チョコレート事件

陽菜は、普段は料理に興味がないのに、今日は珍しくキッチンに立っていた。
学校の友達に手作りチョコを渡そうと板チョコを大量に買ってきたのだ。

「陽菜、何してるの？」
兄の祐介が陽菜の様子を見て嬉しそうに近づいてきた。

「お兄ちゃんには関係でしょ。あっち行ってて」
「そんなこと言うなよぉ」
祐介は、妹の陽菜がキッチンで何やらゴソゴソしているのに、興味津々になって笑顔で陽菜の手元を覗き込んだ。

「チョコレート作るの」
「へー。陽菜、チョコレート作れるの？お兄ちゃんにも教えてよ」
「しょうがないな。じゃぁ手伝って」
陽菜は少し大人びた表情で祐介に答えた。

二人は、レシピを見ながら、まずは湯煎でチョコを溶かしていく。

溶けたチョコをダイニングテーブルに並べた型に流し、トッピングしているとフェレットのバクスターがやってきた。

いつもならリビングでゲームをしている祐介と陽菜が、今日はキッチンで何やら楽しそうにしている様子にバクスターは興味津々のようだ。

最初は二人の足元をちょろちょろしていたバクスターだったが、楽し気に動く二人の手元が目に入ったらしく
椅子によじ登るとそこを足掛かりにひょいとダイニングテーブル飛び乗った。

手元の先にあるチョコレートの甘い匂いに誘われたのか、バクスターが型に入ったまだ固まっていないチョコに鼻を近づけた。

間一髪、祐介はバクスターの動きに気づいて、慌ててバクスターの鼻先からチョコレートを取り上げた。

バクスターは、チョコレートを取り上げた祐介が遊びに誘っていると勘違いしたのか、嬉しそうに全力で祐介に飛びついてきた。

祐介はあわててチョコレートをテーブルに置くとバクスターを抱きしめた。

バクスターは助かったが、陽菜が可愛くデコレーションしたチョコはすっかり形が崩れてしまった。

「せっかく可愛くできてたのに。お兄ちゃんとバクスターがぁ」
陽菜が泣き出してしまった。

母の奈緒子が、騒ぎを聞きつけてキッチンに様子を見に来た。

「どうしたの」
「お兄ちゃんとバクスターがチョコレートをぐちゃぐちゃにしたぁ」
泣きながら奈緒子に訴える陽菜。

「違うよ、バクスターがチョコを食べようとしたから守ったんだよ」
祐介は奈緒子に不可抗力であったことを訴えた。

「祐介、よくやったね！！」奈緒子が褒めた。

「陽菜、バクスターはチョコレートを食べると死んじゃうのよ。
お兄ちゃんは、バクスターを助けてくれたの。
だからお兄ちゃんのことは許してあげて。その代わりに、今度はお母さんも一緒にチョコレート作ってもいいかな？」
と言って、陽菜に袋に入ったトッピングアラザンやチョコスプレーを見せた。

陽菜の表情がぱっと明るくなった。

「お母さんが手伝ってくれるの？」

「母さん、僕も手伝っていい」
と奈緒子に言いながら祐介はバクスターをケージに入れキッチンに戻ってきた。

「陽菜も祐介も、バクスターは人の食べ物を食べると具合が悪くなったり、命を落とすことだってあるから、
お料理をするときやおやつを食べる時は、必ずケージに閉まってからするのよ」

「分かった」二人は神妙な面持ちでうなずいた。

その日二人は、父の拓哉の帰りを心待ちにしていた。

もちろん、チョコを渡すためである。

チョコを渡された拓哉は、ちょっとびっくりした表情の後、優しい笑顔になり
「へぇ～、これを二人で」と
同じセリフを何度もつぶやき、何枚もスマホに写真を収めていた。

正直、食べてなくなってしまうのがもったいなかったが、子供たちが『早くたべて』と視線を送ってくる。

「美味しいなぁ。今まで食べたどのチョコより美味しいなぁ」と言うと
陽菜と祐介もとても満足げな表情をしていた。

バクスターは、チョコレートを食べられなくて興味が失せたのか、リビングでプラスチックボールを追いかけていた。

バクスターが一通り遊びに満足した所で、二人はバクスターにごめんねのジャーキーを手渡した。

ジャーキーを食べるとバクスターはまた元気に走り出したので、祐介と陽菜が猫じゃらしで一緒に遊び始めた。

祐介と陽菜、バクスターの楽しそうな様子を見ていると、拓哉と奈緒子はまた明日も充実した日が送れるような気持になっていた。