノーマの場合、そう簡単には行かないんです。
数ミリ程度の小さな腫瘍があるだけでも、激しい低血糖症状が出ることがあります。例えば、10個の腫瘍のうち7個を摘出できたからといって症状が7割治まるわけではないのが難しいところです。
したがって、手術で完治を目指すなら、ごく小さいものも含めてすべての腫瘍を完全に取り除かなければならず、現実的ではありません。フェレットへの負担も大きくなります。
手術は症状軽減の一手段であり、根治的な治療法にはなりにくい、と言わざるを得ません」
筒井「また、膵臓の手術には大きなリスクがともないます。膵臓の内部にはタンパク質や脂肪を分解する強力な消化酵素が入っており、どんなに気をつけて手術を行っても、術中操作によって消化酵素が腹腔内に拡がり、術後膵炎など重篤な合併症を起こす危険があるんです」
メリットとデメリット、フェレットへの負担を考えると、多くのケースで、手術をしない選択肢が現実的なのかもしれません。
筒井「考え方はそれぞれですが、当院の患者さんも、投薬による治療を選択される場合が多いですね。お薬で血糖値をコントロールしながら、インスリノーマとうまくつきあっていくのが目標になります」
内科治療の実際 どのくらい薬を飲み続けるの?副作用は?
筒井先生がよく処方するお薬について教えて下さい。
筒井「私は主にプレドニゾロンを使います。代表的なステロイド薬で、組織へのブドウ糖の取り込みを阻害し、肝臓での糖新生を増加させることで、低血糖を改善します。確実に効果が期待できるうえ薬価が手頃なので、第一に選択しています」
インスリノーマの内科的治療では、生涯に渡ってお薬を使い続けないといけないのでしょうか?
筒井「お薬なしでは血糖のコントロールが難しい場合、基本的にずっと使い続けることになります。日に2️回、砕いて粉末にしたものを飲んでもらっています。
ステロイドは非常によく効きますが、長期間使い続けることで副作用の心配が出てきます。多飲多尿や脱毛、痩せ、感染症にかかりやすくなる他、肝臓への影響も挙げられます。
対策として、当院では肝機能サポートのための漢方薬もあわせてお出しします。ステロイド治療で肝臓に負担がかかるのは間違いないので、基本的に全員に処方しています」
インスリノーマの食餌管理の考え方
血糖値に大きな影響を及ぼすのは食餌ですから、お薬での治療の有無に関わらず、食餌内容やタイミングの管理は必須です。飼い主さんに食餌指導をされる際、どのように伝えていますか?
筒井「特別な栄養素を補った方が良いとか、低血糖発作の予防をうたったフードに切り替えるべき、という話はしていません。いつものフードでいいので、24時間常に、食べるものを切らさないようお願いしています。ごはんをきちんと食べられてさえいれば、低血糖にはなりにくいからです。
インスリノーマの子は、基本的に肥満の心配はありませんから、できるだけ頻回に食餌を摂らせてあげてください。
もし、眠り込んでしまい食餌が摂れない場合は、起こしてでも食べさせてあげる必要も出てきます」
いわゆる「強制給餌」を行えば良いのでしょうか?
筒井「強制給餌は、ふやかしたフード、ダックスープなどをシリンジで半強制的に与えるやり方ですが、私は、そこまでのレベルを積極的に提案はしていません。声をかけたり身体をゆすったりして覚醒を促す程度でも十分ではないかと思います」
強制給餌はやるべき?獣医師の間でも意見が分かれる
放っておくと寝てばかりで食事を十分に摂れない子にとって、強制給餌は必要度の高い選択肢の一つです。ただ、フェレットにも飼い主さんにもかなりの負担がかかるであろうことは想像に難くありません。
もし、うちの子が強制給餌が必要な状態になったらどうすべきか、そんな不安が頭をよぎります。
筒井「強制給餌についての考え方は難しく、獣医師の先生方の間でも意見が分かれるところです。必ずしもこうすべき、という正解はありません。
誰しも、寝ている最中に突然、口の中に食べ物を入れられたらびっくりしますよね。インスリノーマのフェレットでは、症状によっては、1〜2時間おきの強制給餌が必要になります。
人間の介護のように、ときには病院や施設に預けたり、ヘルパーさんの手を借りたりと、介護する側をサポートする体制が整っていれば良いのですが、私の知る限り、そういったサービスは現状ほぼありません。飼い主さんが一人で頑張り続けるには限界があります。
フェレットのために飼い主さんが倒れてしまったら元も子もない、というのが私の意見です。もちろん、強制給餌を徹底的にがんばりたい飼い主さんがいらっしゃったら、できる限りのサポートはします。ただ、“がんばるのはここまで”と線引きをし、それ以上は無理をしないのも、間違いではないと知っていただきたいんです。
それぞれのご家庭で、各々の可能な範囲でベストを尽くせば、フェレットも幸せではないでしょうか」
「血糖値をとにかく上げる」のも危険!急上昇にも気をつけたい
強制給餌とまではいかなくとも、低血糖発作を起こした時の応急処置に、ハチミツ(糖液)やバイト、シリンジは用意しておきたいところです。意識がもうろうとしている場合、唇に少量塗って舐めさせる、歯肉に塗りこむなどのやり方が有効です。
ただし、緊急時を除けば、急激な血糖上昇は避けなければなりません。
筒井「血糖値が急上昇すると、今度は、血糖値を下げようとインスリンの分泌が一気に増えます。血糖値を一定に保つために身体に備わっている仕組みですが、インスリノーマでは、すでにインスリンの分泌が増えている状態です。ここに多量のインスリンが出ると、低血糖状態に拍車がかかります。
発作時はやむを得ませんが、日常的な食餌では、急激に血糖値を上げる甘いバイトやおやつ、糖類の多く含まれるものに偏った内容は避けましょう」
インスリノーマの子のお世話経験がある飼い主さんからの話で、「低血糖が疑わしいときは血糖値を早く上げるため甘いバイトを最初に与えるが、血糖値を上げすぎないよう、二口目からは高タンパクのフードを与える」と聞いたことがあります。
バイトや甘いおやつはメインにせず、上手に取り入れる視点がポイントですね。
インスリノーマになったフェレットの寿命は?何年くらい生きられる?
インスリノーマと診断されて数ヶ月で亡くなるケースもあれば、2〜3年生きる子もいるそうです。予後を左右する要素はなんでしょうか?
筒井「血糖管理で低血糖の発作をどこまで回避できるかがポイントになってきます。インスリノーマの子の直接の死因で多いのは、低血糖発作です。病気の初期段階で気付ければ、大きな発作を起こさずに済み、長生きできる傾向にあります」
インスリノーマに確実な予防方法はないが発作の予防は可能
早期発見・早期治療が非常に重要、と筒井先生は強調します。
筒井「こうすればインスリノーマの発症確率を下げられる、そんな予防策は残念ながら、まだありません。しかし、低血糖発作は早期から食餌管理を行うことである程度、予防が可能です。それこそ、病気にまったく気づいていないケースでは“ある日突然、大発作を起こしてそのまま亡くなってしまった”事態も起こり得ます。病気に早く気づいてあげることが重要なんです。
当院では、フェレットをお迎えして初めて来院された飼い主さんには、インスリノーマのことを説明するようにしています。まだベビーの年代の子と暮らし始めたばかりだと、なかなかイメージが沸かないかもしれませんが、それでもお伝えします。発症率の高さを考慮すると、すべての飼い主さんに確実に知っておいていただきたいからです。
高齢になってきたら定期的な健康診断を確実に受診し、インスリノーマの可能性も頭の片隅においたうえで、日々の様子に気配りしていただければと思います」
健康診断に関して、獣医師監修フェレットの医療(8)高齢期を迎える前に知りたい介護・健康診断・ご長寿の秘訣 で詳しく教えていただきました。病気そのものの予防策はなくとも、寿命を縮める原因となる大きな低血糖発作は回避できると聞き、少しだけ安堵しました。インスリノーマ=なんとなく怖い病気のイメージがあったのですが、正しい知識を持ち、適切に気をつけていこうと思います。
【主要参考文献】
三輪 恭嗣『エキゾチック臨床シリーズ Vol.2 フェレットの診療 診療法の基礎と臨床手技』学窓社、2010年
編集:フェレット情報局 編集部
※当コラムでは、人間と暮らす多くのフェレットが健康で長生きできるよう、疾患についての情報を共有するため、情報発信を行っています。個体により状況は異なりますので、フェレットの状態で気になることがあれば、かかりつけにご相談されることをお勧めします。当コラムの内容閲覧により生じた一切のトラブルについて、浦和 動物の病院、フェレットリンク、および執筆者は責任を負いかねます。
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